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『一条山開拓記』第十一話:池を整備しよう!

【前書き】


※本エピソード(一条山開墾記)は『Bar風花』本編の設定をベースにしたスピンオフ/パラレルストーリーです。

※本編との時期や時系列に一部独自のアレンジやIF要素が含まれますが、白黒赤三人娘と結社長が織りなす賑やかな日常をどうぞゆったりとお楽しみください!


秋色に染まり始めた一条山の森の奥、ひっそりと泥に沈んでいた古い農業用溜め池。

崩れかけた土手と重いヘドロを払い、仲間たちの手と重機の力で、清らかな命の水脈を呼び覚ましていきます——。

夕陽を映し出す美しい『鏡池』への復活と、その浅瀬がもたらしてくれた秋の恵み。

どうぞ温かいお茶や季節のモクテルでも片手に、ゆったりとお楽しみください。

第一章:古池の異変

 

 清流が蘇った一条山の朝。

 昨日まひろと葵の手で倒木と泥が取り除かれた沢からは、澄み渡る秋空の下で透き通った水音が心地よく響いていた。

 木々がほんのりと朱や黄に色づき始めた山裾のせせらぎに沿って、第一期作業道を少し登った先に、周囲を深いスギ林と竹林に囲まれた小さな窪地がある。

 かつて山林の農業用溜め池として使われていたのであろう、円形の古池だ。

「……うーん。やっぱりここへ流れ込んでたんだねぇ」

 ディープグリーンのスズキ・ジムニーを作業道の脇に止め、白石まひろがポニーテールを揺らしながら運転席から降り立った。

 秋の冷涼な空気を胸いっぱいに吸い込み、首元のオリーブドラブ色のミリタリータオルで首筋を拭うと、ハスキーな声で呟く。

「まひろ先輩! 沢の水が流れるようになったのはいいッスけど、池の水が全然澄んでこないッスね……?」

 モモタロウピンクのサンバーから、ワークマンプラスのピンクヘルメットを被った黒木葵が降りてきた。

 ジャングルブーツの底で池の土手をトントンと叩く。

 池の表面には、数十年分の落ち葉や熟したドングリ、枯れ枝が腐敗した黒いヘドロが深く堆積し、水面はどんよりとした濁り色に沈んでいた。

 さらに山側の土手の一部は秋の長雨で水が染み出し、今にも崩れそうなほど脆くなっている。

「そりゃそうさね」

 まひろは腰の鞘から使い込まれた重厚な剣鉈を引き抜くと、くるりと手元で回してみせた。

「長年かいぼりをやってないから、底に腐葉土の泥がメーター単位で溜まってるんだ。それに土手が漏水して弱ってる。このまま放置したら、大雨が降った時に土手が決壊して、せっかく作った下の作業道と事務所前を泥流で呑み込んじまうよ」

「決壊……ッ!? それは絶対に阻止しなきゃダメッス!!」

「あはは! そう焦りなさんな」

 まひろは可憐で不敵な笑みを浮かべた。

「泥を綺麗に掻き出して、粘土と自然石で土手をガチガチに補強してやればいい。それに……この池の底泥を取り除けば、眠っていた湧水脈が復活して、絶好のビオトープに生まれ変わるはずだよ」

「ビオトープ……! きたッス! 環境緑地科と土木科のコラボ施工ッスね!」



 

第二章:多自然型の施工プラン

 

 現場に到着した櫻庭天が、愛用の水準器とコンベックスで池の勾配を計測しながら深く頷いた。

「よし、施工プランを整理しよう。まずは池の水抜きと底泥の浚渫からだね」

「ッス! 工順はこう組み立てるッス!」

 葵が現場監督の顔になり、図面の上に指を走らせながら口を開く。

「まず第一に、コマツPC20MR-3で池の端に仮排水溝を掘って、一旦水を下流の沢へ逃がすッス。第二に、水が抜けたところで十三トンのPC138UU-11を投入! コンマ四五立方メートルの平バケットと爪バケットを使い分けて、底に溜まった腐葉土泥を一気にすくい上げるッス!」

 指先を軽やかに動かしながら、葵はテンポよく施工手順を述べていく。

「第三に、漏水している土手の裏側に水を通さないベントナイト粘土とマサ土を層状に敷き詰めて転圧し、前面を自然石の石積みで補強。最後に中央を一・五メートルの『深場』、縁を三十センチの『浅瀬』にして一対三の緩やかな勾配をつける……これで決まりッス!」

