第43話 芽衣ちゃんはわたしじゃないから
消灯後、二人で二段ベッドの下に入った。横並びになり、手を握って芽衣ちゃんと見つめ合う。頬がほんのりと赤くなっていて、瞳が小刻みに揺れている。
わたしはにししと笑って「あの」とか「えっと」とか返事がやってくる。
「食堂でなにか言おうとしてたよね。お話があるなら、今日のうちに聞いておきたいな。明日からは忙しくなるかもしれないから」
芽衣ちゃんはなかなか話をしようとしなかった。わたしを見ては目を逸らして、見ては逸らしてと落ち着きがなかった。
口が開いたのは「大丈夫だよ、ゆっくりでいいから」と伝えたときだった。
「さっき、力が小さくても、なにかできるかもしれないって、言ってたよね」
「うん、言ったよ。上から目線かもしれないけどわたしの本当の気持ち」
芽衣ちゃんは一呼吸置いてから、言った。
「この間、取り乱しちゃったときに、助けてほしいって私はお願いした。そのことで、いろいろ考えてて、はるかさんばかりに重責を押し付けてるんじゃないかって、思って」
「思わない、思わない。わたしは好きでやってるんだよ、頼られるのは嬉しいからね」
むしろ身体が軽くなる。わお、わたしって根っからのヒーロー体質。自分の才能が怖い。
にへらと笑っていると、握った手に力が込められて、ぽわぽわと熱を感じた。
「私でも、誰かを助けられるかな、はるかさんみたいになれるのかな」
目と目が合う。鼻っ面あたりが火照ってくる。胸の中の思いを全部向けられているような、そんな気分。これはちょっとまずい。そういうんじゃない、わたしが言いたいのは。
もっと自由な感じだ。
「別に、ならなくていいんだよ。わたしみたいにじゃなくて、芽衣ちゃんには芽衣ちゃんにだけできることがあるって、それを忘れないでほしいって、ただそれだけなんだ」
かゆくなった首筋を指で掻いた。
「責任感とか義務感とか、やらなくちゃみたいなのは、今はね、なんか違うかなって気がするんだ。えと、なんだろうな、単純なんだけど、気持ちなんだと思う。大事なのは、わたしの気持ち」
手を伸ばして、芽衣ちゃんの胸に触れてみる。とくんと鼓動を感じた気がした。
「芽衣ちゃんの気持ち」
目を閉じて、そこにあるものを身体で感じた。そうしていると、暗闇の中に光が見えて、胸に触れられたのを感じた。柔らかいものにパジャマの表面をこすられて、ちょっとくすぐったい。
芽衣ちゃんの指がとんとんと胸を叩く。そのリズムに合わせるような、滲み出る笑い声を聞いた。
「はるかさんって、本物のお馬鹿さんだよね」
「ここでの罵倒!?」
思わず目が開く。芽衣ちゃんは少し背中を丸めて、小刻みに肩を揺らしていた。
「ねぇ、それどういう、わたし馬鹿だけど、自分でもわかるけど、今はそんなつもりなんてなかったんだけど」
「認定されても変わらないでいられるところ。この間は、私の考え方を押し付けちゃってごめんなさい」
「へ? あ、あぁ、そういう」
上目遣いの芽衣ちゃんと目を合わせて、笑顔で答えた。
「いいよ、それが芽衣ちゃんの気持ちなんだから」
芽衣ちゃんはほんの少しだけ身体を前にずらして、目を閉じた。
「ありがとう。おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
すーという寝息が聞こえて、やがてわたしも夢の中へと旅立っていった。
次の日、朝早い時間に師匠は学校にやってきた。
正門のど真ん中を通って、徒歩で校内に踏み入ってくる。わたしの横にいた校長先生は、気づくやいなや早足で駆け寄っていった。
ごまをする校長先生をお供にしてやってきた師匠は、軽く微笑んでわたしの頭に手を乗せた。
「おはよう。今日は最後まで粗相のないようによろしく頼むよ」
「おはよ――」
立ち眩みがして、視界がぼやける。くらくらして、指先が冷たくなった。
なにこれ、この感覚、前にも、あったような。額を押さえて、一歩下がる。すっと頭の中に風が吹いて違和感は消えてなくなった。
「……師匠、わたしに、なにかしましたか?」
「気分が優れないのかい? 緊張のしすぎは身体に毒だ、リラックスするといい」
また手が伸びてきて咄嗟に避けた。なにかこう、巨人の手が迫ってくるような圧力があった。
師匠は空振りした手をぐーぱーと動かして、傍らの校長先生に顔を向けた。
「愛弟子に嫌われてしまったようだ。僕の悪口でも二人で言い合ってたのかい?」
校長先生は腰を低くして「まさか」とか「そんなはず」だとか必死に釈明していた。
今のは師匠の魔法? でも、今更わたしになにを――ピリッと割れるような頭痛がした。気を取られて、思考がまとまらない。えと、なんだっけ、なんだ、わたしはなにを、師匠と。
「はるか」
声をかけられて、ハッとする。師匠と校長は五メートルも先にいた。
「早くおいで。一緒にいるところはまだ誰にも見られたくない。話は中でやろう」
「はい、今行きます」
白くぼんやりした頭のまま小走りして、わたしは二人に追いついた。




