9.『疑問』
「決闘の勝利を祝して――カンパーイ!!」
勝利の祝杯と称して、バンが学園近くの飲食屋台にカムイたちを誘った。
「いやー、ホントに勝っちまうなんてな。そりゃあ信じてたけどよ、ちょっと心配はしてたからさぁ」
気持ちを昂らせたバンが炭酸入りジュースが注がれた木製のコップを片手に、隣に座るカムイの背中をバシバシと叩く。
「分断された時は冷や冷やしたよぉ……」
ジュースを一口飲んだケイが瞳を潤ませてカムイを見つめる。
本来はケイが前衛で敵を引き付け、カムイが後衛で補助魔法を駆使して戦う作戦だった。アリスはそこにいるだけで何かしてくるかもしれないと思わせる、相手の意識を散らす役割だった。
「とか、言いながら、ほとんどケイケイがひとりでレイモンとやり合ってたよねー。こう、何て言うの、相手の攻撃を受け流す、みたいな動きでさ」
こんな動きだったと席を立ち、体を動かして表現するフィリア。実際のケイの動きと比べればぎこちないが、言わんとしていることはカムイたちに伝わった。
「ああ、オレっちも思った。あれってどうやったんだ?」
「どうやったと言われても、僕はただ、カムイくんがしろって言われた動きの練習を、した……だけだよ……」
言っている途中から、ケイはどんどん小さくなる。忘れ去りたい練習の日々を思い出したのだ。
決闘の日取りを伝えられ、覚悟を示したケイはその日の内に――5日でトッドと1対1で戦えるようにする。そう告げられて地獄の特訓が始まった。
「なに、ほんとに、何があったのさ……」
「あれは僕のためにカムイくんが心を鬼にしてくれたんだよ。うん、そうだよ、そうにキマッテル。おかげで決闘にカテタンダシサ!」
「喋り方がおかしくなってるぞ! おいっ、カムイ。ケイにいったいどんな練習をさせたんだ?」
思い切り嫌な顔をするアリスの前の皿に、大皿からサラダを取り分けて乗せるカムイの手が止まる。
でかした、とバンに親指を立てる少女だったが、皿に倍の量のサラダを盛られて項垂れた。容赦のない相棒を睨み、それを気にせず少年は椅子に座る。
「自分から動く、ではなく、相手を動かす。そうすれば、動かされている方が体力の消費が激しくなるだろ。逆に、最低限の動きを意識しているこちら側の体力調整はしやすい。体力がなくなればなくなるほど動きは鈍くなり、付け入る隙が生じやすい――と。そのやり方を教えただけだ」
「1週間で出来るようになるものかよ……」
そこで一旦話を止めて、カムイはコップを傾けて喉を潤す。
乾いた笑みを浮かべるケイを見て、バンはそれ以上は触れるべきではないと察した。
「ケイとトッドの魔力には差があった。遠距離攻撃を徹底されれば、正直持ちこたえるのは厳しかったと思う」
「じゃからこやつは、あんな見え透いた挑発をしたのじゃ」
盛られたサラダを嫌々ながらも頬張るアリスが付け加えた。
遠くからの一方的な攻撃では、相手を踏みにじるには物足りたい。だから頭に血が上れば、徹底的に心をへし折るべく接近戦を仕掛けてくると予想し、トッドは見事狙い通りに距離を詰めたのだ。
「どんだけするんだよって、こっちが言いたくなるくらい挑発してたのも、ちゃんと理由があったのかぁ」
感心したようにバンが頷いて、ステーキに盛大に噛みついた。美味しそうに食べる姿に影響され、サラダを食べ終わったアリスが、次はあれが良いとカムイにせがんだ。
「しっかり噛んで食べるんだぞ。喉に詰まらせたら大変だからな」
「わらわを子ども扱いするでないわ」
と、彼の指摘通り一気に詰め込んだせいで喉に詰まらせ、コップに注がれたジュースを飲み干して事なきを得た。
「トッドがケイを弱者だと侮っていたのも、作戦がうまくいった要因のひとつだ。前提として決闘を申し込まれなかった可能性が大きいけど、もし実力者と判断されていればあそこまで上手くいかなかったと思う」
「はあー。となると、始めっからカムイの手のひらの上だったってわけだ――フィー、てめっ、人の肉を取るんじゃねえ!」
納得するバンがステーキにフォークを刺そうと視線を落とすと既になく、幼馴染みの口の中に入る寸前だった。
「もぐもぐ。ケイケイもスゴかったけど、カムイきゅんもかなりヤバかった」
「僕も知りたい! 」
ステーキを取り合うフィリアが思い出したように、カムイの話題を切り出す。落ち込んでいたケイが凄い食い付きを見せた。
「まずは、あれ、大剣使いのラグナん。本を投げた後、カムイきゅんが消えた、と思ったらいつの間にかラグナんの懐に入っていて次の瞬間、巨体がバタンと倒れた。ってやつ」
独特な呼び名をつける対象は気分なのだろうかと、カムイは疑問を抱きながら返答するための言葉を選ぶ。
「端的に言えば、意識の向きを上に誘導、がら空きの腹部に一撃を入れた」
「意識を本に集中させて投げることで、視線を上に逸らした。相手の視界から消えた隙に接近して気絶させた……こうかな?」
カムイはステーキのソースがついた相棒の口元を拭きながら、見事な予想を口にしたケイに驚く。
「……概ねその通りだ。ちなみに、気絶させた方法は、発勁と言う、古文書に記されるくらい古い武術を使った」
「は、ハッケイ? 聞いたことないや」
「また時間があれば教えるよ」
アリス以外の全員が彼と同じ驚きを共有する。が、聞き慣れない言葉に皆の興味が移るまで、時間はそうかからなった。
ラグナスの懐に入る際にも、魔法使いが使わない歩法を使っていたが、アリスが口を開いたので中断した。
「カムイの目に狂いは無かったようじゃ」
「――だな」
褒めたアリスが何故かふふんと胸を張る。
「次はーあの後ろに下がってた……たしか、マベリんだったかな。あの人はどうやったの?」
「マーベリックだよ。彼の動揺は表情で分かったから、そこを突こうと思ったんだ。そこで、起風魔法で砂を舞い上がらせて視界を悪くする。ラグナスが倒れた以上、俺の足止めを優先したいのに、砂で見えなくなるとどうなる?」
「んー、わたしだったら焦っちゃうかなー」
腕を組んでフィリアは考え込んだと思いきや、返答は周りの予想より早かった。
「うん、正解。人は怒ったり焦ったりすると冷静な判断がしにくくなる。そして、マーベリックは後衛役だった」
「あ、そうか。砂に紛れて近付けば、もっと焦るってことだな」
次に手を叩いたバンが、これだと言わんばかりの勢いで説明を遮る。カムイは笑顔で頷いて先を話した。
「彼がいた位置だと、ケイの様子も確認出来たんだ。特訓の甲斐があったのか全然大丈夫そうだった。おかげでその後の戦略を考えれたよ。改めて、感謝と称賛を送る」
「う……うぅぐっ、ぼ、僕こそ、あでぃがどお~!」
決闘後のようにカムイに抱きつき、彼の肩を濡らすケイに皆が笑った。
肩が温かくなっていくのを感じ、眼帯少年は苦笑するしかなかった。サラダ盛り付け魔が捕まっている隙に、アリスは食べたいものだけを皿に盛り付ける。それをフィリアが横取りしたりと賑やかな時間を過ごした。
涙や鼻水で顔をぐしゃぐしゃにした気弱だった少年が落ち着いてからも盛り上がり、彼らの祝杯は空に月が昇るまで続いた。




