第44話 鈴の音はいつも耳元に
「はるか」
声をかけられて気づくと、わたしは講堂の舞台裏にいた。パイプ椅子に座っていて、目の前には師匠がいる。照明が落とされていて、舞台側からの間接光が明かりになっていた。
師匠は耳打ちをしてくる。
「もうすぐ出番だよ、準備はいいね」
「出番……ああ、そうだった」
音のする方に顔を向けると、壇上に校長先生が立っていた。座席の前列には報道陣が詰めかけていて、その後ろ何席か開けて生徒一同が着席している。こちらも光量がしぼられていて、芽衣ちゃんや先輩がどこに座っているのか見つけられなかった。
なんだか頭がふわふわする。夢の中にいるみたいで、現実のことと思えない。昨日まであんなに気張ってたのに、どうしちゃったんだろう。
校長先生は事の経緯を話し、繰り返し謝罪の言葉を述べていた。周りには教頭先生や、見たことのない背広のおじさんが並んで座っている。
壇上の真ん中、一番目立つところにわたしと師匠の席があった。
校長先生の話が終わる。
隅っこにいる司会者が「それでは」と言っている。
師匠がわたしの右手を持ち上げる。
「さぁ、いよいよだよはるか。ここを乗り切れば君は世間に認められ、認定の魔女になれる。それは至上の喜びだ、かねてより君自身が望んでいたことだ」
わたしの望み。それってなんだっけ。社会を変えること……違う、みんなに認めてもらうこと。魔法使いでもいいんだよって言ってもらえること。
たくさんいいことをして、たくさん人を助けて、お父さんお母さんに笑顔になってもらうこと。
散り散りだった家族は元通り。裕香ともまた一緒に遊べる。
「行こうか。ああ、せっかくだ手を繋いだままにしよう。僕たちは仲良しだからね」
師匠に促されて、立ち上がった。
感覚のない足を動かしていると、大量のストロボがわたしの頬を横殴りにした。
抑制された歓声が上がる。パシャパシャとシャッターが切られている。どこからともなくぽつんと拍手が聞こえてきて、やがて全体に波及した。
謝罪会見という雰囲気じゃない。師匠は手を振ってるし、ちらと見える記者の人たちの顔は穏やかだ。みんなわたしを待っていた、みんなわたしに期待している。みんなわたしを認めている。
全身に拍手を浴びながら席に座ると、頭上からわたしだけに光が降り注いだ。
スピーカー越しに、師匠の声が響き渡った。
「歓迎の拍手、心から感謝いたします。新しい弟子の正義を愛する心が報われたようで、私としても非常に嬉しく思います。もっとも、生真面目な本人はあまり陽気にもなれないようですがね」
記者席の方から、軽く笑い声が聞こえてきた。
静かになるのを待ってから、師匠は続けた。
「彼女の志がいかに胸を打つものか、じっくりと語って差し上げたいところではありますが、老輩の出しゃばりはメディア受けが悪い。是非、本人の口からその熱い思いを聞かせてもらいましょう」
会場の全視線が一斉にわたしに向けられた。ぞわっとして、首筋から鳥肌が広がった。非常誘導灯の緑がみっつにもよっつにも見える。近くにあるカメラのレンズに、歪んだわたしが映っている。
師匠の口は動いていないのに、声だけが聞こえてきた。
『原稿を読むんだ』
机の上に、A4の用紙が置かれていた。
自分が考えたわけでも、書いたわけでもないわたしの言葉が記されていた。
これを読み上げる。練習通りやればいい。
そうすれば、認定の魔女になれる。
師匠との、約束、だから。
「お集まりの皆様、本日はお忙しい中、わたしの我儘に……」
お付き合いいただき、心より感謝します。このような場を用意していただいたのは、皆様方に謝罪をさせて――頭では読み上げているのに声が出ていなかった。
おかしい、このために準備してきたのに、なんでわたしは嫌がってるんだろう。なんでだろう、なんで、なんで……謝らなくちゃいけないんだろう。
わたしは、間違ったことなんてしてないのに。
失敗しないため? じゃあ、失敗しちゃいけない理由はなんだ? そう、世間の印象が悪くなるから、でもそんなのどうだっていい。これを読むと会見大成功。師匠と握手なんてしてフォトセッションしちゃう、そうなるための用意された原稿だ。
会場がざわざわし始める。ごめんね、もうちょっと考えさせて。
わたしにとって成功はなんだっけ、なんで忘れてる。頭を捻っていると、無意識に耳たぶに手が触れていた。硬くてひんやりとした肌触り。そういえば付けてきたんだった。
なんでだっけ。なんで――ああ、そうだった。
下がっていた顔を上げて、会場全体を見回した。
暗闇に無数の鈍い光がまたたいていた。それは生徒たちの耳元で音もなく揺れていて、外すことは許されない。
みんなは裏切り者のわたしを見て、ただ黙っている。
感情を隠して、なにも言わないでいる。
親友の歪んだ顔が目に浮かぶ。すすり泣く声が耳の奥に響く。鈴の音が反響して、しゃがみ込んだその子は、頭を抱えて丸くなっている。
魔法なんて無くなってしまえばいいのに。
私なんていなくなってしまえばいいのに。
鈴を付けてきたのは、忘れないためだ。
これを外したくて泣いてる子がいるって、一瞬でも頭から消してしまわないためだ。
「どうしたんだい、早く続きを読んで」
師匠がなにか言ってるけど、無視した。
遠くを見る。二年生の座席に目星をつけて知った顔を探した。いた、クラスメイト。先生も一緒にいる。みんなまだ驚いてる。でも、その中から、一人だけ違う表情をした子を探した。
胸の前で手を組んで、不安そうにしているあの子。
見つけた。約束、わたしの望み。
思いっきり息を吸った。机に両手をついて、一気に吐き出した。
「わ!」




