最終話 トワイライト・ウィッチ
舞い上がる砂のカーテンが、わたしたち四人の姿を隠している。外から呼びかける声がいくつも聞こえてくるけど、誰も中には入ってこれないようだった。これはきっと師匠の魔法。目隠ししてくれてる。
それはそれとして、傷は完全に塞がって身体は元気満タンだった。
「やったー! わたし生きてるよっ!」
跳ね起きて、両手を広げて芽衣ちゃんに飛びついた。ジャンプしてダンスみたいにくるくる回って、最後に回した腕にぎゅーっと力を込めた。
「やった、やった、芽衣ちゃんがやった、わたしのために!」
ほっぺにキスしちゃお。口をすぼめると、スッと手が伸びてきて頬を挟み込まれた。
冷静沈着な芽衣ちゃんは、まじまじとわたしを見た。
「今はふざけてる場合じゃないでしょ。本当に危ないところだったんだから、これからはよく考えて行動して。毎回どうにかなるなんて思わないこと、いい?」
「ひゃ、ひゃい……すみませんでした」
言われて、頭が冷えて状況を思い出す。
時任先輩は、よかった平気そうだ。地面に座り込んで呆れ混じりに笑っている。
次に師匠を探した。わたしたちの様子を静観するように、少し離れたところに立っていた。
抱きつくのをやめて、そちらに向き直った。
「師匠」
「まだ師と呼ぶか。君という人間は、いよいよ理解しがたい」
師匠は自嘲するように笑った。
「さっき、魔法を使ってくれましたね。わたしが苦しまないように」
「自分の失態をごまかすためさ。ただの虚構だとすぐに見破られてしまったけれどね」
師匠は一度視線を外して、足元をさまよわせてから、またわたしを見た。
「妥協は人を殺し、理想は命を救った。僕の魔法では君の理想を曲げられなかった、これを人は敗北と呼ぶのかもしれないね」
「ひとつ聞いてもいいですか。どうしてもわからないことがあるんです」
「ああ、喜んで。命の償いだ、今だけは仮面を外すと約束するよ」
一歩だけ足を前に出して、師匠へと近づいた。
「本当に目指してるものがなんなのか教えてください。わたしには、魔法使いを苦しめることが、師匠にとっての正しさだなんて思えません」
「前に話した……最初に会った時から変わらないよ。僕は多くの人に認めてもらいたかったんだ。一人の人間が全体を救うのは難しい、ならせめて堂々と青空を飛んでみたかった。魔法使いの地位向上という建前も、抑圧への加担もただの手段でしかない。大義を隠れ蓑にするが、存外人は単純な動機で動いてるものさ」
師匠は目を細めて、砂埃に隠れた空を見上げた。
「いつしか空を飛ぶことを忘れていたけれどね」
視線を下げて、師匠はわたしを見つめた。
「私欲に塗れた魔女は殺人者にまで成り下がった。それだけが真実だ。君にはこの事実を公表する権利がある。もはや止めようとも思わない、それほどのことをしてしまったからね」
首筋をさする。痛みも傷跡もない。芽衣ちゃんが完璧に治癒してくれたから。他はともかく、その件に関して師匠は悪さしてないことになるはずだ。まぁ、でも、せっかくだし。
「それなら、わたしと一緒に来てくれませんか? 二人で力を合わせれば、何倍何十倍もの人を笑顔にできます。師匠は悪い人だーってみんなに伝えるよりも、そっちの方がずっとずっと嬉しいです」
返答までに時間があった。
やがてふっと息を吐いて、師匠は肩のあたりで手のひらを上に向けた。
「魅力的な提案だけれど、それだけはお断りさせてもらうよ。今ここでいなくなったら、責任の所在が迷子になってしまうからね。中途半端は好きじゃないんだ。償いは他の手段を選びたい」
困る。本当に償いとかはいらない。強引すぎて怖がらせちゃったわたしが悪いまである。でも師匠ずっと申し訳なさそうにしてるし、罪悪感バリバリに感じてる。
「じゃあ……わたしはこれから逃げるんで、見なかったことにしてください。あと、あとたまに連絡するんで、そのときはちゃんと返事ください。無視したら許しませんから」
