『一条山開拓記』第七話:山の恵みと緑のライン
【前書き】
※本エピソード(一条山開墾記)は『Bar風花』本編の設定をベースにしたスピンオフ/パラレルストーリーです。
※本編との時期・時系列に一部独自のアレンジやIF要素が含まれます。
※白黒赤三人娘と結社長の賑やかな日常と、本格土木スローライフをお楽しみください!
朝霧が薄く漂う風花川の渓谷に、腹の底を揺さぶる重爆音が轟きます。
第七話の主役は、一条山農林の「山のスペシャリスト」でありレディース『紅蓮華』現役副長、白石まひろ。
相棒のカスタムXR400Rを駆り、使い込まれた剣鉈を手にする彼女が、開墾の進む山林で鮮やかな「緑のライン」を描き出します。
ただ重機で山を削るだけではない。
沢の水脈と日陰の湿度を読み解き、秋の初物タケノコや野生のハーブ群生を優しく守り抜くプロの技。
土の香りと汗の先には、仲間たちの信頼と、夜の『Bar風花』で待つ至高の一杯――。
頼れるアネゴ・まひろの真骨頂と、一条山がもたらす豊かな恵みをどうぞお楽しみください。
第一章:重爆音の一発始動
朝霧が薄く残る風花川の渓谷に、腹の底を揺さぶる重厚な単気筒の排気音が轟いた。
ポッ、ポッ、ポッ……ドロン!
デコンプレバーを軽く引き、圧縮上死点を探り当てた直後、ジャングルブーツの踵でキックペダルを一気に踏み抜く。
超ハイコンプピストンが組み込まれ、ボアアップされたホンダ・XR400Rの単気筒エンジンが、スーパートラップマフラーの皿から歯切れ良い重爆音を吐き出して目を覚ました。
朝陽を浴びて深みのあるエメラルドグリーンに輝くカスタムタンク。無駄なパーツを削ぎ落とし、二十一インチの大径ホイールと延長されたフロントフォークが武骨に伸びる、スパルタンなストリートトラッカー仕様の一台だ。
まひろはポニーテールを揺らし、首元に巻いたオリーブドラブ色のミリタリータオルで鼻先をぬぐった。
「……よし、一発始動。今日も機嫌がいいねぇ、お前さんは」
ノースフェイスのカーゴアウターに、タイガーストライプ柄のタフなミリタリーパンツ。足元は水や泥をものともしない本革のジャングルブーツ。
レディース『紅蓮華』の現役副長であり、風花農業高校環境緑地科を卒業した一条山農林の現場リーダー・白石まひろは、XR400Rのアクセルを軽く煽り、打ち立ての高強度土間コンクリートの上へと滑り込ませた。
「おはよう、まひろ。今朝もXRの重爆音はいい音をさせているね」
愛用のツールボックスを手にプレハブ事務所から出てきた櫻庭天が、目を細めて手を振る。
「おはよう、天ちゃん。……こいつの図太い排気音を聞かないと、一日が始まらない性分でさぁ」
まひろはキルスイッチを切ってサイドスタンドを立てると、ハスキーな声を響かせて笑った。
「葵はもう重機の暖機運転かい?」
「ええ、エンジンの暖機と油圧チェックはもう完璧っすよ、まひろ先輩!」
プレハブの陰から、ピンクのヘルメットを小脇に抱えた黒木葵が駆け寄ってきた。
「今日は昨日開けた第一期作業道の先、竹林の密集地帯と沢沿いの開墾に入るっす! コマツのPC138UUで一気に竹根を掘り起こす気満々っすよ!」
「はいはい、相変わらず元気だねぇ、葵。……だけどね」
まひろは腰の鞘から使い込まれた重厚な剣鉈を引き抜き、くるりと手元で回してみせた。
「あの沢沿いは見かけによらず地盤が緩い。それに、無闇に重機を突っ込むと『宝の山』を丸ごと踏み潰すことになるよ」
「宝の山……っすか!?」
葵が目を丸くすると、まひろは不敵で魅力的な笑みを浮かべた。
第二章:緑のライン読み
「……葵、重機はここで一旦ストップ。ここから先は、あたしの引く『ライン』通りにアームを入れな」
竹林の濃い緑が陽光を遮る、山林の奥深く。
まひろは腐葉土を踏み締め、剣鉈の背で太い孟宗竹をコンコンと叩いた。
「風花農高で嫌というほど叩き込まれたけどさ。竹の地下茎ってのは、陽の当たり方と沢の水脈に沿って伸びるんだ。ほら、ここを見てごらん」
