第16話 トワイライト・ウィッチ、夜空へ
目だけを覆うドミノ風のマスク、レトロな白のブラウス、蒼のスカートに、ベルトグローブシューズの革の三点セット、そしてマントを羽織りブローチとリボンで留める。
月明かりの照らす部屋。鏡の中に映るあなたははるか? ううん、違う。わたしは魔女、人を幸せにする正義の魔女。
午前0時きっかりに窓を開けた。風が吹いて、マントがなびいた。
振り返ると二段ベッドの下段で布団がもそっと動いた。
左手に箒を、右手を胸に当てて丁重に一礼をした。
「行ってきます」
箒に乗る。空へジャンプする。
野鳥が鳴いている。少し欠けた月がわたしを見下ろしている。
足場はない。地面は遠く、夜は暗い、けどこの間よりもずっと安定してる。
急加速、風のように吹き抜ける。ゾクゾクする、鳥肌が止まらない。
方向転換、垂直上昇、一気に駆け上がる。景色が流れる、雲を突き抜ける。
真っ暗闇を抜けると、視界が広がった。
降り注ぐ金色の光が雲に影を作り出していた。世界で唯一わたしだけが見ているおとぎ話のような光景。
夜空に浮かぶ魔女のシルエット。あなたはだあれ?
そう。
それはわたし、トワイライト・ウィッチ。
魔法の光は、決して消えない。
なーんて調子乗ったのはいいけれど、さてさてどうしようか。
時任先輩と密会して教えてもらった暗号通信とやらを利用してSNSで募集した依頼は未だゼロ。正義の魔女があなたのお悩みを解決しちゃうぞ☆ 住所と依頼内容をDMしてくれたら超特急で駆けつけます ……改めて見るとめちゃくちゃうさん臭い。
リプライは一件だけ来てたけど『魔女を騙るなアバ◯レ』なにこれ、ふざけんなっての、騙るんじゃなくて本物ですから、こいつの家どこ? 乗り込んでやろうかな。いくら顔が見えないからって初対面の相手になんて言いよう。
ああはいはいごめんなさいね、わたしはどうせ違法ですよ、認められてない魔女ですよ、だからなんだっての、絶対に認めさせてやる。あー、こいつが謝ってくるくらい活躍しよ。
「……高崎の方に行ってみよっかな。多少は都会だもんね」
胸ポケットに入れた羅針盤を頼りに、進路を南東に向けた。
中核市とは言っても、夜中となればゴーストタウンのようなものだった。雑居ビルの屋上に腰掛け地上を眺めていても、ときおりタクシーと酔っ払いが見えるばかりで事件らしい事件も起こらない。
薄らぼんやりと街を照らす白色灯はまるで平和の象徴だ。
なにも起きないのは悪いことじゃないけど、なにも起きないとわたしは必要ない。悪いやつでも暴れてくんないかな、って、こら。
「正義の味方の考えることじゃない……」
空を眺める。残念、隕石は落ちてこない。
名前を売らなきゃいけないのにこれじゃ……あ、そうだ。
指先を動かして、光の魔法で『トワイライト・ウィッチ颯爽登場』とビルの縁に書き込んでみた。ネオン管のように輝いていて、ちょっと眩しいくらいだ。消そうとしなければ半日くらいは持つし、宣伝には悪くない力だぞわたし。
趣向を凝らしてもっと大々的にやれば話題性抜群じゃないかな? 作業中目立ちそうだけど認知度は上げられるし。大都会なら人の目も多い。
ふむ。ん、んー? なんか、あー……。
壁に落書きする不良と変わらないじゃんそれ。せめて大事件を解決した印にしないと、ただの馬鹿だよ。世間的には犯罪者。
「ふぁ」とあくびが漏れた。次はもう少し早く寮を出よう。深夜のトラブルなんてそうそう起きないよね。明日も学校あるし、パトロールでもして帰ろうか。
箒にまたがって空に上った。目立たないように地上十メートルくらいのところをゆっくりと飛行する。歯がゆい。街に降りたい。
けど、ただ目立つだけじゃ変質者としてお尋ね者になるだけだ。やっぱり事件が必要なのである。
街の一角、ビルに挟まれた駐車場の上空を通過する。こういうところで女の子が暴漢に襲われてたりしないかな。
「だからそれは不謹慎だって」
ぱちんと自分の額を叩く音が響いた。
素通りしようとして「ん」急ブレーキ。車輪止めの上に人影が見えたような気がした。
振り返る。やっぱり見間違いじゃない。
顔を真っ赤にしたおじさんでも、逆流を堪えているお姉さんでもない。こんな場所、こんな時間に不釣り合いな小さな影。白いワンピース姿の女の子が、ぽつんと一人でいる。
「迷子にしたって……今何時よ」
すぐさま引き返して高度を下げた。いくらなんでも物騒すぎる。放っておけない。
空という字が浮かんだ看板の下を通って駐車場に入った。女の子は振り向こうとせず、スポットライトのような街灯を浴びて静かに壁を見つめていた。
「あの、こんなところでなにしてるの?」
膝に手を置いて声を掛けると、女の子はゆっくりとこちらを向いた。
「壁に穴が空いたらいいなと、思ってるのです」
ふわふわした甘い声で、聞かなくても年下だとわかった。