「完璧だね、葵ちゃん。浅瀬を作っておけば日光が差し込んで水生植物が育ち、トンボや水生昆虫が春に向けて卵を産み付ける絶好の聖地になる」

 天が頼もしそうに親指を立てた。

「それとね」

 まひろが剣鉈の先で池の奥の陰を指差した。

「あそこに自生してるハスや、澄んだ水脈を好む水生ハーブのミズタビラコ、それに秋の実をつけるヒシの群生。あれは貴重な自生種だ。掘削エリアから外して、浅瀬の移植ゾーンへそっと避難させておこう」

「解ったッス、まひろ先輩! 十三トンユンボのバケット操作で、ミリ単位の精度で避難させるッス!」

「「「ご安全に!!!!」」」



 

第三章:泥土改質と湧水の復活

 

「PC138UU-11、浚渫作業開始ッス!」

 ドロロン……と重厚なディーゼル音が、澄んだ秋の山間に響き渡った。

 仮排水溝から水が抜け、底の黒い泥が露出した古池の脇で、十三トンのPC138UU-11がブレードを下ろして車体をしっかりと固定する。

「……結社長、天さん。この泥、含水率が高くて完全に建設汚泥ッスね」

 キャブの窓から顔を出した葵が、ヘルメットのあご紐を触りながら真剣な面持ちで指摘した。

「本当なら十トンの強力バキューム車を回送して一気に吸い上げ、港の脱水処理施設まで運んで産業廃棄物として処分したいところッス。そのままダンプに積んだら、途中の公道で泥水がダラダラ漏れて一発アウトッスからね」

「さすが葵ちゃん、建設汚泥の処理基準まで頭に入っているね」

 下に立つ天が、スコップを手に頼もしく頷いた。

「バキューム車で吸って産廃処分場へ持ち込めば一番手っ取り早い。だけど、この山道の搬入リスクと処分代だけで八十万円以上飛んでいく」

「ふふっ、そこで我が社の『現地泥土改質&資源化リサイクルスキーム』の出番どすえ〜」

 作業道の木陰から、バインダーを抱えた一条結がおっとりと姿を現した。

「この底泥ですが、数十年分のクヌギやカエデといった広葉樹の落ち葉が自然発酵した、窒素・リン酸が豊富な極上の天然有機培土の原石どす。バキュームで吸い上げて廃棄するなど、勿体なさすぎてバチが当たりますのや〜」

 結がバインダーのタブレットを細い指先で軽やかにタップする。

「あらかじめ仮排水で表面水を切った上で、天然由来の高分子凝集・泥土改質剤を散布し、十三トンユンボのバケットでミキシングいたします。一瞬で水分が分離・凝集してサラサラの脱水ケーキ状になり、ダンプの荷台から泥水が漏れることも一切ありませんのや。そのまま日当たりの良い水切りテラスで天日干しすれば……まひろちゃんのワサビ田や秋の山菜畑で使える、一立米あたり数万円相当の特選培土に生まれ変わりますのや〜」

「産廃コスト八十万をゼロにして、逆に特選資材を自給自足……! 結社長、相変わらずスパコン脳が冴え渡ってるッス!!」

 葵の瞳に職人の燃えるようなスイッチが入った。

 アタッチメントをコンマ四五立方メートルの平バケットに換装し、マルチレバーを静かに傾ける。

 サーッ……ガチリ。

 改質剤が混ざり、程よく水気が切れた黒い有機泥だけを、池底の難透水層を傷つけることなく皮を一枚剥ぐように正確にすくい上げる。

「見事なレバー操作だ、葵! 底の硬い地盤まで数センチのところでバケットを寸止めしてる!」

 下に待機していた天が、引き上げられた脱水泥をPC20MR-3のバケットで器用に受け、いすゞ・エルフダンプの荷台に水漏れ防止シートを敷いた上で安全に積み込みながら、称賛の声を上げた。

「へへッ! 土木科の泥浚い実習で叩き込まれたッスからね! ……あっ、天さん! 池の底の北側から、水がコンコンと湧き出してきたッスよ!?」

 泥が削ぎ落とされた池底の岩肌から、透き通った冷たい湧水がコポコポと力強く泡を立てて吹き出し始めたのだ。

 数十年もの間、重いヘドロに押し潰されていた湧水脈が、ついに息を吹き返した瞬間だった。

「よし! 湧水脈の復活だねぇ!」

 まひろはジャングルブーツで浅瀬に入ると、避難させていたヒシの株や水生ハーブを、新しく形成された浅瀬の緩勾配エリアへと手際よく移植していく。

 さらに漏水していた土手には、天と葵の手によってベントナイト粘土とマサ土が層状に投入され、PC20MR-3のバケット背面で強固に転圧された。

 仕上げには、沢から運んだ自然石が崩落防止として美しく組み上げられていく。



 

