第28話 二人の魔女
首に激痛が走る。頭から流血しているのがわかる。手足がぐったりとしていて、倒れている。
「確保ー!」
と聞こえてくる。頭の中にノブレスの笑い声が響いている。
ささやきが聞こえた。
――これで終わりなのか――ただの人間に捕まって、独房で余生を過ごすのか――戦え、戦うんだ、魔法を使ってすべてを壊してしまえ――君にはそうするだけの力があるのだから――。
無数の足音、野太い怒声、ガチャガチャと揺れる装備の音。大勢の大人たちがわたしを捕まえようとしている。わたしは終わろうとしている。
嫌だ、そんなのは嫌だ。まだわたしは、なにひとつ夢を叶えていない。
まだ、終わりたくない。
「まだっ!」
近づいてくる全てをはねのけるつもりで、全周囲に魔力を放出した。雪崩のような音が聞こえてきて、沢山の人が地面や壁に叩きつけられたのがわかった。
立ち上がる。
周辺は想像したのと同じようなありさまだ。歩道のタイルが剥がれ、街灯は折れ曲がり、シャッターが歪んでいる。盾を構えた警察官がわたしを包囲していて、……うずくまっている人が何人も地面に転がっていた。
これじゃ、完全に悪者だ、わたし。
「ごめんなさい……」
近くに落ちていた箒を拾って空に戻ると、両手を広げたノブレスがすぐ前に浮かんでいた。
「器物損壊に公務執行妨害、特異能力規制法違反、テロなど準備罪に航空法違反もあるのかな。どうだい、これ以上罪を数える前に自首するというのは? それとも追いかけっこを続けて、後戻りできないところまで行ってしまうつもりかな」
「わたしは……正しいって信じて……」
「君が殺そうとした警察官にも家族がある。破壊した街には善良な人々が暮らしている。革命家はそれでも自らの正当性を主張しようとするが、君はそこまで愚かではないと思いたいね」
それはそうだ、でも、だからって、嫌だ、捕まりたくない。ノブレスを倒さないと……無理だ。勝てるわけがない。
「誰も傷つけるつもりなんてなかった……自首なんてしない」
光で撹乱して距離を稼いでから、ステルスを限界まで使って逃げる。活路はそれだけだ。
でも、ノブレスの力がどんなものなのか未だにはっきりしない。また感覚を狂わされたら空を飛ぶことすらままならなくなる。
「あくまでも抗うつもりだね。しかし君は気付いていないかもしれないが、素顔が――」
そこまで言ってからノブレスは突然静かになった。
目元に触れてみる。マスクがない。見られちゃったのか、わたしの顔を。
顔、を。
「……君はいくつだ? どこに住んでいる、今すぐ名を名乗れ」
箒の柄から両手を離して、挟んだ太ももだけでバランスを取る。ノブレスを見つめて、荒い呼吸を整えた。
「わたしは夢の国に住んでる魔法使い。歳もない、名前もない、聞かれたって答えられません」
両手で髪をかきあげて、肩の後ろへと追いやった。この顔がよく見えるように。
「そんな奴に見覚えでもありましたか、ねえ――師匠」
ノブレスは「まさか」とつぶやいた。
「箒は捨てちゃったんですね」
呼吸すらも忘れたように動きを止めて、ノブレスはわたしの顔に釘付けになっている。あの夜のことを覚えてる。やっぱり、夢じゃなかった。
「君なのか、はるか」
ノブレスは気の抜けた顔で口を動かしていた。
そうだって言おうか、話をしてわかってもらう、いや違う、そんな考えは甘すぎる。
わたしは人を傷つけた。本当に犯罪者になってしまった。そんな奴にできるのは状況を利用することだけだ。手のひらを胸に隠して、目立たないように光を収束させる。
「そうか、そういうことだったのか、やはり君は、いや今はいい、そんなことよりも、とにかくこちらに来なさい。悪いようにはしない」
ノブレスが腕を伸ばして近づいてくる。片手で箒を握りしめる。態勢を整える。
「ありがとうございます。でも、わたしははるかじゃない。わたしはトワイライト・ウィッチ――宵闇を照らす魔女」
手のひらを反転させて全力で光を放出した。雷光のようにまたたいて街全体が一瞬だけ光に包まれる。
百八十度ターン。全速力で離脱する。ステルスを発動、姿勢を低く、風よりも速く――足首を鷲掴みにされたような感覚がして速度が緩む。
捕まった、反撃しなきゃ。
そう思った瞬間に拘束は消えて、頭の中に声が響いた。
『……また会おう』
振り返って顔を伏せるノブレス……師匠の姿をちらと見て、後はもうなにも考えず前だけを目指した。
四十秒経ってからステルスを解除すると、赤色灯はもうずっと遠くになっていた。
雲の上まで上昇し、人目が完全になくなってから巡航できる速度まで落とす。針路を西に向けて、誰もいないのをいいことにつぶやいた。
「たすかった……たすけてもらったのかな、師匠に」
見逃してくれたってことだ。わたしがわたしだったから。
でもまた会おうって、なんのこと。今度こそ捕まえにくるの、それとも違う話、わからない、師匠の考えてることはなにもわからない。
「……空ってこんなに暗かったっけ」
月のない夜空を、ただひたすらに進み続けた。




