第47話 旧校舎での戦い
突風に吹かれたように、窓ガラスが振動した。建物全体がミシミシと音を立て、大地震が起きた。ドミノ倒しになる本棚、落ちる照明、割れる机。立ってられない、尋常じゃない。
攻撃を直感し、箒を握りしめて床を蹴った。
「マジじゃん!」
がむしゃらに飛び込んで、窓ガラスを破った。右腕を伸ばして箒を掲げ、地面に衝突する寸前に身体を浮かせる。が、急なことで体重を支えきれず、背中から芝生に落下した。
破裂音が轟く。空間が震えて空が一瞬真っ暗になった。パラパラと木片が降り注ぎ、その光景に目を疑う。わたしを捕まえに来ていた警備員たちも、一様に頭上を見上げていた。
旧校舎の二階が、消えていた。図書室だけじゃない、西棟の全てがもうこの世のどこにも存在しない。
床、いや、新しい屋根から、師匠がこちらを見下ろしていた。
「そこを動くな。抵抗した場合、命の保証はしない」
「あーあ、思い出の場所だったんだけどな」
立ち上がって、駆け出す。お仕事を思い出した警備員が、行く手を遮ろうと壁になった。足の裏に魔力を集めて、ジャンプ。頭の上を飛び越える。
「下がれ。巻き込まれたくなかったらな」
師匠がそう指示を出すと、追いかけてこようとしていた足音が止まった。
箒にまたがって、即座にステルスを発動。低空飛行で、旧校舎の先にある森へと突っ込んだ。
「なっ」
轟音がして木がなぎ倒された。根本から折れ、両側から倒れる木々は積み重なる丸太のようになった。
道を塞がれて急ブレーキ。ほぼ九十度の角度で上昇する。
正面から向かってくる風が、突然、静的になった。無重力になった感覚、上下がわからなくなる。東京で感じたのと同じ、これは師匠の魔法。
森に戻らなくちゃ、開けた場所にいたらやられる。
「ぁ、やばっ」
いきなり、目の前に大樹が現れた。わたしの身体の二倍も三倍もある太い幹。避けようにも、避けられない。視界が黒くなって、金属バットで殴られたような痛みが顔面を襲った。
頭を押さえながら身体を起こした。傍らに落ちていた箒をすぐに拾い上げた。
旧校舎の東側が見えていて、真っすぐ飛んだつもりなのに斜行していたとわかった。
「つぅ……またやられちゃった、くそう、虎の子のステルスはもう使えないかも」
脳みそがぴりぴりする。これ以上頼ると魔法自体が発動できなくなりそうだ。
「くそう、師匠の精神支配……どうやって……いや、精神だって言うのなら、強い――」
背後から聞こえてくる声が、わたしの声に重なった。
「強い意志を持ち続けること。強固な現実認識、信念とも呼べるそれは、僕の魔法でも書き換えられない」
ゆっくりと振り返る。十メートル先の師匠を正面から見据える。
冷たい風が吹き抜ける。樹冠に遮られた太陽光が、師匠の顔にまだら模様を作っていた。
「君の思想がそこまで歪んでいたとは、残念だよ」
「モグラ叩きなんてしないでまた魔法を使ったらどうです」
「言っただろう、信念には作用しにくい。目に見えるものを変えてしまう方がよっぽど簡単なんだ」
一瞬視界が揺らぎ、まるで残像のように師匠が分裂した。十人、二十人、円を形成して全周囲から語りかけてくる。
「どれだけ反抗的でも、どれほど人の顔に泥を塗っても、自分には正義がある。だから酷い目に合うことも、ましてや死ぬことなどあるはずもない。甘く見るな、罪人」
惑わされるな、気にするな、本物は一人だ。躊躇してる暇はない。戦え、敵を倒せ。
「ありがとうございます、そ、わたしって大抵なんとかなるって、思ってるんですよっ!」
球体にした光を放ち、師匠の前で弾けさせる。閃光が消える前に間合いを詰め、魔力で固めた箒を思いっきり振り下ろした。
手応えがない。残像が消滅する。姿勢を低くしたまま、薙ぐように箒を振るう。けど、同じように影を消すだけで本体には届かない。
でも隙は作れた。箒に飛び乗ってそのまま加速。旧校舎側に戻って、通用口から建物に突っ込んだ。
廊下を猛スピードで飛行する。筒の中にいるみたいに、景色が後ろに流れていく。
師匠の追撃はない。振り切った、それともさっきので本当はダメージを――角から制服姿の女の子が飛び出してくる。
ブレーキを掛けて衝突を回避する。その顔には見覚えがあって、そのショートカットの女の子は叫んでいて、悲しげにわたしを見ていて。
「はるかさん、もうやめてっ!」
「芽衣ちゃん、どうしてこんなところに」
わたしを探して。なんで、やめてなんてどうして。
「悪いことはもうしないで。出頭して、みんなに謝ろう」
顎に力が入って、奥歯が砕け散りそうになった。
違う。芽衣ちゃんはそんなこと言わない。
これは、師匠の作った幻覚だ。




