第14話 親友も魔法を嫌っている
芽衣ちゃんに詰められてほとんど自供することになった。目を見ていると、隠さなきゃいけないことは全部口から出ていってしまった。
「魔法使いアリスって絵本がね、鍵? みたいになってて、信じられないとは思うんだけど……」
芽衣ちゃんは食い気味に聞いてきた。
「魔法使いアリス?」
「う、うん、馬鹿みたいな話だけど本当の話、信じてほしい」
芽衣ちゃんは手のひらを弄りながら、考えを巡らせているのか黙り込んだ。うつむき加減になって、やがて指は止まり顔を上げた。
笑顔の名残は消えて、無表情だけがあった。
「そんなことがあったのなら、ちゃんと学校に報告するべきだと思う。不可抗力だったんでしょ? 非がないのなら、事実を伝えて指示を仰いだほうがいいよ」
正座するわたしは、芽衣ちゃんに見下ろされている。
「うん、それって正論だと思うけど……でも、もう遅いかなって、それに……」
「それぐらいのことは黙っていてあげる。私も協力するから、一緒に言い訳考えよう」
ちらちらと芽衣ちゃんを窺い見る。正論だ、とても正論だ、いつまでも隠していたらどんどん立場は危うくなる。外でのことも、目撃者がいないのなら一度限りの夢として処理できる。
だけど、それじゃわたしは。
「本音を言うとね、わたし、わたしね、そういうのは嫌なんだ。もう魔法を手放したくない。自分にも、できることがあるんだって思えたから、だから、後戻りはしたくないんだ」
「人助けって言えば聞こえがいいけど、やってることは犯罪だよ?」
「わかってる、わかってるけど、わたしにはどうしても悪いことだって思えない。その自分の気持ちに素直でいたい……お願い、一生のお願い、このことは誰にも言わないでほしい」
そのまま頭を下げて、土下座のようになった。
床に額を擦り付けていると、芽衣ちゃんの冷たい声が聞こえてきた。
「人の迷惑を考えているの? はるかさんだけの問題じゃない。魔法の不正利用が明るみになれば私だって疑われる。それ以前に、そのお願いを聞いたら共犯になっちゃう」
胸が締め付けられる。芽衣ちゃんは正しい。間違ったことなんてひとつも言ってない。
わたしの我儘で負担をかけて、土下座なんかしたって許されるはずがない。
「私にもご家族にも迷惑がかかって、それでもはるかさんは諦められないの?」
「わた、わたしは!」
顔を上げる。芽衣ちゃんの目を見つめる。
「もう絶対に諦めたくないんだ」
「誰かが泣くことになっても?」
自分の思いを信じた。正しいって思うことを、信じた。
だからわたしは、首を縦に振った。
「うん。そんなことは望んでないけど、この想いには替えられない」
芽衣ちゃんの大きく開いた目が小刻みに揺れていた。
「そう、そうなんだね。はるかさんは私よりも魔法が好き」
わたしを映して、まばたきすらも忘れてじっと見つめている。静寂を裂くように、声にならない吐息がわたしの耳に届いた。
ほどなくしてその息は「馬鹿……」つぶやきへと変わった。
芽衣ちゃんは立ち上がって、わたしに背を向けた。
「ど、どこ行くの」
「おトイレ。消灯時間とっくに過ぎてるんだよ。早く着替えて、ベッドに戻ったら?」
「う、うん、それはわかるけど、もう少し話がしたいんだ。芽衣ちゃんにはわかってもらいたいから」
「私を説得したいなら力でどうにかしたら? 脅して口止めするくらい簡単だよね」
芽衣ちゃんの背中が遠ざかっていく。手を伸ばそうとして、伸ばし切れなかった。
「そんなことはできないよ……わたしは正しいことに魔法を使いたいんだ……」
ぴたりと芽衣ちゃんの足が止まった。
その場で数秒間立ち尽くして、それからほんの少しだけ上を向いた。
「なら、証明してみせて」
「……え?」
「本当に正しいことをしてるのか、行動で示して」
ドアの閉まる大きな音が、薄暗い部屋に響き渡った。
「あの」
戻ってきた芽衣ちゃんは、なにも言わずにベッドへと入っていった。
静まり返った空間に、ひとり取り残される。
証明。
膝立ちのままその言葉の意味を噛み砕く。だらんと垂れ下がった指の先に血が集まって、ほんの少しの熱と痺れを感じる。段々と力がこもって、気付けば握り拳を作っていた。
見逃してくれたってことだ、たぶん。見守ってくれ――違う、と頭を振る。甘えるな、そうじゃない、言葉通りだ、わたしが嘘つきなのかどうか試されてる。
自分だって危ないのに、チャンスをくれた。
そういうことなんだ。
ぱちんと頬を挟んでひっぱたいた。丸まった背中を見つめた。
「芽衣ちゃん」
わたしはどうすればいい、わたしはなにをすればいい、わたしがしてやれることはなんだ。
「たくさんたくさん頑張るよ。みんなを笑顔にして、絶対に認めてもらうから。そしたらね、芽衣ちゃんにも魔法は良いものなんだって知ってもらえるから」
胸の中から込み上げてきた言葉を、息継ぎもせずにぶちまけた。
「いつか一緒に箒に乗ろう。空は嬉しいんだって、教えてあげるから。約束、絶対に約束」
返事はなく、寝返りを打つ音だけが聞こえてきた。




