『一条山開拓記』第十七話:理不尽をぶっ潰す法と絆 〜妹分に泥を塗られたので、ジャーナリスト・辣腕弁護士・スパコン社長が本気で包囲網を敷きました〜
【前書き】
※本エピソード(一条山開墾記)は『Bar風花』本編の設定をベースにしたスピンオフ/パラレルストーリーです。
※本編との時期や時系列に一部独自のアレンジやIF要素が含まれますが、白黒赤三人娘と結社長、そして仲間たちが織りなす熱い絆の物語をどうぞゆったりとお楽しみください!
秋の夕暮れが迫る風花町。
夕陽の柔らかな光が路地に長い影を落とす街角で、少女の小さな正義感が引き起こした理不尽な嵐。
偏見と孤独の闇に呑み込まれそうになった妹分を救うため、立ち上がったのは血の繋がりを超えた「本当の家族」でした。
どうぞ温かいお茶やカクテルを片手に、彼らの誇り高き反撃の物語を見届けてください。
第一章:正義の代償
秋風が木々の葉を鮮やかな黄金色に染め上げる風花町の夕刻。
黒木葵は愛車のモモタロウピンクのスバル・サンバーを走らせ、ホームセンターでの現場資材の買い出しを終えて帰路に就いていた。
助手席には一条山農林の現場で使う新品のスコップや耐候性結束バンドが几帳面に積まれている。
「よしっ! これで明日からの作業道整備もバッチリっすね!」
ピンクのヘルメットを助手席の隅に置き、葵は機嫌よくハンドルを握り直した。
風花工業高校土木科で叩き込んだ知識と現場で重機を操る誇り。
荒れていたかつての自分を温かく受け入れてくれた一条山の仲間たちの顔を思い浮かべるだけで、胸の奥がじんわりと温かくなる。
だが、見通しの悪い路地の角を曲がったところで、葵の耳に荒っぽい怒号と押し殺したすすり泣きが飛び込んできた。
薄暗いコインパーキングの片隅。
制服姿の小柄な中学生がコンクリートブロックの壁に背中を押し付けられ、派手なブランド服を着崩した三人の不良少年に取り囲まれていた。
「おい! 小遣いこれだけかよ!? ふざけんなよ、ナメてんのか!」
「痛っ……やめてください……! もう本当にお金ないです……!」
ドカッ、と鈍い打撃音が響き中学生の少年がその場にうずくまる。
胸ぐらを乱暴に掴み上げられ、なおも拳が振り下ろされようとしたその瞬間だった。
「やめなよっ!!」
タフなドクターマーチンの革製安全靴の足音が鋭くアスファルトを叩いた。
葵が割って入り少年の前に仁王立ちになる。
「大勢で年下を囲んでカツアゲとか、ダサすぎて見てられないっすよ!」
「あぁん? なんだテメエ。……ハッ、『紅蓮華』の黒木じゃねえか」
リーダー格の少年——隣の音成町で大きな建設資材会社を営む社長のドラ息子が、蔑むような下卑た笑みを浮かべた。
「暴走族の女が何かっこつけてんだよ。大人しく引っ込んでねえと、お前もタダじゃ済まねえぞ!」
「……うちがどこの誰だろうと関係ないっす! その子から離れるっす!」
「ナメんじゃねえぞ、ゾクの女がッ!」
ドラ息子がポケットからバチリと音を立てて折り畳みナイフを取り出し、いきなり葵の胸元へ切っ先を突き出してきた。
同時に取り巻きの二人が両脇から飛びかかってくる。
「っ……!」
危険を察知した葵の身体が淀みなく動いた。
踏み込みざまにドラ息子の手首を最小限の軌道で捻り上げ、ナイフをアスファルトへ弾き飛ばす。
続けて飛び込んできた二人の前足を払うように低く足払いを決め、勢いそのまま地面へ転がした。
「にいちゃん! 今のうちに逃げるっす!」
葵の鋭い一喝に背中を押され、恐怖に震えていた中学生は脱兎のごとく路地の闇へと駆け出していった。
身を守り小さな命を逃がすための完全な正当防衛。
しかし地べたに這いつくばったドラ息子は、憎悪に顔を歪ませながらスマートフォンの通話ボタンを激しく押し込んでいた。
第二章:苦悩する女性刑事と冷たい手錠
事態は数時間後、最悪の形で歪められた。
風花警察署の取調室。
