『一条山開拓記』第十二話:山女魚を放流しよう+ワサビ田を作ろう
【前書き】
※本エピソード(一条山開墾記)は『Bar風花』本編の設定をベースにしたスピンオフ/パラレルストーリーです。
※本編との時期や時系列に一部独自のアレンジやIF要素が含まれますが、白黒赤三人娘と結社長が織りなす賑やかな日常をどうぞゆったりとお楽しみください!
秋も深まる一条山の沢に響く清らかなせせらぎ。
透き通るような伏流水を活かして挑むのは、本格的な『畳石式ワサビ田』の建設と渓流の女王・ヤマメの稚魚放流です——。
水脈を拓き、命を育み、仲間たちと汗を流した後に訪れる至高の夜。
今夜も温かいお茶や季節のモクテルを片手に、どうぞごゆっくりお楽しみください。
第一章:伏流水の恵み
朝もやが薄く引いていく秋の一条山。
昨日整備されたばかりの沢からは清々しい水音が心地よく響き、復活した古池は朝陽のアンバー色の光を受けてまるで鏡のように静かに輝いていた。
ディープグリーンのスズキ・ジムニーを作業道の脇に止め、白石まひろが運転席から降り立った。
首元のオリーブドラブ色のミリタリータオルで首筋を温めながら、水温計と試験管を手に清流の浅瀬へとしゃがみ込む。
ポニーテールが秋風にそよぎ、澄んだ水面をかすかに揺らしていた。
「……水温十二度。溶存酸素量も申し分ないねぇ。完璧な伏流水だ」
「まひろ先輩! 水質テスト、どうだったッスか!?」
モモタロウピンクのサンバーから、ワークマンプラスのピンクヘルメットを被った黒木葵が元気に飛び出してきた。
ジャングルブーツの底で沢の岩場を踏み締める。
「百点満点さね」
まひろはハスキーな声で笑うと、腰の鞘から引き抜いた剣鉈の背で清流の岸辺を指し示した。
「沢の倒木を取り除いて池の湧水脈を呼び覚ましたおかげでさ。一年を通して水温が十二度から十五度に保たれる、最高の水環境が整ったよ」
「……ということは、まひろ先輩!」
「ああ」と、まひろは可憐で不敵な笑みを浮かべた。
「今日やるのは二つ。この清流への『山女魚の稚魚放流』と、湧水脈の傾斜地を利用した本格的な『畳石式ワサビ田』の建設だ!」
「畳石式ワサビ田……ッ! きたッス! 伊豆や風花町の名産、冷たく綺麗な水と砂利の層で育てる最高級のワサビ栽培床ッスね!!」
葵のワインレッドの瞳がキラリと光る。
風花工高土木科の施工管理と、風花農高環境緑地科の植生管理——ふたりの知識が再び完璧に交差する瞬間だった。
第二章:多自然型の施工プラン
現場に到着した櫻庭天が、愛用の水準器と図面を作業道の木陰に広げて深く頷いた。
「よし、施工プランを確認しよう。ワサビは土に植えるんじゃない。水が澱みなく通り抜ける『透水性の高い砂利と石の多層構造』を作るんだね」
「その通りだよ、天ちゃん!」
まひろは剣鉈の先で、沢脇の緩やかな傾斜地を描いて見せた。
「水深は数センチでいい。だけど水が常に一定のスピードで層の中を通り抜けるように、階段状の畳石式構造を作る。上から下へ水が淀まず流れる勾配——百分の一から二百分の一の傾斜が命さね」
「工順はこう組み立てるッス!」
葵が現場監督の顔になり、指先で図面を叩きながらテンポよく施工手順を述べていく。
「まず第一に、コマツPC138UU-11の爪バケットで傾斜地の表土を削り、崩れない風化花崗岩の硬い地盤を露出させるッス。第二に、十三トンユンボとPC20MR-3を使って、一番下に拳大から頭大の大きめのゴロタ石を、厚さ二百ミリで敷き詰めるッス! これが水路の強固な骨格になるッスね」
さらに葵は身振りを交えて続ける。
「第三に、大石の上に中粒の砂利と洗われた粗目の川砂を層状に百五十ミリ重ねてろ過層を作るッス。最後に各段の落差を二十センチ程度に保つため、現地で採取した自然石で低い石積みの堰を作る……これで完璧ッス!」
「見事なプランだね、葵ちゃん。この多層構造なら湧水中の酸素が根の隅々まで届き、病気にならない最高の根ワサビが育つよ」
天が頼もしそうに頷き、力強く親指を立てた。
「よし! 白黒コンビの重機と農業のコラボ施工、開始ッス!!」
第三章:重機連携と清流の真妻
ドロロン……と重厚なディーゼル音が秋の山間に響き渡った。
作業道を上がってきたコマツPC138UU-11と、小回りの利くPC20MR-3が沢脇の施工現場へどっしりと据え付けられた。
「PC138UU、床削り開始ッス!」
