第49話 時任繊月
「こんなときに冗談言わないで、もう師匠が来ちゃうから、そしたら先輩も捕まりますから!」
人を小馬鹿にしているのでも、いつものような突拍子もない“なんとかなる”程度の悪巧みでもない。一線を越えた願いだ。冗談じゃないとわたしが困る。
だけども先輩は真面目な顔で、真剣な声で、おふざけだなんて全然思えなくて。
「会見を見せつけられて自分の矮小さを知った。弱さとリスクを言い訳にしているだけだと思い知った。そしてここで視聴者と語らいながら、ある賭けをしてみることにした」
視聴者ってことは、配信をしてた生徒は先輩で、つまりこのスマホは絶賛生配信中ってことで。
挨拶したほうがいいのかな。なんでBANされないんだろう。とりあえず笑顔を作ってみると、先輩は首を回したまま一歩前に出た。
「もし英雄が救いの手を差し伸べてくれるのならばそれを取ろうと考えた。さあやれ、やってくれ、これは私の願いだ、正義の味方トワイライト・ウィッチへの心からの願いだ」
「で、でも、先輩を巻き込むなんて、よく考えてください、それは――」
「私は巻き込まれたいんだ。蚊帳の外ではいたくないんだ。魔法使いとして、人間として」
息を呑む。首が硬直して横にも縦にも振れそうにない。足音が大きくなってる。時間がない、今すぐに決めないと。先輩は普通の魔法使いで、わたしのような力があるわけじゃなくて、鈴を外して、生きられるの。
毎日強気な先輩の声が、震えていた。
「君は困っている人を救いたいんだろう。お願いだ、私を」
顔が熱くなって、胸が破裂しそうなほどに高鳴った。感覚が遠くなって、ただ先輩の笑顔だけが意識に溶けていく。
「――助けてくれ」
芽衣ちゃんに言われたのと同じ言葉。そんなふうに頼まれて、わたしにできるのはひとつしかない。いつもいつだって自分の正しさに嘘はつけない。
留め具に手をかけた。指先に魔力を集中させる。
親指と人差し指に熱が宿る。それは氷を溶かし、一瞬で金属部品は砕け散った。
シャラと音を立てて、残骸はコンクリートの床に転がった。機能を喪失したインジケーターは二度と灯らない。
手を離すと、先輩は深く息を吸い込んだ。少し垂れた耳たぶに触れて「ありがとう」と言った。
風が吹いて、夏の暑さが遠のいた。けれどもすぐに熱気は戻ってくる。
先輩は自分の片目を押さえ、背中を丸めて笑った。
「さぁ、私も存分に手を貸そう。ふふふ、この時任繊月の魔眼、君の力となる!」
魔眼。それは魔力の流れを見るという先輩の魔法。そうだ、協力してもらえれば精神支配を受けても師匠の居場所がわかるかもしれない。
時任先輩はスマホをひっくり返して、配信中の画面をわたしに見せた。
「中断された君の会見を世界中、そして学校中に送り届けるべきだとわたしは考えている。そこで放送室に細工をしてな、配信の音声が校内放送で流れるようにしておいた。それともうひとつ、視聴者から提供された動画を是非君に見てもらいたい。なんでもファンク――」
「ひとまず空に上ってからにしましょう、師匠に追いつかれちゃいますから」
「待て、我らには象徴が必要だ。コスチュームを着用しろ、せっかく部屋に忍び込んだんだ」
「えー、も、もうっ」
床に落ちていた衣装を拾って、大慌てで着替えた。マント付けて、ブーツに履き替えて、最後にグローブ嵌めて、終わり、完了。ヤバいのになんでこんなことしてんだろ、しっくりくるけどさあ。
「おっけ、おけ、行きますよ、ほら」
箒に跨って宙に浮かぶと「なるほど階下に邪悪な色が見える」先輩が飛び乗ってきて、後部座席が沈んだ。
反動をつけ、大空に向かって飛翔した。