現場から任意同行の形で連行された葵の前に、苦渋に満ちた表情の女性刑事・武井沙耶が立っていた。
風花署きっての敏腕にして名物刑事である沙耶は、葵が荒れていた時期から彼女をよく知る一人であり、今の一条山農林でどれほど真面目に汗を流しているかも肌身で知っていた。
「武井さん! うちは本当に、襲われていた中学生の子を助けただけっす!」
「分かっている……分かっているわ、葵」
沙耶は深く重い溜息をつき、短く切り揃えた黒髪に手を当てて頭を抱えた。
だが相手側が警察署に持ち込んできた書類があまりにも悪質だった。
ドラ息子の父親は即座に息のかかった悪徳弁護士を雇い、「現役暴走族の危険人物により我が子が一方的かつ凄惨な暴行を受けた」と虚偽の被害届を提出していたのだ。
さらに地元の個人病院に診断書を偽造させ、警察上層部へ露骨な圧力をかけていた。
「武井さん、あの子に話を聞いてくれれば真相はすぐ分かるっす!」
「それが……ダメなのよ」
沙耶の声が沈痛に沈む。
「相手の親と弁護士が、さっきあの中学生の自宅へ押しかけたそうなの。『警察に余計なことを喋ったら、お前も暴走族の仲間として学校にいられなくしてやる』とな……。脅えきったあの子は、親に泣きつかれながら『黒木さんに突然殴られた』と、嘘の証言にサインさせられてしまったのよ」
「そんな……っ!」
葵の顔から血の気が引いていく。
助けたはずの少年が大人の汚い脅迫の前に屈してしまった。
「さらにね……身元引受のために、お前の実家へ連絡を入れたの」
沙耶は耐えかねたように視線を伏せ、奥歯を噛み締めながら絞り出すように告げた。
「お父さんは電話口で、こう言い放ったわ。『あんな出来損ないの不良娘など知らない。勝手に刑務所にでも何でも放り込んでくれ』とね……」
「っ……あ……」
頭の中が真っ白になった。
幼い頃から姉と比較され自分を拒絶し続けてきた実家。
家を飛び出し一条山でようやく温かい光を見つけたはずなのに、結局自分はどこへ行っても不要な存在なのか。
「すまない、葵。目撃証言と被害届が揃い、身元引受人も拒否となれば……上からの命令で、逮捕状を執行せざるを得ないのよ」
ジャリ……と冷たい金属音が取調室の静けさを切り裂いた。
手錠の重みが細い両手首を無慈悲に締め付ける。
鉄の冷たさが皮膚を通して骨の芯まで染み込んでくるようだった。
「……すまない……本当に、すまない……っ!」
沙耶は手錠の鍵を握りしめ、顔を背けて唇を噛み切らんばかりに震わせた。
目の前で必死に更生し前を向いて生きようとしていた少女を、警察組織のしがらみから守ってやれなかった。
その背中には一人の大人としての無力さと痛恨の悔しさが滲み出ていた。
「……武井さんが、謝ることないっすよ……」
葵は暗いパイプ椅子の上で小さく膝を抱え、声もなく涙をこぼした。
冷え切った部屋の空気が彼女の孤独を深くえぐっていく。
「うち……助けただけなのに……。最初から、うちの居場所なんてどこにも無かったっすね……」
第三章:『Bar風花』の絶対零度
夜の八時。
『Bar 風花 -kazahana-』の重厚なオーク材の扉が勢いよく開いた。
飛び込んできた白石まひろと赤城遥花の表情は、今にも血を吐きそうなほど蒼白だった。
「美和さん! 天ちゃん! 大変だ……葵が風花署に勾留されたさね!」
カウンターの中でグラスを磨いていた櫻庭美和の手がピタリと止まる。
奥のテーブル席でルポの原稿を整理していた櫻庭天が静かに顔を上げた。
店内を流れていた穏やかなピアノの調べが一瞬で凍りついたかのように空気が張り詰めていく。
「事情を話しなさい、まひろちゃん」
美和の声は静かだった。
だが右のワインレッドと左のアンバーの異色瞳の奥には、見たこともないほど冷たい焔が静かに灯っていた。
まひろが買い出しの途中で起きた一部始終と、実家から冷酷に拒絶されて不当逮捕に至った経緯を声を詰まらせながら説明する。