まひろがナタの刃先で指し示した足元には、落ち葉の隙間に青々と葉を広げる群生と、コロコロとこぼれ落ちたツヤツヤの粒があった。
「あ……! ヤマミツバに、大粒のムカゴっす!」
「そうさ。沢の伏流水を吸った極上のヤマミツバと、自然薯のツルから落ちたばかりの秋のムカゴさね。それと、この沢沿いの木陰の湿度……ここには野生のミント、ワイルドミントも青々と群生してる。無闇に重機で掘り返したら全滅だねぇ」
まひろは手際よく剣鉈を振るい、竹の幹に白い削り傷をつけて「走行ライン」をマーキングしていく。
「左の表土を三センチだけ削って、竹根の主幹だけをコンマ四五の爪バケットでピンポイントに叩き切る。右側のハーブ群生エリアにはキャタピラを一歩も入れない。……葵、できるかい?」
葵はヘルメットのあご紐をギュッと締め直すと、PC138UUのキャブから身を乗り出して親指を立てた。
「うちを誰だと思ってるんすか! まひろ先輩が引いたラインなら、コンマ数ミリの狂いもなく爪先を通してみせるっす!!」
「言ったねぇ! よし、行っておいで!」
ドロロン……とコマツの直噴ディーゼルが唸りを上げ、十三トンの頑強なアームが伸びる。
まひろが剣鉈でマーキングしたギリギリの境界線を、葵の操るコンマ四五爪バケットが寸分の狂いもなく切り拓いていく。
土を掘り起こすと同時に、湿り気を含んだ黒土とハーブの清々しい香気がふわりと立ち込めた。
まひろは熟練の手つきで、重機が避けた安全エリアから青々と茂るワイルドミントやヤマミツバ、そして大粒のムカゴを傷つけないよう竹籠へ収穫していく。
「よしよし……最高の状態だねぇ。これなら美和さんのモクテルにも、『道の駅かざはな』への出荷にも完璧だ」
「……見事なライン読みと採集の手際どすな〜♪」
いつの間にか作業道の入口まで登ってきていた一条結が、バインダーを手にタレ目を細めて感嘆の声を漏らした。
「おっ、結社長。見てたのかい?」
「ええ。まひろちゃんの植生管理とライン選定のおかげで、開墾作業と『天然山菜・ハーブの自生保全』が完璧に両立されておりますのや。本日収穫された山菜とハーブの道の駅出荷分に関しましては、正規の【農家・林家出荷還元手当】として、毎月の基本給や各種手当とは別に全額還元いたしますえ〜♪」
「さすが結社長、相変わらず話が早くて助かるよ」
まひろは摘み取ったばかりのミントの葉を鼻先に近づけ、満足そうに目を細めた。
第三章:夕暮れの放課後
夕暮れ時。
一条山事務所前のコンクリート広場には、綺麗に泥を洗い流された重機と、採集された山菜やハーブのコンテナが整然と並んでいた。
「まひろ先輩! コメリパワーで買ってきたパーツクリーナーと特殊ボルト、サンバーの荷台に積んでおいたっすよ!」
モモタロウサンバーの運転席から葵が顔を出し、アストロプロダクツとコメリの袋を掲げた。
「サンキュ、葵。……って、またパーツクリーナー箱買いかい? 予備用と保管用も含めてかい?」
「当然っす! 現場用・予備用・保管用の『三個買い』はうちらの絶対ルールっすから!」
「あはは! 相変わらずブレないねぇ」
まひろはノースフェイスのアウターの袖を捲り上げ、XR400Rの車体をウエスで丁寧に拭き上げた。ディープグリーンのタンクが夕陽を受けて、エメラルド色から深い黒緑へと幻想的な陰影を描き出す。
「よし、本日の業務はこれにて終了どす! みなさんお疲れ様でしたえ〜♪」
結の澄んだ声がかかると、まひろはリュックサックに摘みたてのフレッシュミントやヤマミツバ、そしてムカゴを詰め込み、XR400Rのキックペダルへ力強く足を乗せた。
ふんっ……!
一発で目覚める乾いた重爆音。
その隣で、葵も普段の足に使っているスクーターのDioではなく、今日はエンジンの調子を見るために乗ってきていたもう一台の愛機——スズキ・RGV250Γのキックを踏み降ろした。
パラン……パンパンパンッ!
