第29話 わたしだって、約束忘れてない
部屋に戻って服を脱ぎ散らかしてベッドに入って、身体はボロボロなのに一睡もできず朝が来た。夜のことを頭から追い出そうとしても、むしろ自分から調べてしまう。
反体制的過激派魔法使いが周辺に被害を出しながら逃走中、警察官数名が軽症を――そんな見出しがニュースサイトに連なっていた。師匠は警察に全力で協力するという旨のコメントだけを出して、表には出てきていないようだった。
布団にくるまって、スマホの画面を眺める。どこを見ても同じ話題で盛り上がってる。魔法使いの規制をさらに強化するべきだなんて騒いでいる人もたくさんいる。
寒気がする。全然眠くない。芽衣ちゃんはもうとっくに起きてる。絶対ニュースのことを知ってるはずだ、こんな姿を見せて心配かけたくない。
いつも通り、頑張ってみよう。
布団を無理やり引っ剥がして、二段ベッドの上から飛び降りた。
「おっはよー、我が愛しのルームメイト芽衣ちゃん! いやー素敵な土曜日だこと、いや曇ってるでしょ、って、そう言わないでさ、どこか遊びに行く? あー、いやいや、それも無理か、ひどい話だけど、ま、しょうがないか、がはは」
「なんで無理に笑ってるの?」
腕を組んだ芽衣ちゃんはわたしを吟味するように見ている。顔はもちろんのこと、首筋や手足までもじっくりと、別人になってしまったのかと疑っているみたいに。
「え、……いやだな、そんなことないけど」
「そう、ならいいけど」
部屋の隅にぶん投げてあるコスプレ衣装を見て、芽衣ちゃんは言った。
「あんなところに置いておかないで、ちゃんと片付けてね。誰かに見られたら大変だよ」
「あ、ご、ごめん、今やろうと思ってた……あぁ、でもその前に、……勉強しないと」
背を向けると、芽衣ちゃんが正面に回り込んできた。
「だめ、今やって」
「でも……期末テストが……近いから……」
「大切なものなんでしょ。あんなふうにしてていいの? それとも」
芽衣ちゃんはそこで一旦言葉を切った。もう飽きたの? と言おうとしている気がした。
それが口を出たらすべてが終わってしまう気がする。だから芽衣ちゃんは言い切らない。まだ約束はなにも果たされていないから。
証明してみせる、か。どうすればいいのか、わからなくなっちゃった。
だけど。
「いや、ごめん寝ぼけてた、わたし勉強なんてしたことなかったわ、だって天才だもん。よーし、お片付けしよっと」
へへーと笑って反転。喉が詰まるような感じを我慢しながら、床に転がっているそれらに向かう。
「ねえ、はるかさん」
「んー、どしたの。あーしっちゃかめっちゃかだ、めんどくさいな」
「こうなることは、最初からわかってたよね」
マントに触れていた手が、意識せずに止まった。振り向こうとは思えなかった。
「なんのこと、だろ」
「首が赤くなってる、膝を擦りむいてる、腕や足は痣だらけ、正しいことをするのにも代償がいるんだって、私は言った、けれど、はるかさんは、約束してくれた」
ところどころ言葉につっかえて、息継ぎがやたらと多い。なにか爆発寸前の感情を必死に抑えているように聞こえた。
「あの夜のこと、私は忘れてないから」
振り向くと、芽衣ちゃんは机に向かっていた。わたしとは違って、本当に土曜の朝から勉強するつもりのようだった。
会話はそれっきり、二人っきりの部屋を沈黙が支配した。
衣装を片付けていると、テーブルの上でスマホが短く振動した。見れば送信元不明の「急」というショートメッセージだった。
「……先輩からだ」
遠くでごろごろと鳴って、今にも降り出してきそうな空模様だった。