「あいつの親まで『勝手に刑務所に入れろ』なんて吐き捨てやがって……! 美和さん、ウチ今から風花署に殴り込んでくるッス!」
遥花が怒りに震える拳を壁に叩きつけた。
「待ちな、遥!」
まひろが鋭く制する。
「あたしたちは現役『紅蓮華』だ。今あたしたちが暴れたら、葵の濡れ衣が本物になっちまうさね!」
その時、厨房の勝手口の奥からガチャリと重厚な金属の擦れ合う音が響いた。
振り返った全員の目が点になる。
メイド服の裾を優雅に揺らしながら千草が物静かに姿を現した。
その肩には特注の対物狙撃銃バレットM82A1が斜め掛けにされ、両手にはドラムマガジンが装着されたAA12フルオート・ショットガンが二丁、まるで買い物袋でも下げるかのように軽々と握られている。
「あらあら、天さん。何をしびれを切らしていらっしゃいますの?♪」
千草は翡翠色の瞳を和やかに細め、おっとりとした京言葉で微笑んだ。
「風花署の周囲をほんの少し前方百八十度、物理的に『お掃除』して、うちの葵ちゃんを連れ戻して差し上げますわ……ふふっ♪」
おっとりした笑顔の頭上に可視化されそうなほど巨大な怒りマークが浮かんでいる。
「待て待て待て千草さん!? それ風花署どころか風花町が半分吹き飛ぶよ!!??」
天が真っ青な顔で飛び出し、全力で千草の前に立ちはだかった。
「千草姉さん……それ人相手に使う代物じゃないッス!!」
「風花署を更地にする気さね!? 落ち着くさね千草さん!!」
暴れようとしていた遥花とまひろすら、圧倒的なお掃除火力を前に引きつった悲鳴を上げる。
そこへ静かに扉を開けて入ってきた橘栞弁護士が、レザートートを手に優雅に微笑んだ。
「千草さん、お気持ちは分かりますわ。ですが……そのAA12の出番は少し待っていただけますかしら?」
「あら、栞様? どうしてですの?」
「あの悪徳弁護士と親父には、一瞬で消去されるよりも苦しい『法と社会的地位の完全な破滅』を味わわせて差し上げますの。……その後でお掃除が必要でしたら、どうぞご自由に♪」
「ええ、栞さまの仰る通りどすえ〜。千草さまのその火力は、相手会社を解体した後の『最終処理』にとっておいてくださいな〜」
バインダーを抱えた一条結が、おっとりとタレ目を細めて頷く。
「……あらあら、そうですの?♪」
千草はぽんと手を打つと、いつものおっとり顔に戻った。
「ふふっ、法的なお掃除のプロがいらっしゃるなら結構ですわね。では天さん、葵ちゃんが帰ってきた時に、お腹いっぱい食べられるように最高のご馳走を仕込んでおきますわ♪」
重火器を抱えたまま優雅に厨房へ戻っていく千草の背中を見送り、全員が胸を撫で下ろした。
「……まひろの言う通りだよ」
天が改めて静かに向き直る。
いつもの穏やかな笑みは消え去り、その瞳には冷徹なジャーナリストの光が宿っていた。
「ボクたちの葵ちゃんに、そんな理不尽な泥を塗るなんて……絶対に許さない」
「ふふっ、その通りどすえ〜」
結が一歩前に出る。
おっとりとした京言葉の背後には、スパコン並みの処理速度で法理を組み立てる圧倒的な知性が渦巻いていた。
「現役暴走族という属性への偏見を利用した虚偽告訴、ならびに中学生への強要と証拠隠滅。完璧にお掃除する必要がありますのや〜」
「遅くなってごめんなさい、結さんから連絡を受けたわ」
栞は手袋を外しながら氷のように冷ややかな微笑を浮かべた。
「可愛い私達の妹分を、冤罪で傷つけた愚か者がいるそうね。……相手の弁護士も含めて、二度と法廷に立てないよう徹底的に潰してあげるわ」
静寂に包まれた店内で最強の家族たちの反撃が幕を開けた。
第四章:真実の獲得と完全包囲網
深夜の風花町を天とまひろのジムニーが疾走した。
天は現場となったコインパーキング周辺の店舗へ向かい、ルポライターとしての誠実な対話と正規の手続きを踏んで事件発生時刻の防犯カメラ映像を保全した。
