第24話 闇夜の来訪者
新月の夜。また一段と蒸してきた夏の空を、箒に横座りして飛んでいる。
一番背の高い木くらいまで下降して、スマホを開いた。まだ山間だけれどもこのあたりはギリギリ電波が入ってくる。
通知が来ていて、見れば結城さんからの返信だった。
「えっと、当局に動きを察知された可能性が高い、副拠点に移るのでそちらで落ち合いたい、場所は東京都台東区清川――東京かあ、行けなくはないけど、目立つな。ていうかなんの依頼なんだろ、ヤバめの組織に勧誘されてる? 絶対合法じゃないよね、人のこと言えんけど」
最初のメッセージ以降やり取りしてるけど、ちょっとずつ状況が悪くなってるのがわかる。捕まる前に話がしたい、魔法使いの未来のために、なんて言ってくるし。
鈴からは逃れたけれど、なにかをしようにも力がない。だからわたしを頼ってきてる。
組織になんて入りたくない。利用されるのは嫌だし自由に動けなくなるのも厳しい。
けど、話くらいなら聞いてもいいかな。
「よし、行くか東京」
東だからあっち、と胸ポケに入れた羅針盤を頼りに針路を取る。
久しぶりだ、東京だなんて。夜でも人が多いだろうしいつもより警戒しなきゃ。一時間もしないで着くだろうけど、台東区ってどこらへんだっけな。ま、いいか、いつも通りナビ頼りで。
準備はできた。心構えもできた。それじゃ出発。
びゅっと風が吹いて、生ぬるい空気が首を撫でた。
「やあこんばんは。いい夜だ、と洒落たいところだけど、それにしては蒸し暑いね」
「あ、こんばんは、そうなんですよ胸の辺りが」
目の前に人がいる。黒一色のローブと三角帽子、長い髪が腰まで垂れて風になびいている。
「え……なんで」
五メートルも離れてないのに、まったく気づかなかった。
なんの前触れもなく現れて、さも当たり前のように生身で浮いている。闇に溶け込んでいて存在感に乏しく、目を擦ったら消えてしまいそうな錯覚がする。けど、いる、確かにいる。
あの魔女が、ノブレス・ウィッチが。
「このあたりの住民から目撃情報が上がっていてね、網を張っておいたんだが、無事に引っかかったようでなによりだ。君は僕が見えているね」
「なんの冗談……」
距離は十メートルほど。反転して全速力で逃げる、それともあえて突っ込んで脇を抜ける、地上に降りてもいい、けど警察が待機してるかも。じゃあ攻撃、でも通用するの、わたしの魔法で。
外からでは秘めた魔力や圧力は感じられない。品のある大人の女性。静かに微笑んでいるのがよく似合いそうで、戦う力を持っているようには見えない。
あのときとまったく一緒だ。やっぱりノブレスは師匠……なんてそんなこと考えてる場合じゃない。どっちにしろ今は敵だ。
「わたしに用事ですか? メッセージは届いてなかったけど」
師匠は黙ったまま動かない。表情を一切変えず、風が吹いても揺らぐことなく、その場に静止している。
返事がやってきたのは三十秒も経ってからだった。
「魔法少女の夢を見るのは結構だが、そういうのは布団の中でやってくれないかな。わけのわからない愉快犯を追跡する方の身にもなってもらいたい」
「あいにく、鈴の音がうるさくてよく眠れないんですよ」
睨んでやったのに師匠は無反応だった。
やや間があって、口元に手を被せあくびのような仕草をした。
「魔女狩り法の時代なら即座に打ち首だったのだけれどね、現代はなにかと面倒だ。ゆるふわ革命家を裁くのにもそれなりに証拠が必要になる。そこで提案なのだけれど、今この場で魔法少女を引退してくれないかい?」
「っわたしは革命家なんかじゃ」
言い切る前に師匠は声を被せてきた。
「出不精と言わないでおくれ。明日も明後日も一年先までスケジュールが詰まっている。メディアは僕の声を求めていてね、無視するわけにもいかない。なんとこの後も仕事だ。そういうわけだから、君などに構っている暇はないということになる」
師匠は自分の言葉に納得するように、頷く真似をしている。余裕綽々で、わたしを捕まえようという動きが見えない。
けど油断しちゃダメだ。飄々としていること自体作戦かもしれない。
「わざわざ会いに来ておいて、素直じゃな――うっ」
突然、頭が割れそうになった。内側から響くように声が反響する。
「じゃあ君――何者かは知らないが、聡明であることを期待しているよ」
額を抑えて思わず目を閉じた。
「くそぅ……こうなったら」
やるしかない。
気合で目を開けて、右手を振りかざ――そうとして、師匠がいなくなっていることに気づいた。上下を含めて全方向を確認してみても見つからない。
どこから来る、どこから。息を潜め、気配を探る、探る……。
来ない。いつまで経っても、攻撃はやってこない。どんどんと胸を叩く鼓動だけが大きく、それ以外のすべてが静まり返っていた。
しばらく警戒していたけれど、一向に師匠は姿を見せず、かといって攻撃してくるわけでもなく、いよいよわたしはひとり取り残されていた。
「うそ、本当に行っちゃった」
どういうこと? なんだったの? もしかして本当に見逃された?
手間をかけさせるなみたいなこと言ってたけど、それってつまり。
侮られている。
わたし、師匠の敵なのに無視されたも同然だ。
途端に頭がキューッとして、顔がやたらと熱くなった。
「ふっざけ! 脅されたって関係ないもんね!! ばーか、ばーか、師匠のばーか!」
知るもんか。
東京に行ってビッグになってやる。みんなが認めてくれるくらいに。
そしたら師匠だって無視できなくなるはずだ。
姿勢を低く機首を三十度も下げて、勢い任せにぶっ飛ばした。




