第26話 魔女とテロリスト
都心部を避け、荒川方面から回り込むようにして台東区へと入った。上空を飛んでいたヘリを驚かせないように注意しつつ、電柱くらいの高さまで降りてきた。
清川という街はいわゆる下町地区で、イメージする東京とは異なり民家や古びた低層ビルが立ち並ぶ土地だった。人口密度は高く、隙間なく建物がひしめきあっている。
狭い路地をぽつぽつと街灯が照らしているけれども、薄暗く、夜とあっては街全体がしんみりしていた。開いているお店は居酒屋さんくらいで、そのガヤもどこか遠い。
人がいないのを確認して地上に降りた。角を曲がればすぐに目的地だ。壁に背中をあて、覗き込むようにして築五十年にもなりそうなそのビルの様子を伺う。
三階建ての細長い建物で、華々しさはなくこぢんまりとしている。零細企業のオフィスという感じだ。
安全を確認し、十メートルほど小走りしてビルに飛び込んだ。
「……ザ・アンダーグラウンドって感じ」
バチバチしてる蛍光灯。薄汚れたタイルの床。一階にはポストと傘立て、ぐるっと上る階段、それから奥の方に倉庫っぽい暗闇が見えるだけで、部屋らしい部屋はなさそうだった。
二階に上がると何の変哲もない鍵付きの扉があった。壁にはインターホン、頭上には監視カメラ、当然かもしれないけど表札は掲げられていない。
カメラの方を向きながら、呼び出しボタンを押した。十秒もしないうちに繋がる。
『はい。……どちらさまでしょうか』
「あ、こんばんは。わたしトワイライト・ウィッチと言います。ここに結城さんって人がいるって聞いたんですけど」
『トワイライト……あなたが……?』
思うに疑っている声だった。
「はい、本物です。って言っても言葉だけじゃ信用できないか、ちょっと見ててください」
グローブだから鳴らないのに無意味に指パッチンして、手のひらサイズの光球を生み出す。頭上に飛ばしてカメラを壊さないように弾けさせると、蒼の粒子がきらきらと降り注いだ。
スピーカー越しに息を呑む音が聞こえた。
『魔法……なんて高度な……』
「えへへ、まあこれくらい序の口みたいな。えっと、あなたが結城さん?」
『……その名をどこで?』
「どこでって……もしかして、まだ疑ってますか? わざわざ田舎から出てきたんですよ、ちゃんと本物ですから、安心してください。あ、そうだ、じゃあメッセージ送ってくれます? そしたらカメラに画面見せますよ」
なかなか返事がやってこなかった。インターホンは繋がったままなのに、ずっと黙ったままだ。別人にしてもおかしな反応、じゃあ、なにを悩んでいるんだろう。
自分から呼びつけておいて、この態度。正直いかがなものかと思う。それなら別のところで会ったほうがよかったんじゃないの? 言ってやろ。
「あのー……」
言いかけて、その瞬間にスマホがバイブした。
やっと。でもまあ良かった。これで完全証明できる。
結城さんからであることを確認して、通知を開いた。
内容を確かめる。
『遠路はるばる、御足労いただき感謝する。どうしてもこの場所で君に会いたかった』
早速カメラに向けようとすると、もう一つ受信があった。
なんだろ。会って話せば済むことなのに。用心深い人だなあ、ほんと。
少しげんなりしながら、そのまま読み上げた。
「――なにせ、僕は出不精だからね」
インターホンから声が聞こえた。
『今すぐこの場を離れろ。――これは罠だ』
「えっ」
その瞬間、全身にものすごい圧力を感じて、扉と一緒にわたしは吹き飛んでいた。
わけもわからず壁に叩きつけられる。なにっ、なにがおきて……いたい、お腹が……。
頭がぐわんぐわんする。胸が焼けている。背中の感覚がない。喉に見えない手が触れて、そのまま締められて、息ができなくなった。
「がぁっ……なっ……」
下半身から力が抜ける。上体が言うことを聞かない。赤く染まった視界で、それを見る。
笑っていた。
黒装束の魔女が、わたしを見下ろして笑っていた。
「革命的魔法自由主義者同盟、通称RMLA。暴力革命を肯定する過激派テロリストの残党と、正義を標榜する魔法少女が繋がっていたとはね。やはり、品格なき力は世に蔓延るべきではないと確信させられる」
階段を上る足音が聞こえてきて、フラッシュが焚かれる。カメラを持った男が魔女の側でかがんで、わたしにレンズを向けていた。