笑顔を見せると、ようやく師匠は笑ってくれた。控えめだけど、堪えきれず漏れてしまったみたいで、今までのような作り物の笑顔とは違う。
だって師匠、嬉しそうにしてるんだもん。
「呆れたものだ。殺意を向けた相手に手を差し伸べている。認定などという器に収まるわけもない。まったく、馬鹿な弟子だ、本当に」
師匠は背を向けて壁の向こうに消えていった。
「どこにでも行くがいい。君ならあるいは夢を叶えられる、僕とは違ってね」
伸ばしかけた手を引っ込めて、その背中を見送った。
師匠が見えなくなったのを確かめてから、芽衣ちゃんの前に戻った。
少し顎を下に向けて、その目を見つめた。
一緒に来てほしいって、言いたい。師匠にそう言ったんだから、芽衣ちゃんにだって伝えてもいいはずだ。だけどそんなの、ただのわがままだ。
口が開きかけて、意識して閉じた。手袋の中が汗ばんでくる。
普通に暮らして一緒に寝起きして、手を繋いで学校に行って、夜になったらベッドの中でお喋りして。ここで別れたら、あの日々は本当に思い出だけになっちゃう。
かもしれないじゃなくて、間違いなく二度と会えない。
家族だけじゃなくて、親友までも失ってしまう。
「芽衣ちゃん、わたし、あのね」
無意識に手が動いて、芽衣ちゃんの指先に触れそうになる。一緒に来てほしい、言いかけた。
でもそんな弱さを叱ってくれるみたいに、凛々しい声が耳に届けられた。
「私ね、夢が出来たんだ。だから、はるかさんと一緒には行けない」
「え、夢……?」
「たくさん勉強して、政治や社会のことを知って、いつかこの国の法律を変えたい。そうすれば鈴を外して一緒に空を飛べる。なんにも気にせず、親友同士笑っていられる」
喉の奥に溜まったツバを飲み込む。立派な夢だ、応援したい夢だ。だけど。
「そっか、そうだったんだ。でも、魔法使いは政治に参加できないって、聞いたことある」
芽衣ちゃんはきょとんとして、何度かまばたきをした。なにを言ってるんだこの馬鹿は、みたいな顔でわたしを凝視している。そして耐えかねたように、口を抑えて笑い声を漏らした。
「一番似合わないこと言ったね。無理なんて絶対ないんだって教えてくれたの、誰だかわかる?」
「え? 誰って」
考える。あー、と思う。確かに、無理なんて言葉、似合わないかもしれない。
「わたしか」
自分を指差すと芽衣ちゃんは「大正解!」と楽しそうに声を出した。
釣られて笑ってしまう。そうしていると、しんみりした気持ちなんてどこかにぶっとんでいった。
うん。踏ん切りがついた。なら芽衣ちゃんを連れてはいけない。誘っちゃいけない。
誰かの夢を応援するのが、わたし流だ。
箒を拾い上げて、頷いてみせた。
「わかったよ。それじゃお別れだね。でも」
「一生のお別れじゃない。いつか絶対に、必ず、間違いなく、約束守ってね」
「うん!」
人生で一番の笑顔を見せてから、時任先輩のところに駆け寄った。箒に乗ってその手を取る。
芽衣ちゃんを見て、胸の前で手を振った。すると笑顔で振り返してくれた。
「見ててね、もっともっとみんなを笑顔にするから。芽衣ちゃんもビッグになってね!」
「人生の岐路か。泣かせるな後輩」
そんなことを時任先輩が言って、わたしは箒の柄を握りしめた。ミシッと、手袋が音を立てた。地面を蹴って、一気に浮上する。
高く、高く、もっと高く、どこまでも。
砂の壁を突っ切って、夏の青空へと飛び出した。
キーンと音を立てて一直線に飛行する。みるみるうちに学校が小さくなっていく。
「さあ、これから大変だぞ。まずはどこに行こうか、魔女はるか」
わたしは、地平線の向こうにそびえる積乱雲を指差した。
「行き先なんて決めません。どこまでも飛び続けましょう!」
進み続ける。昼も夜も、いつまでも。
わたしはトワイライト・ウィッチ、正義の味方。
夜明けなんて待たずに、飛び続ける。
はるかの物語はこれにて完結となります。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!




