第19話 煤だらけの夢
ベランダに戻り、窓の取っ手に手を掛ける。熱い、革越しなのに指が溶けそうだ……グローブ、しててよかった。
炎は思ったよりも沈静化しているように見える。これならなんとか救助できるかも。とりあえず中に、いや待って、亜里朱ちゃんの言う通り油断しちゃだめだ。
やりすぎると疲労感があるけど魔力を放出し続ければ壁になるはず。……うん、これでよし。
窓を開け――その瞬間に暴風が吹き荒れた。窓ガラスが砕け散る。猛烈な勢いで炎が襲いかかり視界全部が真っ赤になった。息ができな……
「がぁっ」
ベランダの壁に叩きつけられる。
やっちゃった、くっそ、でも、防備を固めておいてよかった。なんとか無事。たしかこれバックドラフトってやつ、今更思い出すなんて、消防隊の人に話を聞いておけば……ああ、もう、ただの女子高生だったはずなのに、なんで火事と戦ってんのよ。
いま、本気で死ぬかと思った、わたしの魔法でどこまで……行くしかないか、夢、守らないとね。
黒い煙と炎で室内の様子が掴めない。間取りぐらい聞いておくべきだった。けどもう引き返す時間はない。魔法を信じて踏み込んでいけ、そういうことになる。
防護がどこまで持つのか自分でもわからない。
ううん、持つのかじゃない、持たせる。精神力勝負。
でも、とりあえずやれることはやろう。お兄さんごめんね。
魔法を使って部屋の中を掃除する。燃えているものも、そうじゃないものも全部除ける。
巨大なヘラをイメージして、えぐるように燃えてる床ごと引っ剥がす。蒼の粒子と火花が弾け、激しい音と共に炎の中に道ができた。
そのまま室内へと踏み込んだ。煤が顔に纏わりつき、黒い煙が襲いかかる。口元を抑えていても、喉が焼けるように熱い。身体は保護しているはずなのに、これじゃ長く持ちそうにない。
「ゲホッ……火事舐めてた、消防士さんのことこれからは尊敬しよう……」
頭がクラクラする。実際の温度は何度、……いや、考えても仕方ない。早く、行かなきゃ、どっち、前、そう、前に。
剥き出しになったコンクリートを踏みしめて、一歩一歩と進んでいく。そう広くはないはずだ。
進み続けると、バチバチ音を立てて燃える壁にぶち当たった。周囲を見渡すと、炎を纏った天井の下に煙が流入していくのが確認できた。
「廊下……ゲフッ……くそっ……」
肺が痛みを訴えている。有害物質の酸味が鼻を刺激する。喉はカラカラで、舌が麻痺している。呼吸をするたびに、むせ返った。
廊下は一直線に玄関まで繋がっていて、全体が炎に包まれている。一部天井が崩れていて、床からはまばらに火が上がっていた。
そしてその中ほどに、ギター用と思しきハードケースが落ちていた。
煤で真っ黒になっているけど奇跡的に耐えている。
「良かったちゃんとケースに――」
炎を纏った天井が剥がれ落ちようとしていた。
「タイミングよすぎっ!! そういうのいらないからっ、くそうっ!!」
体を捻りながら、ダイビング。仰向けに転がり込んで左腕を振るった。不可視の力が瓦礫を破砕して、けどその余波で天井そのものが崩落
「うっそ」
ボードだけではなくコンクリートが落ちてくる。
咄嗟にケースを抱え込んで、もうどうにでもなれっ! 制御なんて考えずに力を放出した。
パッと光が弾けて、部屋全体が大きく揺れた。空気が乱れて火勢が強くなり、そこかしこから崩落するような音が聞こえてきた。




