第34話 魔法使いなら誰にでもある、ありふれた話
なかなか消えない夕方の日差しが、芽衣ちゃんの横顔を赤く染めている。二人分の体重を受けたマットレスが深く沈んでいた。
「ずっと話がしたいって思ってたの。私のこと、はるかさんのこと。証明だなんて勝手だよね、自分はなにもしてないのに見返りだけを求めてる」
「見返り? 変なことを言う芽衣ちゃんだ、むしろ迷惑ばっかりだと思うんだけど」
「気づいていないだろうけど、毎日毎晩貰ってる。それで……私も……ようやく決心を……」
言葉を切って、芽衣ちゃんはわたしの右腕の青くなった部分を見つめた。
「全身、傷だらけだね」
「え? あ、うん、そうなの師匠にぼこぼこにされちゃって、でも折れてたりはしないから心配しないで」
一瞬躊躇するようにみじろぎした後、少し下を向いて芽衣ちゃんは言った。
「……私ね、本当は、その傷が治せるの」
「なんですと?」
そろりと芽衣ちゃんの表情を伺う。真剣な表情、冗談でもからかっているわけでもなさそう。じゃあそれって、と思っていると、顔が上がった。
「誰にも……言ったことがなかったんだけど……」
そこまで言って、芽衣ちゃんは少し間をあけた。揺れる瞳がわたしを見つめていた。
細い指が耳たぶに触れた。鈴が鈍い音を鳴らした。言葉に詰まりながら芽衣ちゃんは続けた。
「わたっ……私の魔法は……治癒の力」
「ち……ちゆ? えっと、魔法、そっか、そう、そういうこと」
重たい空気が流れる。沈黙があって、耐えきれなかったのか芽衣ちゃんは目を逸らした。
「そ、そうだったんだ、へえ、凄いや、芽衣ちゃんらしい優しい力だ」
芽衣ちゃんは膝に手を置いて、やり場なさそうに視線をさまよわせている。呼吸が早くなっていて、頬がピクピクと痙攣し、眉は垂れ下がっていた。
「突然、変なこと言ってごめんね、でも、いつか言おうって思ってて、はるかさんなら、わかって、くれるって、そんなの当然なのに、なのに、なのに……気持ち悪く、ないよね?」
声を震えさせ、唇は青白く、寒さを堪えるように自分の腕を抱いている。わたしを見つめるその瞳は、まるで怯える子どものようで。
「きもち、え、まさか、ないない、あるわけないよ。わたし、わたしだよ、脱法魔法使いのはるか、そんなやつが言うはずないじゃん」
「う……うん、そうだよね、だけど……どうしても……思っちゃって」
芽衣ちゃんはやっぱり、自分の力に自信が持てないんだ。
「よくある話、だと思うんだけど、私が自分の力を自覚したのは偶然だったの。中学一年生のときに、友達が自転車にぶつけられて膝を擦りむいて、涙ぐんでて、私は……なにかしなくちゃって思って傷口に触れて、そしたら……魔法が発現したの。傷は治って、事故なんてなかったかのように綺麗になった……」
この先は聞かなくてもわかる。わたしも同じだったから。みんな同じだから。
「あの子の顔が忘れられない……今でも……何年経っても……」
ずっと、悪いものとして扱われてきたから。
「だけどね、はるかさんを見てて、私だって人の役にって……思って、言おうとしたんだけど、治癒っていうのはただの主観で、別のなにか禍々しいものなんじゃって。教えられてきたことと、本当に違うのかって、不安で仕方なくて……なかなか言い出せなくて」
そっと手を伸ばして、震える二の腕に触れた。
「そんなことない」
栗色の瞳を一直線に見つめた。
「芽衣ちゃんの魔法は、正しいことのためだけに使える力。誰がなんと言おうと自信を持っていいんだよ。悪く言うやつがいたらわたしが絶対に許さない」
「で、でも、怖くて……」
「わたしを信じて。芽衣ちゃんに嘘なんてつかないよ」
「約束」とウインクすると、芽衣ちゃんは呆けたように口を開けて何度もまばたきをした。
やがて「……うん」芽衣ちゃんは控えめに頷いた。
笑顔を見せて、わたしは言う。
「今日はありがとね。芽衣ちゃんの魔法しっかり受け取ったよ」
「みんなはるかさんみたいだったらいいのに」
つぶやいた芽衣ちゃんは、上目遣いでわたしを見た。
西日のせいか、芽衣ちゃんの頬が赤らんでいるように見えた。正面から見つめ合う形になっていてなんだかそわそわしてくる。
なんか変な雰囲気、嫌じゃないけど、なんだろ、なんだろこれ。ええと、そうだ、楽しい話でも――ブーというバイブ音が聞こえてきた。
テーブルの上に置かれたわたしのスマホが振動していた。芽衣ちゃんの顔がくるりと回ってそちらを向いた。
「電話?」
「みたい、だね。ごめん、ちょっと出るね」
こんなときに邪魔してくれちゃって、勧誘の電話だったらぶっちしてやろ。重い腰を上げて、発信元も見ないで電話を取った。
「はい、もしも――」
『姉ちゃん! なに呑気してるの!?』
突然の叫び声に思わずスマホを遠ざける。妹――裕香の声、携帯から、違う実家の固定電話からだ。荒い息遣い、後ろからは誰かの話し声が聞こえてくる。女の人の声だ、お母さんにしては若いような。
「つぅ、急に大声出さないでよ。もうなに、あっ、またカレと喧嘩して泣きついてきたんでしょ」
『そんなしょうもないことじゃないよ! もっと大事な話、今ね、』
裕香はそこで言い淀んで、おそらく言い直した。
『お客さんが来てるんだけど、その人から話を聞いて、姉ちゃんのこと』
お客さん? 誰だろ、学校にこの間のことチクられたかな。でも今更だな。じゃあ他に誰が――
『トワイライト・ウィッチは、やっぱり姉ちゃんだったんだね』
「え」