モニターにはドラ息子たちが中学生に暴行を加え、刃物を突き出して葵に襲いかかる一部始終が鮮明に記録されていた。
続いて二人は恐怖に怯える中学生の自宅を訪れた。
突然の訪問に身を強張らせる両親と中学生に対し、天は圧力をかけることなく少年の目線まで屈んで静かに語りかけた。
「君が怖いのはよく分かるよ。相手は大企業の社長で、大人たちに脅されたら逃げたくなるのは当たり前だ」
「あ……天さん……」
「だけどね」
天は温かな手で少年の震える肩をそっと包み込んだ。
「君を命がけで庇ってくれた葵ちゃんが今、警察の冷たい部屋でひとりぼっちで泣いているんだ。実家の親にも捨てられて『自分なんていらない存在だ』って絶望している。……君は、本当のお姉ちゃんみたいに庇ってくれた彼女を、このまま見捨てるかい?」
「っ……う……うわぁぁぁんっ!」
中学生は溢れ出す涙を拭いもせず激しく泣き崩れた。
「嫌だ……! お姉ちゃんを助けたい……! 僕、本当のことを言う! ドラ息子たちに『言ったら家族ごと潰す』って脅されてたんだ! スマホに脅迫の録音もある!」
「よく頑張ったね。ありがとう、君とご家族はボクたちが絶対に守るよ」
天は少年の差し出したスマートフォンを受け取り、まひろと力強い視線を交わした。
その頃、風花署近くのカフェでは橘栞弁護士と一条結が驚異的なスピードで書面を完成させていた。
相手側弁護士の過去の懲戒処分歴、ならびに今回の虚偽告訴、強要罪、証拠隠滅罪、偽計業務妨害罪の完全な告発状だ。
「栞さま、相手企業の過去の不正経理およびコンプライアンス違反のスクープデータも照合完了いたしましたのや〜」
「完璧ね、結さん。……さあ、愚かな大人たちに本物の『法』の恐ろしさを教えてあげましょう」
第五章:風花署相談室の決戦
翌朝、風花警察署の刑事課相談室。
パイプ椅子に座らされた葵の前にドラ息子の父親と悪徳弁護士が踏ん反り返り、机を叩いて武井沙耶刑事に怒号を浴びせていた。
「いいか! 親からも見放された現役ゾクの不良娘なんだ! こっちが示談金を受け取ってやるだけでも有難いと思え! 拒否するなら起訴させて二度とシャバに出て来られないようにしてやる!」
父親が葵の目の前へ身を乗り出したその時——。
相談室の扉が静かに、しかし毅然と押し開かれた。
「そこまでにしなさい」
冷徹な響きを帯びた威厳ある声とともに、橘栞弁護士が『弁護人選任届』を掲げて歩み入ってきた。
その背後には真実を掴んだ櫻庭天と一条結、そして静かな覇気を纏った櫻庭美和が続いている。
沙耶が驚きで目を見張る。
「な、なんだお前たちは! 部外者が入ってくるな!」
悪徳弁護士が立ち上がって怒鳴るが、栞は胸の弁護士徽章を冷然と示し書類を机上へ叩きつけた。
「被疑者・黒木葵の選任弁護人、橘栞です。刑事訴訟法第三十九条に基づく接見交通権の行使、ならびに正式な弁護活動を開始します。……それと先生、あなたのその弁護士バッジ、今日で見納めになりますけれど」
「な……橘栞……!? なぜ法曹界のトップが、こんな暴走族の小娘の弁護人に!?」
悪徳弁護士の顔から一瞬で血の気が引いた。
「ふふっ、我が社の葵ちゃんは『一条山農林』の不可欠な現場監督であり、私たちの家族どすえ〜♪」
結がタブレットを操作し室内の大型モニターへ映像を転送する。
画面にはドラ息子が折り畳みナイフを抜き身で突きつけ、葵が身を挺して少年を庇う鮮明な防犯カメラ映像が再生された。
さらに天の操作により、中学生のスマートフォンに残されていた脅迫音声が相談室中に響き渡る。
『警察に本当のこと言ったら、お前も家族も風花町にいられなくしてやるからな!』
「っ……! こ、これは……!?」
ドラ息子と父親がガタガタと震え出した。
「弁護士法第五十六条に基づく品位保持義務違反、ならびに刑法第百七十二条『虚偽告訴罪』および第二百二十三条『強要罪』、さらには証拠隠滅罪と偽計業務妨害罪」
