ダッケルス・バルジオキ・後
名鑑・十
バブルオブザーバー
掌から生み出したシャボン玉と使用者の感覚器官の一部をリンクさせる幻術。
視覚、聴覚を共有するのが基本だが、嗅覚の共有も可能である。
触覚や味覚は、構造上感じられず、式に代入しても意味が無い。
また、使用者はシャボン玉を操作する事が出来る。
浮遊移動の速度は遅く、衝撃にも弱いため、戦闘に用いる事は困難である。
電力消費は激しく、長時間使用には向いていない。
田島姉妹は偵察の他に、爆発する幻術と偽って若草利得を逃げ回らせるのに使用した。
今回の仕事は敵組織の壊滅。
幻術を使うような手練もいるらしく、他にも腕利きの傭兵を一緒に雇ったという。
敵対している具体的な理由は知らないし、知りたくもない、とバルジオキ兄弟は考えていた。
戦場は日本。
二人にとっては数年間を過ごした第八の故郷だ。
そして、転機が訪れた国でもある。
「派手に暴れるには人が多すぎるんじゃねぇのか?」
街には人が溢れ、日常の時間が進んでいる。
「一般人からすればたまったもんじゃないよな。オレたちには関係ないけどさ」
バルジオキ兄弟は金にも権力にも、世に言う人並みの幸せにも興味が無い。
あるのは、戦いの楽しさ、強者への憧れ。
「「いた」」
相手陣営の一人だ。
「名前は、、、確かオード・スミス」
この男は挙動が不審すぎる。
裏路地に入っていく。
「ま、二流の傭兵だな。一瞬で終わるだろ」
人の隙間を縫って裏路地に飛び込む。
街はすっかり戦場になってしまっていた。
「オード・スミス。マッスルガール。ジャマーシロップ。泉裂いずも。タンゴ・ヒヒゴ。ホーキンス。ミスターマサチューセッツ」
「ミン・マムサカ。針回しの松。傘抜き。デワンダ・チクリゴ・カワルチ。エチュード・ミガッサ。美と善の守護天使チエ。チゼット・ビン・チュウエン」
リストに乗っている名前をペンで消しながら言い連ねていく。
「それなりに名の通った傭兵とか暗殺者だったが、大した事無かったな」
「最後に残ったのは終わり屋か」
シモンとダッケルスをこの世界に引き込んだのは彼女である。
そして、兄弟が憧れる強さを持つのも彼女である。
「久しぶりね」
上から降ってくる光の刃を左右に跳んで避ける。
ただ、降ってきたのは刃だけではなかった。
終わり屋の掌から剣が伸びているのだから当然だ。
「オレたちも会いたかったぜ、終わり屋」
「強者と戦いたくて仕方なかったんだ」
「私もよ。強くなってくれて嬉しいわ。殺しがいがある」
終わり屋は光の剣を両手から伸ばす。
二人も警棒を握り直す。
「戦いにはさ、理由なんて要らないと思わないか?」
「たまには、主張、目的、責任、信念。そういうの無しの戦いがあっても良いんじゃないかって思うんだよ、オレたちは」
終わり屋は美しい顔を崩さないまま答える。
「何の理由も無い、唐突な死もある。理由が無い殺し合いがあるのも道理よね」
バルジオキ兄弟は憧れに挑む。
挑んで、勝つ。
理由はそれだけ。
「「アンチメタル・コード!」」
鉄分を含む物質には滅法強いアンチメタルだが、電気には効果が無い。
よって、鎧は初めから纏わない。
「面白い幻術ね」
市街戦。
一般人なんて気にしない。
車を飛び越え、柵を乗り越え、壁を蹴り、電気の線を伸ばす。
うねる凶線に触れれば身体が爆ぜる。
「近寄るのは大変だけど、確実。確実だから、好き。楽しい!」
異常な速さで線を掻い潜り、距離を詰める。
電気の剣で線を切るが、手応えは無く、通り抜けてしまう。
「車体は壊れたのにガラスはほとんど無傷。剣で触れる事も出来ない」
バルジオキ兄弟は動き続け、終わり屋から距離を取る。
「「アンチメタル・ショット」」
線を消し、警棒から光弾を連続で発射する。
終わり屋は身体を翻し、ジグザグと駆ける。
弾が当たった車や街灯は破壊されている。
「応用も出来て便利ね、それ」
「良いだろ?」
「自家製だぜ」
光の弾、光の線を切り替えながら終わり屋を追い詰める。
「強いわね。でも」
終わり屋はより強く踏み込む。
「私には勝てない」
「くっ!?」
一瞬で距離を詰め、目の前に出現する。
掌から伸びた青白い刃が振るわれ。
「くっ、はぁ!危ねぇ!」
「今のはかなりやばかった!」
上体を反らした事で、刃は顔の上を通り抜けた。
ちょうど光の線を消した所だったので隙が生まれてしまっていた。
「「アンチメタル・ブレード!」」
警棒から光の刃を出し、近接戦に対応する。
「私の真似をしているの?」
「剣技でお前を超えてみたい!」
「せっかくだしな!」
二人は近づいていき、二対一で直接終わり屋を斬ろうとする。
お互いに刃は通り抜ける。
巧みな体捌きで避け続け、剣を振るう。
「「おおおおおおおおおっ!」」
何度もの攻防の後、ついに機は訪れた。
終わり屋の左腕が目の前にある。
「「おあぁぁぁっ!」」
左腕に刃が触れる。
当然、人体には鉄分が含まれている。
触れれば身体が裂ける。
「「な」」
確かに左腕は落とした。
だが、もう止血されている。
「治癒の式の最大強度なら一瞬で傷を治せるのよ。腕は流石に戻らないけどね」
「「うぐ」」
「腕はあげる。代わりに命を一つ貰っておくわ」
終わり屋の額、胸、横腹、腰、膝から同時に刃が伸びていた。
刺さっているのはどちらかの身体。
「掌からしか出せないとは一度も言ってないわ。腕に釣られて油断したわね」
心臓が、止まる。
もう、死んでしまった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
「不思議な双子。もしかしたら幻視者かもしれないと思ったんだけど、当たりだったかしら?」
片方は無傷、片方は死。
どちらがどちらなのかは本人にも分からない。
「貴重なサンプルだし、回収すれば追加報酬も貰えるかも」
「どう?追加報酬をくれる?」
「中々に面白いデータが取れた。恐らく二人の間で精神を共有していたのだろう。つまり、生きながら死を味わった事がある稀有な例という事になる」
「へぇ。やっぱり幻視者だったのね」
「追加報酬は出そう。ただし片方を殺してしまったのは残念だ。生かしていれば三倍は出したのだが」
「むしろ、腕一本分おまけしてくれても良いくらい頑張ったと思うんだけど」
終わり屋の左腕は肘の辺りから無くなっていて、そこから光の刃が伸びている。
「刃の代わりに腕を身体から出せれば便利なんだけどね。まぁ、仕方ないわ」
終わり屋は幽閉された片割れの方へ歩く。
「あなた達は今まで戦った誰より強かったわ。、、、じゃあね」
何も無い部屋には誰かがいた。
髪は白く、肌は荒れ、痩せこけている。
「オレオレたちのたちの、まま、けけ、だだ」
掠れた、枯れた声で呟いた。
一つの身体にもう一つの精神が流れ込み、壊れた者。
「つつ、ぎはぎは、まけまけ、なないい」




