第48話 屋上での待ち伏せ
「しぃしょおおお!」
芽衣ちゃん――によく似たなにかに揺らぎのようなものを見つけて、頭から突っ込むと、それは影も形もなくなった。
そのとき、窓ガラスが吹き飛んで、身体の側面が横殴りにされる。壁に衝突。腰を入れてすぐに立ち上がる。
魔力を放出して攻撃するもやはり手応えはなく、目の前に師匠の顔面が現れる。
「心を踏みにじられる気持ちが少しは分かったかい? 君のために尽力したんだ。政界に話を通して、頭だって下げた。魔法使いを認めようとしない人間の信念を変えるのは、並大抵ではなかった。それをっ」
お腹に鈍い痛み。壁に背中を、左腕を掃除ロッカーに叩きつけられる。バケツやちりとりが飛び出して、廊下中に金属音が鳴り響いた。
師匠の右手が、襟元に伸びてくる。
「無駄にした。この僕の想いを、君のための努力を蔑ろにした」
胸ぐらを掴まれそうになって、咄嗟に光で撹乱する。師匠は片目を押さえて、ぎろっとわたしを睨みつけた。
「なんで、最後まで言わせてくれなかったんですか、なんでわたしに自分の言葉で喋らせてくれなかったんですか!」
「僕の下に入る以上、指示には従ってもらわなければならない。むしろ聞かせてもらおう、なぜ勝手なことした」
「わたしらしくいたいから、それを許してもらいたいから!」
師匠はつぶやいた。
「所詮子供か。判断力があると期待したが、ここまでとは」
顔から手を離そうとしていた師匠に向かって、叫んだ。
「正しくないやり方は、わたしには認められない!」
前のめりになって、ずっこけそうになりながらも逃げ出す。箒に飛び乗ると、腹部と太ももが激しく痛んだ。
置き土産としてぶっぱなした蒼い光弾を、師匠は片手で薙ぎ払った。
「逃がしはしない。どこに行こうとも、君だけは」
旧校舎の入口を、盾と機関銃を持った機動隊のような人たちが固めていた。
躊躇なく発砲してくる。刻むような発射音。時間がゆっくりになる。
死ぬ、死なない、わたしは死なない。魔力で防御、耐えられるかわからない。なら、一か八かやるしかない。
「そんなものにぃ!」
勝手口の上部を狙って天井を崩す。土砂が降り注いで瓦礫が道を塞いだ。弾丸はせき止められ、わたしはそれを飛び越えた。
旧校舎を出て本校舎に飛び込んだ。ここなら銃を使ったり建物を壊したり派手なことはできないはず。階段を上って屋上から外に出よう。そうすれば位置が掴まれにくくなる。
生徒指導室の脇を通ってすぐ側の階段に向かう。宙に浮いたまま箒と一緒に上を目指した。
二階から三階へ上がっていると、校内スピーカーからキーンというハウリングが聞こえてきた。降伏勧告でもしようとしてるの、と思ったけれど音はそれっきり、ふたたび静まり返った。
変だ。師匠やその関係者じゃないなら、誰が放送室を使ってるんだろう。こんなときにお昼の放送なんかを流そうとしている能天気がいるとも思えない。
いいや、考えたら負け、今はとにかく進むしかない。
視線を階下から上に戻して、止まることなく屋上を目指した。
ろくに掃除のされていない薄暗い空間に、空を切り取ったような四角がふたつ。スピードを緩めず、屋上へ繋がるその両開きの扉に体当たりをした。
蝶番が弾け飛んで、窓ガラスがパリンと音を鳴らした。ねじ曲がった扉はぐらぐら揺れていて、わたしは屋上に飛び出し――なにか弾力性のあるものにぶつかった。
反動で放り出されて、校舎側の床に尻餅をついた。
思わず閉じた目をすぐにあけて、転がる箒を手に取る。反撃しようとして、そこに倒れるものを目撃した。
「待ち伏せっ、悪いけ……ど? ……せ、先輩!?」
時任繊月先輩その人が、片手にスマホをガッチリ握って仰向けに倒れていた。その横には服の束が置かれていた……衣装だ、トワイライト・ウィッチの。
「な、ななななんでこんなとこに、ちょっと、大丈夫ですか! て、ててかこれ、どうしたんすか」
倒れる先輩に駆け寄ると、ぱちりと目が開いた。ぎょろりと目玉が動いて、わたしを見つけると嬉しそうに頬が歪んだ。
大の字に寝転んだまま、雲ひとつない青空を見つめて、先輩は屋上いっぱいに笑い声を響かせた。
「これが運命だ、これが私の道だ。よくぞ来てくれた、よくぞ私を見つけてくれた!」
校庭から掛け声と大勢のざわめきが聞こえていた。どうやら生徒たちが一箇所に集められているようだった。さらには、無数の足音が地鳴りのように階段下から響いていた。
「先輩、どっかに隠れててください、わたしは行かないと」
「待て」
先輩は上体を起こして、そのまま立ち上がった。
右手に持ったスマホをわたしの顔に近づけてくる。それから、顔を横に向けた。
「鈴を破壊してくれ。ようやく決心がついた」




