第33話 魔女はいつも笑っている
芽衣ちゃんは笑っていた。魔法使いアリスを「いい話」だと評価していた。
なにを言ってるんだろう。この子は正気なんだろうか。声が出ない、言葉にならない。
「魔法文化振興協会は知ってるよね? 組織の目的の一つに、図書の推薦による啓蒙活動があってね、情操教育の一環として幼い子供に魔法使いの真実を伝えたいんだって」
血液が頭に昇って、目の前が一瞬真っ白になった。息ができなくなって、絞めつけられた頭に自分の叫び声が響いた。
「芽衣ちゃんは、めいちゃんは、こんな本が、この本がほんとに、本当に魔法使いの本当だって信じてるの!? 冗談でしょ、皮肉でしょ、でもね、そういうことは、そんなことは、言わないでよ、言っちゃダメだよ!」
目を細めた芽衣ちゃんは一瞬表情を歪めて、でもすぐにまた笑顔になった。頬がひくひくしてる、引きつってる、無理に笑ってる。
「冗談でも皮肉でもない、私は本気で信じてる。アリスは私の知ってる魔法使いと瓜二つ」
そうか、そういうことか、芽衣ちゃんの知ってる魔法使いなんて一人しかいない。
「わたしへの当てつけのつもりなの!? 知ってるんでしょ、そうだ、見たんでしょ、ニュースで、わたしが、アリスみたいに、人を……人を傷つけたってことを、だからっ」
「違うよ。報道は……見たけど、その内容をそのまま受け取るほど純粋でもない。それに、そんなことは関係ないよ」
「だったら、どうして――」
「二人共、笑顔を絶やさないから」
風に煽られた錯覚がして、ぼやけていた芽衣ちゃんの顔がハッキリと見えた。
「アリスはずっと笑ってるでしょ。誤解されても、失敗しても、諦めることなんて考えない。どんなときだって前を向いてる。わたしが好きな魔法使いはそういう人」
芽衣ちゃんはわたしの手から絵本を奪い取って、迷うことなくページをめくった。
「たった一人孤立無援の法廷で、証明できない証明を求められて断罪されても、それでもアリスは笑ってる」
終盤のあるページを、芽衣ちゃんはわたしの顔に近づけた。
デフォルメされた法廷の中心にアリスが立っている。周囲を取り囲む人間たちは法服を着て、厳しい顔をしている。中央は黒く、周りは白く、善悪を区別して描かれている。
絶体絶命の窮地でもアリスは笑っていた。わたしにはそれが他の場面と同じく不気味な笑みに見えた。でも、芽衣ちゃんはこんなことを言った。
「アリスは強力な力を持ってるのに、大人しく裁判を受けたのはどうしてかわかる?」
「どうしてって、そんなの」
なんでだろう。逃げようと思えば逃げられたはずなのに。
「私は知ってるよ、私にはわかる。だってアリスは、その魔法使いは」
赤くなった鼻先を向けて、芽衣ちゃんは真正面からわたしを見つめた。
「どんなときも自分の正しさを信じてるから」
首輪をはめられて、敵意だけを向けられて、それでもアリスは堂々と立っている。
笑っている。笑顔でいられる。間違ったことをしてないと心の底から信じているから。
そうだ、あの子が――アリスがわたしを呼んだのって。
「……同類」
すぅっと頭が冷えて、芽衣ちゃんの目元が光っていることに気づいた。自然と口が動く。
「……でもアリスは証明できなかったんだね」違う、と首を振る「最後の最後まで誰も認めてくれなかった」
「そう……だね。でもね、私は、認められることが全てじゃないって、思いたいの」
芽衣ちゃんは本のカバーに手をおいた。眉は垂れ、ぴたりとくっついた唇が小刻みに震えている。どうしてか苦しそうで、でも、それでも目を逸らそうとしなかった。
「もし、もしだよ、芽衣ちゃんだったら……アリスを認めてあげられた? 人を……傷つけたとしても、みんなから嫌われていても、お前は正しいんだって言ってあげられる?」
「私は……」
芽衣ちゃんはお腹のあたりで手を組んで、視線をそちらに向けた。
「人前で滅多なことは言えない……自分の立場を気にしちゃう」
芽衣ちゃんはゆっくりと顔を上げて「でも」と言った。
「応援してる……憧れを捨てないでほしい……勝手だよね、ずっと冷たかったのに、いざとなると反対のことを思ってる」
「そんなことない、その優しさがあれば自分に誇りが持てる」
芽衣ちゃんの手を取った。一瞬、驚いたようにぴくっと揺れたけれどすぐに力は抜けて、胸に抱き込んで強く握りしめた。
「心の中だけでも認めてくれるなら、きっとアリスは報われる。嫌なことがあっても、もう一度頑張ろうって思える。ありがとう、本当の気持ちを聞かせてくれて」
くよくよしてるやつより、笑ってるやつのほうが百倍かっこいい。
そんなふうになりたい。芽衣ちゃんに認めてもらいたい。
ねえアリス、あんたの生き方真似してもいいかな。いいよね。
最後の最後まで笑ってるからさ。




