第25話 師匠とわたし
飛行を続けながら、改めて師匠とわたしのことを考えた。
さっきのこと、今のこと、そして出会った日のこと。ずっと曖昧だった記憶が、だんだんとハッキリしてくる。
あのクリスマスは、確か七歳の頃だっけ。妹の裕香がサンタなんていないって笑うから、ムキになって街中探し回ってたんだ。そしたら師匠が来てくれて、どうしても君が気になるから空中散歩しようみたいなことを言われた。傍から見たら完全に誘拐だ。
サンタさん、師匠が呼んできてくれたっけ。でもさすがに本物じゃないよね、てことは固有の魔法なんだろうけど、やたらと自由度が高そうで……そこはよくわからない。
わたしはその魔法に感動しちゃって、憧れて、頭を下げてお願いして、勝手に弟子になった。で「師匠」。我ながらノリだけで生きてる子供だ。
箒を止めて柄を撫でる。その感触が身体に伝わってきて、今とあの日がカッチリと繋がった。
「思い出した。わたしはあのとき、夢を叶えろって言ったんだ」
まるでその場にいるように記憶は鮮明になった。
十年前のあの日、遠くにクリスマスキャロルが聞こえる裏路地で、イヤーマフと毛糸の手袋をしたわたしは師匠に連れ去られた。
真冬の空はちっとも寒くなかった。箒の上で背中に頬を寄せて、キラキラ光る地上を眺めていた。
「わたしも自分でお空を飛んでみたい。師匠みたいになってみんなを喜ばせてあげたい。サンタさんより魔女のほうがいい!」
師匠は眉を下げて口元だけで笑った。
「魔女が飛ぶのは暗闇の中だけ。君の夢はきっと叶わない」
その言葉の意味をろくに理解してなかったけど、師匠が寂しそうにしてるのは嫌だった。だから、考えもせずにわたしは言った。
「やー、今決めたもん、絶対に決めたもん。やるまえから無理って言ったらダメなんだよ!」
急にブレーキがかかって、二人して前につんのめった。おっとっと落ちるーと横回転しそうになって、師匠が魔法で受け止めてくれた。
振り向いた師匠は、不思議な生き物でも見るようにわたしを見つめていた。
「叶わないと言った」
「叶えるの!」
突然始まったにらめっこが三十秒も続いて、先に顔を逸らしたのは師匠だった。
「魔法が望まれないと、まさか知らぬわけではないだろうに。身体に眠る種が独自の価値観を萌芽させるのか、あるいは生まれながらの人間性か」
やっぱり師匠がなにを言っているのかよくわからず、わたしは首をひねっていた。ただ、この時にはもう、才能ってやつを見抜かれていたのかもしれない。
「ならば、自由でいなさいはるか。この身では成し得なかった夢を、君なら現実のものとできるかもしれない」
「ぶー、それもだめー。師匠の夢は師匠が叶えなきゃ、やなの」
師匠は一瞬目を見張って、小さく息を吐いた。
「困ったものだね、君は枯れた魔女に何を望むつもりなんだい?」
「えと、えーと、わかんない! 師匠の夢おしえて!」
師匠は夜空を見上げた。「夢、か」とつぶやき、それからわたしを見つめた。
「魔女である僕を、みんなが認めてくれることかな。しかしそれがどれほどの困難か。魔法を使えば使うほど人の心は遠ざかる。正攻法で地位は確立できない。仮に魔法を用いたとしても信念には届かない、だとしたら……」
またわかんないこと言ってる、とわたしはぽかんとしていた。
「どーゆこと?」
師匠の頬が緩んで、ようやく笑ってくれた。
「友達が君一人だと、寂しいと言ったんだよ」
それはすっごくよくわかった。みんな友達のほうがずっと嬉しい。
わたしも一緒になって笑って、ふたりぼっちの空は笑顔に溢れていた。
確かに師匠はみんなに認めてもらった。つまり夢を叶えた、でも、自由でいろって言ってくれた人が、魔法使いの敵になるようなことをするのかな。
それが、やっぱりわからない。
剥いた羊羹をかじりながら、また東京を目指した。




