第55話 片桐芽衣
その女の子の目は真っ赤で、その顔は今にも崩れてしまいそうで。けれども強い意志のようなものを感じる。わたしを呼ぶ声に、嘆きも諦めも混ざらない。
女の子はしゃがみこんで、自分の右耳に両手を当てた。指先で耳たぶを掴んで、思いっきり引っ張っている。
「こんなものっ、こんなのがあるから、私は……私だってっ!」
留め具はびくともしなかった。赤くなった指先が、耳から離れてわたしに近づいてきた。感覚がなくて取れてしまったんじゃないかと思える右手に、人の体温を感じた。
目と目が重なり合う。女の子は、一切ブレることなくわたしを見つめている。
「私が助けるから、私にしかできないことをしてみせるから」
手からぬくもりが遠ざかって、今度は首筋に柔らかいものを感じた。
薄れる意識の底で鈴の音が響いている。その子の耳元で赤いランプが高速点滅している。
「だめ……だよ……芽衣ちゃ……魔法を……みんな見てる……」
「そんなの関係ないっ!」
頬を伝う涙が滴り落ちてきて、わたしの肌にぶつかった。
「私は、正しいことのために力を使うっ!!」
喉が微弱な熱に覆われる。痛くない、むしろ心地いい。
だけど、それよりも体温が失われていく速度のほうが早い。感覚は遠く自分は希薄に、必死に助けようとしてくれるその顔すらも、暗くなっていく。
「なんで……ダメ……! はるかさん、目を開けて、頑張って……私は、私が、必ず……必ず……!」
手が震えていた。間に合わない。もういいんだよ、って言おうとした。
「そうか、君がはるかの」
尽きてしまいそうな意識が、足音と声を聞いた。
その瞬間、わたしたち二人を覆うように竜巻のような砂埃が舞った。
「……その鈴は魔法の力を吸い上げている。ただのセンサーなどではない」
ふっ、と光り続けていた赤いランプが沈黙した。
「強く願いなさい。自分になら必ずできると、奇跡は現実のものだと信じるんだ。それが魔法の本質」
赤らんだ顔の芽衣ちゃんは、涙を拭おうともせず声の主と目を合わせた。
「願う……」
「大丈夫。魔法は必ず君の夢を叶えてくれる。彼女を助けたいのだろう」
芽衣ちゃんが深く頷いた。
その人、師匠は帽子を取って頭を下げた。
「どうか、この愚か者の尻拭いをしてほしい」
芽衣ちゃんは片手をわたしの首に添えたまま、反対の手で自分の目元を拭った。
深く息を吸って目を開くと、緊張が隠れて頬が緩んだ。
「私が、必ずはるかさんを助けるから」
その顔を見るだけで、胸のざわめきも、全身の脱力感も消え去った。
首元の熱が広がった。肌の感覚が戻ってくる。心臓は身体中に血液を巡らせ、死にかけていた筋肉が活動を再開する。皮膚から汗が吹き出して、体温が戻った。
わたしはわたしを見つける。自分はまだここにいる。
親友の顔を見る。たまらなく嬉しくなって、笑顔が隠せない。
「ありがとう」
「ううん。お礼を言うのは私の方だよ。ありがとうはるかさん」
明るくなった視界が、わたしの一番好きな笑顔でいっぱいになった。




