第27話 師匠との対決
力の入らない手で目元に触れると、マスクは剥がれていなかった。
「これで決定的証拠になりますかね? ロゴかなんかと一緒に写したほうがいいんじゃないかと思いますけど」
「いや、ここを訪れたという事実があればそれで構わない。あくまでも証拠を求められた場合の保険さ。ご苦労さま、君は下がっていてくれ、暴れ出したら危険だからね」
男がいなくなって「さて」と魔女――師匠はこちらに向き直った。
「なるほど噂に違わぬかわいらしい姿だ。見た目だけではなく、その勇気も称賛に値する。しかし、だからこそ嘆かわしいと言わざるを得ない。なぜ悪事に手を染めたのか、警察に引き渡す前にぜひ聞いておきたいところだね」
喉からこひゅーという乾いた音がする。反撃しようとしても、力が入らず集中力も保てない。苦しい、頭が回らない。いくら首を掻きむしっても強固なそれの正体がはっきりしない。そこにあるのに、そこにはなにもない。これは魔力、師匠の魔法。
このままだと……やばい……飛んじゃう……力を全部爆発させて……脱出を……。
「おっと申し訳ない、首輪を締めすぎたようだ。どうだい、これで話ができるようになっただろう」
首の拘束が緩まって、酸素がなだれ込んでくる。むしゃぶりつく。深く、短く、呼吸をする。全身に血が巡るのがわかって、感覚が蘇った。
「……だ……だまし……わたしを……」
「いきなりご挨拶だね。けれど残念ながらここは本当に彼らの拠点さ。今日までは、だけどね」
台本を棒読みするような、軽薄で情感のこもらない声。
「全部……全部全部……さっきの態度も……わたしを誘い込むための罠……!」
「さっき? 罠? なんのことだろうね、今日は一日中都内で仕事をしていたはずだよ。夢でも見ていたんじゃないかな。儚い夢をね」
「ふざけっ……」
下唇を噛みしめる。思うように声にならない。わたしは、わたしはこの人に、こんな人に憧れていたのか。わたしはっ。
「わたしは本気で……本気なのに……それをっ、それを……ふざけるなっ!」
「努力すればいいというものでもないかな。悪事に精を出されると、みんなが困る」
転がっていた箒を拾い上げて、先端を師匠…っ……ノブレスに突きつけた。
「もうお前は、わたしの師匠じゃない!」
胸の内で滾るものを外側に向ける。一点に収縮させて、
「慕ってくれていたのかい。悪いけれど、弟子はただ一人と決めている」
一気に解き放つ。カッと光が弾けて、流星のようにノブレスへと向かった。
結果を確かめる前に動く。後退、いや、前進。構造のわからない建物よりも強行突破を選ぶ。箒にまたがって、攻撃に続くようにノブレスに突っ込んだ。
「そこをどけぇ!」
「言われずとも」
ふっとノブレスの身体がかげろうのように揺らいで、流星もわたしも衝突することなくその身体を貫通した。実体がない、影、固有魔法、いや、いまはいい。前方で光が弾けて、壁を貫いた。一直線にそこを目指して、ビルから飛び出した。
壁に沿って上昇、空に上る。その瞬間にサイレンが鳴り響き、多方面からサーチライトが照射された。強烈な光に顔を覆うと、前方に空を飛ぶ黒い影が見えた。
「君は完全に包囲されている。抵抗は無意味だ。大人しく投降しなさい。ふふっ、などと言ってみても、逃げおおせるつもりなんだろう」
周囲をヘリが旋回している。あれは報道ヘリか。最初からこうするつもりでノブレスは計画を練っていた。なんで気づかなかった、不審な点はあったのに。
考えるな、考えるなわたし。そんなことよりも今は――いきなりノブレスが目の前に現れる。
なんて速さ。自由落下で高度を落とす。股下に潜り込んで攻撃するが、魔力の塊はその身体をすり抜けていった。
「下に逃げるのはあまり感心しないね。上昇するには、また力を使うだろう」
背後から声がして、振り向くと穂先にノブレスが腰掛けていた。なんで、どうして、真上にいたはずなのに、衝撃なんてなかった、重さも感じない。
攻撃すると、やはり貫通していって、霧のようにその姿を消してしまった。
「なんで……実体を消す魔法……!?」
「だと思うだろう、こんなこともできる」
ノブレスはまた正面に出現して、指先でわたしの額に触れた。やばいっ、回避を――あれ、なんだこれ。
視界が反転して見える。音が遠くに聞こえる上下の感覚が狂っている。コーヒーカップに乗った後のように、ぐるぐると世界が回っている。どっちが上で、どっちが下だ、わたしはどこにいる。
重力に引っ張られる感覚があって、かろうじて自分が落ちていることがわかった。地面が迫っていて、完全武装の警官隊や回る赤色灯が見える。このままじゃ墜落だ、上昇、しないと。
「あれっ……」
一気に高度を上げたつもりで――頭からアスファルトに突っ込んでいた。




