第15話 魔女には衣装が必要だ
まるで夏の夜の夢だった。芽衣ちゃんは普段通りで、朝のニュースでわたしの活躍が報道されていることもない。それでも記憶と、霞ちゃんのポストが夢でなかったことを教えてくれた。
朝の廊下を歩く。校内もいつもと変わらず、人は多いのに活気はあまりない。同じ制服を着て、同じ鈴を右耳からぶら下げた男子と女子がたくさんいる。みんな変わらない。
「おはようはるか」
クラスの子に挨拶される。わたしは笑顔を作って返事をする。授業のこととか、昨日見たテレビ番組のこととか、SNSのこととか、そんな話をする。魔法なんて単語は出てこない。
この学校のどこにも、魔法は存在しない。みんなの中にあるのに。
教室の喧騒を眺める。机に座ってるあの男子はどんな魔法が使えるんだろう。手鏡を見ているあの子は、どんな力を持っているんだろう。本を読んでいる芽衣ちゃんは、なにができるんだろう。
さっきから話していた子に、ちょっと聞いてみた。
「もし自由に魔法が使えるようになったら、なにがしたい?」
その子の目が険しくなった。薄く化粧をした顔に、ひび割れるようなしわが表れた。
数秒間見つめ合っていて、やがてその子は顔を逸らした。わたしとは正反対を見て、片手を上げた。
「あ、おはよ、ね、あれ見たー?」
背中は小さくなって、教室の雑踏へと消えた。また、話してくれる子が減ったかもしれない。
周りには聞こえないように、つぶやいた。
「トワイライト・ウィッチって知ってる?」
わたしの目の前には、誰もいなかった。けれど、視線を感じた。右に三つ、後ろに二ついったところにある席。そこに座る芽衣ちゃんは、本から目を離してこっちを見ていた。
顔を向けると、芽衣ちゃんは視線を手元に戻した。けど、背中を向けることも、遠ざかっていくこともなかった。
ちょこちょこ近づいて、芽衣ちゃんに聞いた。
「ね、ね、わたしって何色が似合うと思う?」
芽衣ちゃんは考えるように両目を上向かせた。少しの沈黙があってから、言った。
「紺とか、寒色系かな」
「わかった、じゃそれにする」
「なんの話?」
「みんなを笑顔にするために必要な、衣装の話」
芽衣ちゃんは慌てた感じで、また視線を落とした。
確かクローゼットには青っぽい布がたくさんあった。
決定、トワイライト・ウィッチは蒼に染まるのだ。
衣装作りに励んだ。これは必要絶対必要。正体隠さなきゃだし、正義の魔女だし、素顔じゃ活動できない。だから時間はもったいなくてもやる。
夜の時間を使って作業を進めた。部屋いっぱいに布を広げて、切って、縫って、一日が過ぎて、そして――。
「できたああああああ」
苦節二日。ついに完成したピンク色のブローチ輝く紺のマントを掲げて叫んだ。机に向かっていた芽衣ちゃんの背中が跳ねて、くるっと回った。
「こんな時間、もう少し静かにしてね」 「あ、ごめんなさい……」
それだけ言うとまた机に向き直った。ちょっとくらい褒めてほしかった気もする、でも、こればっかりはしょうがない。
声量を控えめに「にしし」マントを抱きしめる。イメージ通り、コットンの生地も気持ちいい。フードも超かわいいし、魔女っぽくてヒーローっぽい。
これでようやく始められる。ついにこの日が来たんだ。
少し丸まった背中に声をかけた。
「見ててね、やってみせるから、みんなのヒーローになるから。芽衣ちゃんに認めてもらえるように頑張るから」
返事はなく、代わりに、シャープペンの芯が折れるパキッという音が響き渡った。