第四章:防災機能と還元手当

 

 「……見事な防災溜め池の再生と、自然共生ビオトープの完成どすな〜」

 一連の施工を静かに見守っていた一条結が、バインダーを胸に抱えておっとりと歩み寄ってきた。

「結社長! 池の土手、戦車が乗っても崩れないくらい強固になったッスよ!」

 葵がキャブから身を乗り出して叫ぶと、結はスパコン並みの計算結果が表示されたタブレット画面を提示した。

「ええ。本日の『山林防災溜め池整備・生物多様性保全工事』ですが、農林水産省の『農業用ため池防災減災対策事業補助金』および環境省の『生物多様性保全推進交付金』の要件を百パーセントクリアしておりますのや〜」

「おや、山親方。この池の掃除にもお上からお金が出るのかい?」

 まひろがハスキーに笑うと、結はタレ目を優しく和ませた。

「もちろんどすえ、まひろちゃん。山林の溜め池を防災基準で補強しつつ、希少な水生生態系を復元する事業には、正規の補助金が下りますのや。今回の申請通過により、本日の重機燃料費や粘土資材費が全額カバーされるのに加え、全員への危険作業手当および十五分単位の超勤手当がしっかり支給されますのや〜」

「あはは! さすが山親方、相変わらず完璧なバックオフィスだねぇ」

「ふふっ、正当な制度を活用して働くみんなに還元するのが、一条山農林の鉄則どすからねぇ。……あらあら、見てごらんなさいな」

 結が指差した池の水面。

 湧き出たばかりの清涼な水が満ちていく池は、夕陽のアンバー色の光を鏡のように反射し、周囲の紅葉し始めた山肌と澄み切った秋空を美しく映し出していた。

 泥で濁っていた古池は、今や秋の景色を映す静寂な『鏡池』へと見事に生まれ変わっていたのだ。

 そして浅瀬の澄んだ水の中には、移植された水生植物の緑がゆらゆらと揺れ、どこからか飛んできたミズスマシが嬉しそうに水面をすいすいと走り、その上をアキアカネが軽やかに舞っていた。



 

第五章:夕涼みの駆け下り

 

 秋の夕暮れ時。

「よし! 池の整備、これにて完全完了ッス!」

 葵と天が高強度コンクリート広場で重機の洗車とグリスアップを終え、汗を拭った。

「みなさん、お疲れ様でしたえ。本日分の手当を確定いたしました。……さあ、今夜は『Bar風花』で美和さまが最高の宴を用意して待っておられますのや〜」

「ッスーーー!! 美和お姉ちゃんのご馳走!!」

「あはは! 葵ぼう、相変わらずエンジン全開だねぇ。よし、あたしもジムニーで向かいますかね!」

 ポニーテールを揺らしたまひろは、ディープグリーンのジムニーの運転席に乗り込むと、イグニッションキーを捻った。

 ブォン……!

 ブロロロ……とジムニーの頼もしいターボエンジンが響き、葵のサンバーも軽快な排気音でそれに応える。

 白黒コンビの二台は、心地よい秋風を切りながら夕陽に染まる風花町の路地へと軽やかに駆け下りていった。



 

第六章:鏡池の翡翠ソーダ

 

 夜の八時。

 『Bar 風花 -kazahana-』の重厚なオークの扉を開けると、ほのかに漂う桜の花の甘い香りと、澄みきった静けさが身体を包み込んだ。

 カウンターの鉄刀木の一枚板がアンバー色の照明を受けて静かに艶めき、奥の戸棚ではバカラのクリスタルグラスが美しく輝いている。

「いらっしゃい、まひろちゃん、葵ちゃん。池の整備、ご苦労様」

 カウンターの奥で、ワインレッドとアンバーの異色瞳を和ませた美和が出迎えてくれた。

「美和さん、見ておくれよ。今日再生した湧水池の浅瀬で見つけた、秋が旬の採れたてヒシの実と自生ハーブさ!」

 まひろが持参したリュックサックから艶やかなヒシの実とフレッシュなハーブを取り出して差し出すと、美和は優しく目を細めた。

「あらぁ……! 立派な実ねぇ。まひろちゃん、いつも素敵な季節の贈り物をありがとう。ふふっ、この澄んだ湧水が育んだ秋の恵みを使って、今夜は特別なお料理とモクテルを作るわね」

