第13話 わたしたちだって同じだよ
わたしたちだって同じだよ
頭の中が詰まって、もやもやしたものが周りに浮かぶ。口につばがたまり出す。額の奥がじんじんする。
お腹が痛い。息が、喉を通りにくい。
「どうして、なんでそんなこと、わたし豚なんて……」
飲まない、飲んだことない。生き血ってなに、血ってなに、誰、誰がそんなこと言ったの。なんで霞ちゃんはそんなことを言うの。
なんで。
「あれ? 牛だったっけ」
「違う、そんなことじゃない、そんな……そんな……」
息が重い。肺がただれている。首筋が剥がれ落ちそう。
「誰、誰が、そんなことを言ってたの、魔女が生き血だなんて」
霞ちゃんは首をかしげた。やっぱり表情は変わらず、素のままで。
「んー? 誰だっけ、エリかなみっちかな、わかんないけど友達から聞いた」
「そっか、そういう感じ、そうなんだ……あは、あはは」
咳になりかけの笑い声がでる。内側から、肌を叩いてるみたいにぽくぽく息が出る。
なんで笑ってんの、なんで、違う、違う、違うって言わないと、生き血なんて、豚なんて、そんなの、なんで。
閉じた目に力が入る。拳を握りしめる。息が荒くなっていく。この子も、結局わたしを、わたしたちを、動物みたいに、人じゃないみたいに。
「どしたの? なんか具合悪い?」
ここまで頑張ってきたのに、必死に来たのに、助けたのに、それなのに。
命がけだったのに、わたしは。
「あのね……あの、ね……霞ちゃん……」
手の中に魔法の熱を感じる。微かに光が漏れてる。握りつぶす。潰す、固く握る。
息を抑える。頭を、頭の中をなにも考えない。頬、頬に意識、上げる、笑顔。笑う、笑わないと。
サメみたいに口を大きく開けた。そのままの勢いで閉じると、カチッといい音がした。
「あのねっ」
「んー?」
ちゃんと、笑ってみる。
「血とかさ、あはは、そんなのないしー。わたしってばジュースしか飲まないもん。あ、あ、もちろん知り合いの魔法使いみんな、血なんて聞いたら怖がるだけだよ」
「へぇ、そうなん。知らんかったわ」
「じゃあ知って。お礼なんかより、それでいいから」
霞ちゃんは肘を曲げて、自分の手首を見た。数秒間そうしてから、今度はこっちに視線がやってきた。眉間にしわを寄せていた。
「ほんとに?」
「ほんと! 絶対ほんとだからっ、今すぐ頭に入れておくこと! じゃないとSNSブロックする」
霞ちゃんは自分の後頭部をかいた。少しだけ、頬が緩んで見えた。
「あちゃあ、デマだったか。ごめんね、今入れたから」
両手を合わせて、やや上目遣いになって見てくる。小首をかしげて、小さな子供みたいに。
急に肩から力が抜けた。深い息がでて、なんかまた笑顔になった。
「うん。そうしてくれたらめっちゃ嬉しい、血なんかよりも、ね」
ウインクみたいなことをした。笑ってしまうと、霞ちゃんも同じように声を出して笑った。
「わざわざ運んでもらったのに適当言っちゃって悪かったね、ええと、トワイライトウィッチさん」
わたしは静かに頷いた。たぶん、ちょっとはわかってもらえた。
今日はそれで十分。
落ち着いていると、どこからか車のエンジン音が聞こえてきて、わたしは自分の立場を思い出した。
音が消えるのを待ってから、言った。
「それじゃあわたしは、今度こそ行くね」
「おっけい、バイバイだね。サツにパクられないように気をつけなよ」
笑いにくいことを言ってくる。「まあなんとか」と苦笑してから箒に跨って、柄を両手で握った。
「霞ちゃんも、気を付けて帰ってね」
手を振って、歩くような速度で高度を上げていく。
霞ちゃんも小さく手を振ってくれて
「これ、下から丸見えだよね。ズボンのほうがよくない?」
最後まで自由奔放なことを言っていた。
「魔女はね、かわいくなくちゃダメなの!」
持論を叫んじゃったりしながら、空へと上がった。
うわっ、目立つことしちゃった!
また慌てて口をふさぐと、反応するかのように犬の遠吠えが響き渡った。
帰路の途中、ふと「あ、そうだフォローしとこ」思いついて速度を落とした。
横向きに柄に腰掛けてスマホをつけると、さっき飛び出してきたときの画面そのままで、霞ちゃんの新しいポストが表示されていた。
『パンツルックもかわいいと思うけどな』
あう、決めつけはよくなかったかも……今度会ったら謝っておこう。
霞ちゃんノリ軽いけどビシビシ言ってくるタイプだから、グサッと来るよねグサッと。まぁ、そのくらいのほうが気楽だったりするけど。
画面に目を戻すと、新着がやってきていた。
『ありがと、来てくれてうれしかった』
さらに続けて、ポストされる。
『がんばってね』
ブックマークをタップすると、ピンク色のハートが画面に浮かび上がった。
スマホを胸に抱いて、空を見上げた。
「偉いぞわたし、よく逃げなかった」
つぶやきが、軽やかに羽ばたいていった。
目に映るもの全てが、今までとは違って見える。
ずっと忘れてたけど、ようやく思い出した。
世界ってこんなに輝いてたんだ。
行ってよかったなと、思った。
寮の屋上側から降下していって、箒を自分の部屋に横付けした。
そーっと窓を開けて、ステルスを解除し、抜き足差し足で中へ――あれ、窓閉めていったっけ? そう思ったその瞬間に人の気配を感じた。
「おかえりなさい。今日は特に遅かったね」
振り向くと、ベッドに座った芽衣ちゃんが、ばっちりまじまじとこっちを見ていた。
背筋が凍るほどの笑顔を浮かべながら。