葵の繊細なレバー操作により、コンマ四五立方メートルの爪バケットが傾斜地の表土を滑らかに削り取っていく。
削り出された勾配のある平滑な基盤の上に、まひろと天の手によって下層の大きなゴロタ石が手際よく敷き詰められていった。
「次はPC20MR-3で中層砂利と上層砂の均しッス!」
葵は小型ショベルに乗り換え、バケットの背面を巧みに使って中粒の川砂利と綺麗な川砂を段々に平滑に均していく。
「見事な平坦精度だよ、葵! 水の流れが一律になる綺麗な棚が三段出来上がった!」
下に待機していたまひろが、水準器の気泡を確認しながら声を張り上げる。
コンクリートを一切使わず、自然の石と砂利だけで組み上げられた美しき畳石式ワサビ田。
上流の取水口から水門を開けると、透き通った湧水が心地よい音を立てて一段目、二段目、三段目の砂利層の上を均一な厚みで滑るように流れ出していった。
「綺麗……! 水がどこにも澱まず、砂利の層を透き通って流れていくッス!」
「よし! 苗床の完成だねぇ!」
まひろはジャングルブーツで浅瀬に入ると、地元・風花町の優良品種である『真妻ワサビ』の苗を、手際よく上層の砂利へしっかりと根付けしていった。
第四章:ヤマメの稚魚放流
ワサビ田が完成した正午過ぎ。
山裾から、水槽を積んだ小型の保冷トラックが登ってきた。
風花川の内水面漁業協同組合から届いた、ヤマメの稚魚たちだ。
「よし、次はヤマメの放流だねぇ!」
まひろは保冷水槽から、透き通った水とともにバケツへヤマメの稚魚を掬い上げた。
体長十センチほどの一年魚。
パーマークと呼ばれる体側の楕円形斑紋が美しい、渓流の女王だ。
「まひろ先輩! すぐに川へ放していいッスか!?」
「ダメダメ、葵ぼう!」と、まひろはハスキーな声で制した。
「魚ってのは急激な水温変化にめちゃくちゃ弱いんだ。まずはバケツを清流の水に三十分浮かべて『温度合わせ』をし、次に少しずつ清流の水をバケツに混ぜて『水合わせ』をする。これを怠ると、稚魚が一発でショック死しちまうよ」
「……っ! 水温と水質のショック死……! 魚にも『慣らし運転』が必要ッスね!」
丁寧な温度合わせと水合わせを経て、十分に沢の水になじんだバケツを、まひろと葵は清流の静かな淵へとゆっくり傾けた。
ピチピチッ……!
澄み切った水の中へ躍り出た数十匹のヤマメの稚魚たちは、パーマークをキラキラと光らせ、清流の浅瀬と深場へ向かって嬉しそうに泳ぎ去っていった。
「元気に育つんだよー!」
葵が笑顔で手を振る。
「ふふ、これで一条山の沢は、命が巡る本物の渓流になったねぇ」
まひろはポニーテールを揺らし、満足そうに目を細めた。
第五章:水産業振興と還元手当
「……見事な畳石式ワサビ田の建設と、内水面生態系の構築どすな〜」
一連の作業を温かく見守っていた一条結が、バインダーを胸に抱えておっとりと歩み寄ってきた。
「結社長! ワサビ田もヤマメの放流も大成功ッスよ!」
葵が汗を拭って叫ぶと、結はスパコン並みの計算結果が表示されたタブレット画面を提示した。
「ええ。本日の『特産ワサビ栽培床整備・内水面水産業振興工事』ですが、農林水産省の『中山間地域等直接支払交付金』および県の『内水面水産業振興補助金』の施工・育成要件を百パーセントクリアしておりますのや〜」
「おや、山親方。ワサビ田づくりと魚の放流にもお上からお金が出るのかい?」
まひろがハスキーに笑うと、結はタレ目を優しく和ませた。
「もちろんどすえ、まひろちゃん。地域の伝統農産物の復元と水産資源の保全活動には、正規の助成金が下りますのや。今回の申請通過により、本日の資材費やヤマメの購入費がカバーされるのに加え、全員への危険作業手当および十五分単位の超勤手当がしっかり支給されますのや〜」
「あはは! さすが山親方、相変わらず隙がないねぇ」
「ふふっ、良い環境と特産品を作るための正当な制度は使い倒さな損どすからねぇ。さあみなさん、今夜は『Bar風花』で美和さまがとびきりの宴を用意して待っておられますのや〜」
「「「ご安全に!!!!」」」
夕陽に照らされた一条山の沢には、新しく作られたワサビ田の清流と、元気に跳ねるヤマメたちの影が美しく映えていた。
第六章:清流ワサビ・ヴァージン・ジントニック
夜の八時。
風花町の路地の奥、『Bar 風花 -kazahana-』の重厚なオークの扉を開けると、澄みきった静けさと桜の花の甘い香りが優しく身体を包み込んだ。