 作業服から地雷系ファッションに着替えた葵と、ノースフェイスの秋用アウターを脱いでリラックスしたまひろが黒い本革ローチェアーに腰を下ろすと、ほどなくして美和が、ひんやりと冷やされた器を、涼やかな漆の敷台に載せてカウンター越しに優しく差し出してくれた。

 器の中には、指を傷めないようあらかじめ切れ目を入れて塩茹でしたほくほくのヒシの実に、自家製のだし醤油と土佐酢を合わせた清涼な氷出汁が張られ、彩りの秋の香草が添えられている。

「どうぞ、お出汁とともに召し上がれ」

 切れ目からつるりと皮を剥いて口に運ぶと、栗のようにホクホクとした甘みと香ばしさが広がり、出汁の優しい旨味が後味を爽やかに引き締めた。

「……美味いッス!! 栗みたいに甘くてホクホクで、出汁との相性が抜群ッス!!」

 葵が目を輝かせて叫ぶと、まひろも豪快に頷いた。

「……ッハーーー! こりゃあ絶品だねぇ! 湧き立ての冷たい水で育ったヒシの実だから、雑味が全然ないんだ!」

 二人がヒシの実の旬の味わいに舌鼓を打っていると、美和が戸棚からバカラの重厚なクリスタルグラスを取り出し、繊細な手つきで特別な一杯を注ぎ分けていく。

 それは、摘みたてのミズタビラコの香りを移した自家製シロップに、クラッシュドアイスと微炭酸のソーダを注ぎ、清涼感あふれるひと筋のハーブをあしらった特製モクテル『鏡池の翡翠ソーダ』だった。

「はい、どうぞ。澄んだ湧水をイメージして仕立てたヴァージン・ソーダよ。一日作業した身体を爽やかに癒やしてくれるわ」

 グラスを傾けると、パチパチと弾ける炭酸とともに清流を思わせる爽やかな香りが広がり、一日の疲労を一瞬で吹き飛ばしていった。



 

第七章:温かな食卓とチルタイム

 

 「あおい……まひろ……おつかれ……」

 隣のローチェアーでホクホクの焼き芋をモグモグしていた深雪が、黄金色の瞳をパチクリさせながら焼き芋を差し出してきた。

「深雪ちゃん! 今日の池、鏡みたいに空と秋の山が映ってめちゃくちゃ綺麗になったッスよ!」

 深雪は満足そうに頷くと、自分が食べていたほんのり温かな秋の焼き芋の半分を、そっとまひろと葵の皿の真ん中へ置いた。

「……みゆきも……きれいな池……見に行きたい……。がんばった……ふたりに……やきいも……はんぶん……どうぞ……」

「あはは! 深雪ちゃん、ありがとねぇ。今度みんなで、紅葉した池のほとりでピクニックでもしようかねぇ」

 まひろはハスキーに笑うと、深雪の差し出した焼き芋を一口頬張り、翡翠ソーダをおかわりした。

 重機で泥を浚い、崩れかけた土手を固め、眠っていた湧水を呼び覚ます。

 そして、蘇った鏡池がもたらした自然の恵みを心から味わう。

 山を活かし、水脈を拓き、大切な仲間と温かな食卓を囲む。

(ふふっ、一条山での毎日は、本当に心が温かくなるねぇ……)

 アンバー色の光が優しく満ちる『Bar風花』の店内で、ポニーテールを揺らした頼れる副長は、愛する仲間たちの温かな笑顔を見つめながら、秋の夜長にどこまでも深い充たされたチルタイムに浸るのだった。

【後書き】


お疲れ様です、天照です。

今回は一条山にひっそりと佇んでいた古池を、みんなで力を合わせて美しい『鏡池』へと再生させる物語をお届けしました。

13トンユンボを軽やかに操る葵ちゃんの熟練した職人技、現地泥土改質と公的補助金を即座に組み合わせる結社長の頼もしすぎるバックオフィス。

そして、復活した湧水池が与えてくれたヒシの実の旬の味わいと、美和さんが仕立てた『鏡池の翡翠ソーダ』の清涼な余韻……。

本格的な重機土木のリアリティと、山が育む自然の温もりが心地よく重なり合う一幕になっていれば幸いです。


「13トン重機のダイナミックな作業にワクワクした!」「ヒシの実の氷出汁や翡翠ソーダを味わってみたい……!」と感じていただけましたら、ぜひページ下の【ブックマーク登録】や【⭐⭐⭐⭐⭐】での評価、温かい応援コメントを残していただけると、今後の執筆の大きな糧になります!


それではまた、次回の更新でお会いしましょう。

署名:天照(Bar風花)

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