第31話 旧校舎の図書室には誰もいない
部屋に戻れば芽衣ちゃんがいる。テレビを付ければわたしの報道をしている。ネット見れば誹謗中傷ばかり。
手足が重い。二の腕、足首、他にもアザがたくさん。全身の擦り傷が内側から塩を塗ったように痛んで、わたしに事の重大さを教えてくれる。
どんなに魔法が強力で人の幸せを願っていても、わたしにはかすり傷ひとつ治せない。自分を救えない奴が、本当に他人を救えるんだろうか。
気づけば、旧校舎の二階へとやってきていた。
窓から伸びる太陽光線の中を、埃が舞っていた。さらさら、ふわふわ、尽きることなく落ちていく。そんな廊下を歩いて、足を止めて、目の前には部室の扉があった。
白い塗装が大きく剥がれた扉。開こうとすると、ひっかかりがあった。強めに引いても、ローラーは動かなかった。
鍵がかかっていた。
ガラス戸から覗く室内は、あの日のまま。先輩の実験道具や、わたしが持ち込んだ小物なんかがそのまま残っていた。
「正義の魔女になる、か」
つぶやきは扉にぶつかって、跳ね返ってきた。余命幾ばくかって、そんな感じの声だった。
部室はやめて、図書室へと向かった。こっちの鍵は開いていて、わたしは中へと入った。
誰もいない。紙とカビの臭いが混ざりあった空間は、静かすぎる。女の子の声は聞こえないし、光る絵本も、見つからなかった。
本棚に向かった。コツン、コツンと足音が響いていた。
ある絵本の前で、足を止めた。背表紙に記された題名を、読み上げた。
「魔法使いアリス」
手を伸ばして、その絵本に触れた。棚から引き抜いても、特に抵抗はなかった。
なにも起きない。抜いても差しても本は本のまま、足元は床のまま。
わたしはわたしのまま。
顔が緩んだ。目の周りが少しだけ、湿っぽくなった。嗚咽するような声が漏れそうになって、自分の中に押し込んだ。
並ぶ本の背表紙に、頭を押し付けた。棚に指をかけ、体重を預ける。
「うぅ……うぅ……」
喉からは結局そんな声が漏れ出した。
これくらいのこと、覚悟してたはずなのに。
笑われたって嫌われたっていいって、思ってたのに。
「痛いよぉ……」
声が震えた。ナイフで刺されたみたいに胸が痛くて、いつになっても楽にはならなかった。
古い図書室には、わたし以外誰もいなかった。
夜が過ぎて、朝が来て昼になって、すっかり晴れたのにお風呂にも入らず着替えもせず、カーペットの上に座っていた。
捕まったらどうなるんだろうとか、逃亡生活は無理だとか考えて、心が沈む。脳が疲れてテレビなど眺めてぼけっとしていると、机に向かっていた芽衣ちゃんがやってきた。
「ちょっと校舎に行きたいんだけど、一人じゃ寂しいからはるかさんも付き合ってくれない、かな?」
なんだろう、なんでもいいか、頼まれてるのに断るのも嫌だしな。
「うん、いいよ、一緒に行こっか」
「ありがとう」と言って、芽衣ちゃんは行き先も告げず、らしからぬ強引さでわたしの手を引っ張った。




