第40話 芽衣ちゃんはいつも、わたしのせいで悲しんでいる
ほとんど密着して隣に腰を下ろすと、顔を上げずに芽衣ちゃんは言った。ぼそぼそとしていて、声に力がない。
「追いかけなくて、いいの」
「先輩は難しい人だから、無理に追いかけると余計怒らせちゃう。それに、納得してもらう説明も今は思いつかないしね。ここで考えてからにするよ」
返事はなかった。芽衣ちゃんは少し開いた足の間をじっと見つめている。
時計の針は六時を指していて、窓の外には昼と夜をブレンドした空が広がっていた。
まだお家に帰りたくないセミがミンミンと鳴いている。薄い扉の向こうからは微かに足音が聞こえている。チッチッという毎秒刻まれる音が一番大きくて、時間が流れていることを教えてくれた。
テーブルの下を覗き込んで、足の近くに置かれていたリモコンを拾い上げた。
「テレビ付けてもいいかな?」
古くなった家電のように遅れて反応した芽衣ちゃんは、まばたきを繰り返しながら「いいけど」と言った。
「ありがと。話したのはこれがあるからなんだよね」
電源を点けるとちょうどニュース番組がやっていた。画面右上に『速報 “自称“正義の魔女の身元を特定。容疑者は未成年か』と表示されていて、画面中央では三角帽子を被った師匠がカメラに囲まれていた。
『少女の動機は行き過ぎた正義感によるものであり、反体制的な意図はなく、社会構造の破壊は目指していなかったと明らかになっています。当初、テロ組織への関与が報じられていましたが、そちらに関しましては捜査上の過誤による誤発表であったことをお詫び申し上げます』
師匠が深く頭を下げると、フラッシュで画面が激しく点滅した。
もし誘いを受けなかったらどんな発表になってたんだろう。テロリストの親玉かな。
わたしは芽衣ちゃんの方を見て、テレビを指さした。
「これ、わたしのこと。今度学校で会見するから、芽衣ちゃんも来てね」
「過激派扱いされてたのに、間違いだったって言われただけで、簡単に許したの」
「まぁ、誤解が解けるのは悪いことじゃないよね。芽衣ちゃんもそう思うでしょ?」
「……思うけど、はるかさんらしいけど、けど」
最後まで言い切らず、芽衣ちゃんは固く口を結んだ。呼吸が荒くて、ずっと目は赤いまま。
師匠の声が部屋に響き渡る。今は魔文協の人間としての意見を話しているようだ。この組織は鈴による管理を推奨しながら、魔法使いの人権拡大と社会進出を目指しているらしい。
『方針としては、彼女の正義感や慈善心、人間社会への奉仕の心を良い形で活かせないか模索していくことで一致しております。詳細については、改めて本人も交えまして皆様にお伝えする予定ですので、どうぞよろしくお願いします』
深くお辞儀をして、そこで画面が切り替わった。
テレビを消して、下を向く芽衣ちゃんに声をかけた。
「これがわたしの今。師匠はちゃんとやってきたことを認めてくれて、罪を許してもらえるように色んな人に頭を下げてくれてる。だから、別に悪いことじゃないんだよ。芽衣ちゃんも言ってくれたけど、おめでとうだよね」
芽衣ちゃんの鼻は真っ赤だ。肩は小刻みに震えていて、息をするたびに喉に詰まらせているような音がする。
変わらずに俯いていた芽衣ちゃんは、突然、勢いよく顔を上げた。目を見張って、息を呑んで、決心を固めたというようなこわばった表情になった。
「私には、あの人の言っていることが本当だと思えない。はるかさんをりよ――」
それ以上は言わないで、と芽衣ちゃんの唇に指を添えた。
芽衣ちゃんは唖然としたような表情になった。そんな顔を見つめながら、わたしは自分の耳を挟んで軽く叩いた。するとぴくんと芽衣ちゃんの身体が反応して、部屋中を見回すように目が左右に動いた。
目を閉じて、すぅーと息を吐いて、また芽衣ちゃんは目を開けた。
「あの人ははるかさんを利用しようとしているようにしか見えない! 魔女が所属する魔法文化振興協会は、共生庁の意向に従ってるだけで、本当は多文化共生なんて目指してない!」
芽衣ちゃんは盗聴器が壊れるくらいの声量で叫んだ。




