第38話 魔女、お休み中
帰りは、師匠が直接車で送ってくれた。本当は空は飛んでいきたい、でも公務以外では許されないと残念そうに言っていた。
校門前に着く頃にはすっかり日は沈んでいて、頼りない一本だけの街灯が車を照らしていた。助手席を降りると、夜を待ち望んでいた虫たちの声が全身に響いた。
わざわざシートベルトを外して、師匠は運転席から身を乗り出してきた。
「今日はありがとう。発表会見までは忙しいものだけれど、また遊びに付き合ってくれると嬉しい」
「師匠、その会見のことなんですけど。ここでやるって言ってましたよね」
わたしが認定の魔女見習いになることを、メディアに向けて大々的に発表するらしい。トワイライト・ウィッチの実態が最大の関心事だけど、他にもわたしが現役女子高生であることや、魔法校の管理体制の是非など、とにかく話題性は抜群と師匠は嬉しそうにしていた。
なんか動きが早い。わたしが意志を決める前から、段取りは進んでいたみたいだ。
「ああ。暴走した正義感は教育の賜物……そういうシナリオで学校側は失態を手柄にすり替えようとしているらしい。それがどうしたんだい?」
「生徒のみんなも会見に列席するようにしてくれませんか。先輩や同級生に、わたしが何を選んだのか直接見てもらいたくて」
師匠はまじまじとわたしの顔を見て、軽く俯いた。悩んでいるのか、そのまま十秒ほど沈黙が続いた。
「おねがいします。わたしの思いをちゃんとみんなにも伝えたいんです」
乾燥して張り付くくらい目を見開いて、師匠の瞳を見つめた。自然と胸に置いていた手が、制服のシャツにシワを作った。
「真剣にお願いされると断れるものも断れないね。いいだろう、かけあってみるよ。出世祝いだ、思う存分言葉に気持ちを込めるといい」
「ありがとうございます」
笑顔を作ると、少し硬くなっていた師匠の頬が緩んだ。
「台本は用意させてもらうけどね」
ウインクをして、師匠は運転席に戻った。
森にエンジン音を轟かせ車は去っていった。
振り向かずに、その後ろ姿を見送った。親指を巻き込んだ指に、ぐぅっと力が入った。
ちゃんと話せば、きっとみんな、わかってくれる。
きっと。
『ごめんなさい、お休み中です』とSNSに載せて、わたしは普通の高校生へと戻った。授業を受けて、ご飯を食べて、馬鹿話をして、夜は寝て、当たり前の生活はもどかしさと安心が入り交じっている。
けど、お気楽かといえばそうでもなくて、背後に人の気配がして振り返ってみても誰もいなかったり、部屋にいても今までなかったほんの僅かなノイズが聞こえていて、時任先輩に聞いたら「盗聴器が仕掛けられている可能性がある」と言っていた。
誰がやったかなんて悩むまでもない。わたしを信用してない人は、きっとたくさんいるから。
先輩はなぜ狙われたのか不審がっていたけど、そのときは上手いこと言って誤魔化した。まだトワイライト・ウィッチであることも、認定されることも話せていなかった。
後者については、芽衣ちゃんにも伝える機会がなかった。
決心したのは、師匠から会見について連絡があった火曜日のことだった。その件の調整でやってきた人と顔を合わせる前に、先輩に『大切な話があります。連絡ください』とメッセージを送った。
一時間くらい段取りについて話して、ひとまず寮に戻った。まだ時任先輩から返事はなかった。
仕方ないから、先に芽衣ちゃんに伝えることにした。
階段を上って、部屋の前まで来た。ざらざらしたノブを捻って一気に扉を開けた。
「ただいまー! 芽衣ちゃん、もう帰って……」
作った笑顔が固まる。カップの置かれる音がして、カーペットに座っていた二人の視線が同時にこちらに向いた。
「おかえりなさい。ちょうどはるかさんのこと話してたの」と芽衣ちゃん。
「おかえり。人を呼びつけておいて随分遅かったじゃないか。が、だ、彼女の淹れてくれた紅茶に免じて大目に見てやろう。魔法的な美味さだぞこれは」となぜか居座る時任先輩。
芽衣ちゃんが立ち上がって鞄を取りに来てくれても、状況が飲み込めずわたしはその場に突っ立っていた。
どうにも、いっぺんに相手しろということらしかった。