栞弁護士が至近距離から悪徳弁護士を射抜くように見据える。
「属性への偏見を利用した不当告訴の件、すでに弁護士会へ懲戒請求書を提出いたしました。先生、あなたの弁護士人生は本日で終わりです」
続いて美和が静かに一歩進み出た。
右のワインレッドと左のアンバーの異色瞳が放つ静かな気品と重厚な威厳が室内を満たしていく。
「我が子の罪を隠蔽するために、必死に前を向いて生きている若い女の子の未来を泥で踏みにじろうとしたのですか? ……親として、人間として、恥を知りなさい」
父親は言葉を失い膝から崩れ落ちた。
すべての真実を目の当たりにした武井沙耶刑事は、激しい憤りと自責の念を込め葵の手首から手錠を外した。
「葵……すまなかった……! 本当に、すまない……!」
沙耶は深々と頭を下げると、青ざめて震える父親、悪徳弁護士、そして不良たちに向かって鋭く一喝した。
「全員、虚偽告訴および強要、恐喝未遂の現行犯で取り調べる! 直ちに連行しなさい!」
第六章:夕陽の抱擁と「本当の家」
警察署の重い玄関扉が開いた。
差し込んできた秋の柔らかな夕陽の中に葵は震える足を踏み出す。
玄関の前にはまひろ、遥花、千草、深雪、そして天と美和が並んで待っていた。
「みんな……っ……あ……」
極限の緊張と実家に捨てられた絶望。
それが一気に弾け飛び、葵の瞳から大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。
「美和お姉ちゃん……天さん……っ! うち、実家にも捨てられて……誰も傷つけたくなかったのに……っ!」
美和が一歩踏み出し、泣きじゃくる葵の身体を正面から強く温かく抱きしめた。
「泣かなくていいのよ、葵ちゃん」
美和の手が葵の背中を優しく撫でる。
「実家があなたを捨てたとしても、私たちが絶対にあなたを離さないわ。……あなたは私たちの、かけがえのない自慢の妹よ」
「ボクたちの家に帰ろう、葵ちゃん」
天も温かい手で葵の頭を包み込んだ。
「バカ野郎、あたしたちがついてるさね!」
「ずっと一緒なんだからな、葵!」
まひろと遥花も目頭を熱くしながら葵の肩を叩く。
無口な深雪がそっと近づき、温かい紙に包まれた黄色い焼き芋を葵の両手へ乗せた。
「……あおい……かえるおうち……ここにある……。やきいも……どうぞ……」
「っす……! づっ……!!」
葵は温かい焼き芋を握りしめ、家族の温もりに包まれながら子どものように声を上げて泣きじゃくった。
もう、孤独な夜はどこにもなかった。
第七章:清涼の果実と、私たちの社宅
夜の八時。
『Bar 風花 -kazahana-』の店内は程良く効いた空調の心地よい温もりと、アンバー色の間接照明が織りなす柔らかな光に包まれていた。
カウンターの鉄刀木の一枚板の上に美和が特別な一杯をそっと差し出す。
耐熱グラスに注がれた、摘みたての温州みかん果汁と自家製ハーブシロップに蜂蜜を合わせ、スチームで丁寧に温めた特製ホットモクテル『風花の温もりホット・シトラス』だった。
「はいどうぞ、葵ちゃん。一日冷えた身体を温めてね」
「いただきますっす……!」
一口含むと柑橘の優しい甘酸っぱさとハーブの清涼感が胸の奥深くまで染み渡っていく。
隣でタブレットを操作していた結がおっとりと微笑んだ。
「今回の不当逮捕および実家を含めた不当な扱いに対する損害賠償金ですが、相手企業からきっちり満額回収いたしましたのや〜♪ 葵ちゃんの重機特級資格の取得費用と、新しい生活基金に充てさせていただきますえ」
その頃、風花町支所の責任者室。
BMW K1600GTL用のヘルメットが飾られたデスクで高級な紅茶を嗜んでいた天野里美は、細い指先でタブレットの経済ニュースをスクロールしていた。
