第50話 空中戦
短距離ダッシュのように空をかけ、学校の外を目指した。
校門上空を抜けるのに何秒もかからない。だけどその前に、わたしの肩に体重をかけて身を乗り出す時任先輩から待ったが入った。
「学校と外の境界線上に、遥か上空まで壁が敷設されている」
「壁っ!? そんなの見えませんよ!」
「いいから止まれ」
急ブレーキ。敷地を飛び出す直前に、逆回転しそうになりながら停止する。
そのなにもない空間を凝視していた先輩は、振り返って背後にも目を向けた。
「ここだけじゃない。おそらくは君を捕獲するための魔力の網のようなものが、ドーム状に形成されている。トラップと見て然るべきだろうな」
そういえば、東京に向かうときに会った師匠は、まさにそんなことを言っていた。わたしを捉えるために網を張ってる、と。それってたぶん、魔法を設置できるってことだ。
わたしは自分でコントロールできないけど、師匠はいとも簡単にそういうことをやってる。
「てことは、破らないとまた幻覚を見せられちゃう。なんとかしてみせなさいよ、わたし」
腕を伸ばして、力を収束させる。蒼の粒子が溢れ出て渦になる。
ごうごうと音を立てるそれを、壁に向かって一気に放出した。
攻撃は音もなくすり抜けていった。遥か彼方、視界の奥で勢いを失い、魔力が拡散していくのがわかった。
手応えがない。時任先輩に聞くまでもなく、変化を与えられていないと直感した。
そしてそのことを証明するように、背後から低い女性の声が聞こえてきた。
「仕掛けに気付いたまではよかったが、無駄に力を消耗したのは愚策だね。その少女は人質かい? 正義の魔法少女があこぎなことをする」
首をそろりと動かして、目で背後の様子を伺う。師匠との距離は三十メートルくらい。
時任先輩は上体を捻って、荒々しく叫んだ。
「私は彼女の理念に共鳴する者の、大勢の中の一人だ。体制の犬が侮るな」
「呆れたものだ。過激派はいつも自分たちが正しいと主張する。理解など得られていないのにも、関わらずねっ」
攻撃の気配。機首を上に向けて、それを回避。空間を縦に使い、円を描くように旋回。宙返りのまま進んで、師匠の背後を取った。
「これでぇ!」
漆黒の背中を狙い、さっきと同じくらいの勢いで魔力を放出した。反動で体勢が崩れる。わたしが箒にしがみついて、時任先輩はわたしにしがみついた。
「やったか!?」先輩が叫ぶ。
しかし師匠は身体をクルッと回し、攻撃を霧散させてしまった。
そしてまた十にも二十にも分裂し、ぐるりとわたしを取り囲んだ。
「先輩! 本物を教えてください!」
「本物……上だっ!」
顔を上げると、頭上に腕を掲げる師匠が見えた。空の色が反転して、真紅の稲妻が手の中でプラズマのように弾けていた。
バチバチと音を立て、ブラックホールのように空間が歪んでいる。
「少しだけ、力を入れようか」
「避けっ」
「るぅ!」
防御なんて絶対無理。炭化しちゃう。墜落する勢いで地上を目指して、攻撃が放たれたその瞬間に空気を蹴って、直角に方向を転換した。そのまま全速力で、校庭の側に突っ込んだ。
その間にも振り向かずに、攻撃、攻撃、攻撃、一撃が無理なら数で攻める。
先輩の報告が聞こえてくる。
「回避すらしようとしていない」
「じゃ、弱点とか、先輩の目で!」
「あるならとっくに教えている。むぅ、この箒は泥舟だったか」
「今更言わないでくださいよぉ!」
がむしゃらに加速して、無我夢中で攻撃して、息が上がり始める。身体が重くなってくる。倦怠感、限界が近い。
どうすればいい。どうすれば師匠に勝てる。どうすれば、倒せる。
力の差は圧倒的。隙もない、逃げるの無理。袋小路の中で師匠に遊ばれてる。なら言われたみたいに正攻法をやめて人質を……馬鹿っ、そんなことできるわけない。
そしたらわたしは、ただの悪者だ。
じゃあどうすれば、どうすれば。
あの人に勝ちたい。あの人を倒したい。わたしにもっと、もっと力があれば。
力がっ。
「地面に衝突するぞっ!」
先輩の叫びを聞いて、咄嗟に上昇する。精神の支配はもう絶対じゃない。幻影だって見破れる。けど、届かない、わたしの攻撃は師匠に届かない。
上昇する先に師匠の姿があった。子どもをしつける母親のように右手を上げていた。ぞくぞくと全身に鳥肌が広がる。あれやばい。逃げ場を探した。右、左、上――下。
校庭では、わたしの墜落に備えて、集められた生徒たちが大きな円を作っていた。落ちても誰かを巻き込むことはない。けど、助けてくれようとする子はいない。力になってくれる魔法使いはいない。そんなの期待するな、期待しちゃいけない。
「ほうら、誰も君に賛同しないだろう」
師匠が腕を振るう。大型台風のような風が吹き荒れる。全身の筋肉がこわばる。超巨大なビンタが迫る。
間に合わない。
逃げ場はなく、体中の液体が逆流するのを感じながら、わたしは校庭に叩きつけられた。