二本出しチャンバーから青白い煙とともに、突き抜けるような二ストロークの高回転サウンドが響き渡る。
「葵、風花町まで流すかい? あたしがしっかり後ろを見てやるよ」
「っす! じゃあ前を走らせてもらうっす!!」
甲高い二ストサウンドを奏でる葵のガンマと、重厚な四ストシングルを轟かせるまひろのXR400R。
赤と黒のテールランプを輝かせ、二台のマシンは夕焼けに染まるワインディングロードを軽快に駆け下りていった。
第四章:Bar風花のモヒート
夜の八時。
風花町の路地の奥にひっそりと暖かな明かりを灯す『Bar 風花 -kazahana-』。
重厚なオーク材の扉を開けると、澄みきった静けさの中に、磨き上げられた鉄刀木の一枚板カウンターがアンバー色の光を受けて艶やかに息づいていた。
「いらっしゃい、まひろちゃん、葵ちゃん」
カウンターの奥で、ワインレッドとアンバーの異色瞳を優しく細めた美和が出迎えてくれた。
「美和さん、今夜もいい空気だねぇ。……ほら、今日一条山で採れたばかりのワイルドミントさ。最高の状態だよ」
まひろは背負っていたリュックサックから青々とみずみずしいミントの束を取り出し、美和へそっと手渡した。
「あらぁ……! とっても良い香り。摘みたてのみずみずしさがそのまま残っているわね。まひろちゃん、いつも素敵な贈り物をありがとう」
「あたしの摘んだハーブが、美和さんの手で最高の一杯になるんだからお互い様さね」
黒い本革のローチェアーにゆったりと腰を下ろすまひろ。隣には地雷系ファッションに着替えた葵がちょこんと座り、すでに美和特製の辛口ジンジャーを美味しそうに口へ運んでいた。
美和はバカラの重厚なタンブラーを取り出すと、フレッシュライムと自家製和三盆シロップを合わせ、ペストルで優しく果汁を馴染ませた。
そこへ、まひろが持参したワイルドミントを手のひらの上でパンと叩く。
パチンと小気味よい音が店内に響いた瞬間、ミントの芳醇な清涼感が空間いっぱいに解き放たれた。
クラッシュドアイスをたっぷりと満たし、冷えた微炭酸のソーダを静かに注ぎ入れると、バースプーンで氷とミントをふわりと持ち上げるように馴染ませていく。
「はい、どうぞ。まひろちゃんが摘んでくれた、一条山フレッシュミントの特製モヒートよ。ノンアルコールで仕上げておいたわ」
「待ってました! いただきますよ」
まひろはグラスを口元へ運び、喉を鳴らして飲み干した。
弾ける繊細な炭酸とともに、摘みたてミントの圧倒的な爽快感とライムの柔らかな酸味が、一日中山で汗を流した身体の隅々へと染み渡っていく。
「……ッハーーー! 美味い!! 身体中の濁りが全部吹き飛ぶねぇ! 美和さん、最高だよ!」
「ふふ、喜んでもらえてよかったわ。おかわりならいくらでもあるから、ゆっくり楽しんでいってね」
「……まひろ……おつかれ……。やきいも……はんぶんこ……」
隣のローチェアーで冷ました焼き芋をモグモグしていた深雪が、黄金色の瞳をパチクリさせながら、温かい焼き芋の半分をそっと差し出してくれた。
「おや、深雪ちゃん。あたしにもご褒美かい? サンキュ、いただきますよ」
まひろはハスキーに笑うと、深雪の差し出してくれた甘い焼き芋を一口頬張り、モヒートをもう一口味わった。
山を駆け、重機と剣鉈で仲間とともに道を拓き、夜は美和の極上の一杯と温かな家族に囲まれる。
一条山での暮らしも、悪くないどころか最高だねぇ……。
アンバー色の光が優しく満ちる『Bar風花』の店内で、ポニーテールを揺らした頼れる副長は、愛する仲間たちの笑顔を見つめながら、心地よい夜の時間を深く噛み締めるのだった。
【あとがき】
第七話「山の恵みと緑のライン」をお読みいただき、本当にありがとうございました。
今回は、白石まひろちゃんの頼もしさと「山のスペシャリスト」としての真骨頂をお届けしました。
ボアアップされたXR400Rのキック始動の空気感から、剣鉈ひとつで地下茎と伏流水を見抜く緻密なライン読み。葵ちゃんの寸分狂わぬアーム操作との見事なコンビネーション、そして開墾と自然保全を完璧に両立させて手当を還元する結社長の無敵のホワイト手腕。
さらに作業を終えた夜の『Bar風花』では、美和さんが手渡されたミントで丁寧に仕立てるフレッシュモヒートと、深雪ちゃんの優しさが詰まった焼き芋。
山でたくましく汗を流し、夜は温かい家族と至高の一杯に包まれるスローライフの醍醐味を感じていただけたら幸いです。
作品を楽しんでいただけましたら、ぜひページ下部よりブックマーク登録や評価(★★★★★)、温かいご感想をいただけますと、今後の執筆の大きな力になります。
これからも一条山の豊かな自然と、白黒赤三人娘たちの泥臭くも輝かしい日常を丁寧に紡いでまいります。
次回もどうぞお楽しみに!
天照(Bar風花)