『音成町の建設資材大手、コンプライアンス違反と不当告訴事件の発覚により主要取引先から相次ぐ取引停止——銀行の融資凍結で倒産の危機へ』
「あらあら……。会長の愛するお孫様(美和様)や天様、そしてあの大切な『Bar風花』の妹分に不当な泥を塗ろうとするから……こういうことになりますのよ」
普段は完璧な深窓の令嬢にして会長秘書官。
だがその可憐な唇の端が冷徹な愉悦を孕んでスーッと釣り上がる。
「わたくしはただ、皇グループのコンプライアンス基準に則り、反社会的な違法行為に関与した恐れのある企業との取引を『正常化』しただけ。……ふふっ、自業自得という言葉すら甘い壊滅ぶりですわね」
里美は冷ややかに微笑むと、美和への定期報告書に『風花町内における不適格企業の排除完了』と静かに送信した。
新聞でその結末を目にしたまひろが、「あはは! 悪いことはできないさねぇ!」とハスキーに笑い、グラスを胸の高さへと掲げる。
千草が作ってくれた温かな料理がカウンターに並び、深雪が嬉しそうに焼き芋を頬張っている。
「美和お姉ちゃん、天さん、栞さん、結社長……みんな!!」
葵は涙を拭うと、これまでで一番輝くような笑顔を見せた。
「うち、本当の家族に出会えて最高に幸せっす!! これから一生、一条山と風花のために重機動かすっす!!」
アンバー色の光が優しく満ちる店内に、グラスを掲げる優雅な乾杯と仲間たちの温かな歓声が静かに溶けていく。
かけがえのない本当の家族を得た少女の未来は、澄み渡る秋空のようにどこまでも明るく輝いていた。
温かな余韻がカウンターを包む中、天がコーヒーカップを静かに置きながら尋ねた。
「……それにしても結社長。葵ちゃんの実家との法的な手続きは、これで完全に片付いたのかい?」
結はおっとりと頷いた。
「ええ。今回の件を機に、ご実家とは完全な親族関係の法的清算・分籍手続きを完了いたしましたえ。葵ちゃんはもう、名実ともに何者にも縛られない、我が一条山農林の大切な独立した現場監督どす」
「……そっか。実家から完全に籍を抜いたってことは……葵、お前の帰る場所は、もうあんな冷たい家じゃないさね」
まひろが葵の肩に腕を回すと、葵は少しはにかみながら、ぽつりと呟いた。
「……はいっす。でも、風花町のアパートで一人暮らしするのも、なんだか寂しいっすね……」
「ふふっ、そんな寂しい思い、させるわけないやろ〜?」
結がバインダーから、一条山の敷地図面をスッと広げて見せた。
そこにはプレハブ事務所の少し高台、日当たりの良い南斜面に、赤ペンで真新しい四角い枠が描かれていた。
「一条山農林の業績は絶好調。葵ちゃんへの損害賠償金も満額回収。……でしたら次は、みんなでずっと一緒に暮らせる、最高の一条山・現場社宅を作るしかありませんのや〜♪」
「「「社宅ーーーーーッッ!!!!????」」」
カウンターに三人娘の絶叫が木霊した。
自分たちの手で木を伐り、重機を操り、基礎を打って建てる、世界で一番温かい私たちの家。
理不尽をぶっ潰した少女たちの前には、次なる熱い開拓の扉が、すでに大きく開かれていたのだった。
【あとがき】
お疲れ様です、天照です。
今回は葵ちゃんが不当な冤罪に巻き込まれつつも、絆で結ばれた「本当の家族」とともに法と真実で理不尽を打ち破る物語をお届けしました。
橘栞弁護士と結社長の鮮やかな法務攻撃、天ちゃんの誠実な取材、千草さんの圧倒的すぎる(?)お掃除準備、そして美和さんの深い愛と抱擁。
単なるスカッと展開にとどまらない、温かな家族の血の通ったドラマを感じていただけましたら幸いです。
「葵ちゃんが救われて本当によかった!」「風花メンバーの絆に感動した!」と思っていただけましたら、ぜひページ下の【ブックマーク登録】や【★★★★★】での評価、温かいご感想を残していただけると執筆の大きな励みになります!
それではまた、次回の更新でお会いしましょう。
署名:天照(Bar風花)