カウンターの鉄刀木の一枚板がアンバー色の照明を受けて静かに艶めき、奥の戸棚ではバカラのクリスタルグラスが美しく輝いている。
「いらっしゃい、まひろちゃん、葵ちゃん。ワサビ田と放流、ご苦労様」
カウンターの奥で、ワインレッドとアンバーの異色瞳を和ませた美和が出迎えてくれた。
「美和さん、見ておくれよ。今日ワサビ田の横で収穫した、採れたての新鮮な葉ワサビと花ワサビさ!」
まひろがリュックサックから差し出すと、美和は優しく目を細めた。
「あらぁ……! ツンと清らかな良い香りがするわねぇ。まひろちゃん、いつも素敵な季節の贈り物をありがとう」
作業服から地雷系ファッションに着替えた葵と、ノースフェイスのアウターを脱いでリラックスしたまひろが黒い本革ローチェアーに腰を下ろすと、美和が大きなガラスプレートと冷えたお冷のグラスをカウンター越しに優しく差し出してくれた。
プレートの上には、美和があらかじめ仕込んでおいた立派なヤマメをじっくりと炭火で焼き上げた香ばしい塩焼きと、採れたて葉ワサビを細かく刻んで醤油漬けにしたおひたしが盛られている。
「どうぞ、召し上がれ」
焼き立てのヤマメの身をほぐして口に運ぶと、香ばしい皮目と、ふっくらとした淡泊で上品な白身の旨味が広がる。
「……美味いッス!! 皮がパリッとしてて、身がほくほくで最高ッス!!」
葵が目を輝かせて叫ぶと、まひろも葉ワサビのおひたしを一口頬張った。
「……ッハーーー! こりゃあ効くねぇ! ツンと鼻に抜ける爽やかな辛みとシャキシャキ感がたまらないよ!」
さらに美和が仕立てたのは、収穫した花ワサビの香りを移した自家製シロップに、フレッシュなライムと微炭酸ソーダを合わせた特製モクテル『清流ワサビ・ヴァージン・ジントニック』だった。
「はい、どうぞ。花ワサビの爽快な風味を活かしたヴァージン・ジントニックよ。一日作業した身体を優しく癒やしてくれるわ」
グラスを傾けると、パチパチと弾ける炭酸とともに清流の爽やかな香りが広がり、一日の疲労を一瞬で吹き飛ばしていった。
第七章:温かな食卓とチルタイム
「あおい……まひろ……おつかれ……」
隣のローチェアーでホクホクの焼き芋をモグモグしていた深雪が、黄金色の瞳をパチクリさせながら焼き芋を差し出してきた。
「深雪ちゃん! 一条山の沢にヤマメがたくさん泳ぎ始めたッスよ! ワサビもすくすく育つッス!」
深雪は満足そうに頷くと、手に持っていたほんのり温かな焼き芋の半分を、そっとまひろと葵のプレートの端っこへ置いた。
「……みゆきも……ヤマメ……見たい……。ワサビも……すき……。がんばった……ふたりに……やきいも……はんぶん……どうぞ……」
「あはは! 深雪ちゃん、ありがとねぇ。今度ヤマメが大きくなったら、みんなで河原で塩焼きパーティーでもしようかねぇ」
まひろはハスキーに笑うと、深雪の差し出した焼き芋を一口頬張り、特製モクテルをおかわりした。
重機で土を削り、畳石で水脈を整え、清流に魚を放ち、特産の苗を育てる。
そしてその恵みを最高の形で調理し、大切な仲間と温かい時間を分かち合う。
(山を育み、川に命を吹き込み、最高の仲間と夜を明かす……。ふふっ、一条山での暮らしは、本当に誇らしくて愛おしいねぇ)
アンバー色の光が優しく満ちる『Bar風花』の店内で、ポニーテールを揺らした頼れる副長は、愛する仲間たちの温かな笑顔を見つめながら、どこまでも深い充たされたチルタイムに浸るのだった。
【後書き】
お疲れ様です、天照です。
今回は一条山の清らかな伏流水を活かした「畳石式ワサビ田」の開墾と、ヤマメの稚魚放流のエピソードをお届けしました。
重機を操る葵ちゃんの職人技とまひろちゃんの豊かな植物知識、ポイントを押さえた「水合わせ」という生命への誠実な所作。
苦労の末に味わう美和さんの『清流ワサビ・ヴァージン・ジントニック』と焼き立てヤマメの美味しさが、画面の向こうの皆様にも温かく伝わっていれば幸いです。
「畳石式ワサビ田の作りに感心した!」「ワサビのモクテルを飲んでみたい!」と思っていただけましたら、ぜひページ下の【ブックマーク登録】や【⭐⭐⭐⭐⭐】での評価、温かいご感想を残していただけると執筆の大きな励みになります!
それではまた、次回の更新でお会いしましょう。
署名:天照(Bar風花)




