第12話 豚の生き血
「マジなやつだから。見てて」
冷たい視線を感じながら箒にまたがって、ぷかぁ~っと浮かび上がった。
女の子は「えぇ、まじかぁ」と感心しているような、げんなりしているような声を出した。
地面に降りて、額に浮かんできた汗を拭った。
「ヤバいね」
とだけ女の子は言った。少し沈黙があった。
気まずい。背中がそわそわする。顔を隠して逃げ……そういえば、顔とか隠すの忘れてた。誰にも言わないように約束させないと逃げられないや。
なにかしらの気付きがあったのか、女の子の眉根がぴくっと動いた。
「あれか、脱法魔法使いってやつ。いや、適当だけどさ、なんかヤバいね」
「脱法っていうか完全に違法……いや正義の魔女に法律とかそういうのは……そんなことより、乗るのか乗らないのか決めてほしいんだけど」
「あんま乗り心地よくなさそうだけど、なんか面白そうだし乗せてもらおっかな」
「……助けてもらう人の態度とは思えない」
こういう反応か。魔法に憧れてたのなんて、わたしだけなんだ。
萎える。もっと喜んでほしい。無理だろうけど。
ため息が出そうになっていると「ふふっ」という女の子の楽しそうな声が聞こえてきた。
「正義の味方は選り好みなんてしないっしょ」
「ん、……それはまあ、そうかも」
それを聞いて、ため息を出すのはやめにしておいた。
そうだった。これで終わりにしないで、いつかみんなに喜んでもらえるようになるまで続ければいいんだ。
わたしの方から嫌だなんて言ってたら、誰にも好きになってもらえないよね。
「乗って。乗り心地は悪いけど、めっちゃくちゃ楽しいから」
女の子が後ろに乗り込んできて、わたしの腰に手を回した。
じゃあ出発、となるその前にこんなことを聞いてきた。
「ねえ脱法……正義の魔女さん、名前は? あたしは中川ね、中川霞、よろしく」
「はる……」はマズイな、ええと「……暗闇から飛び出してきた魔女?」
「へえ、闇の魔女?」
「……もうちょっと明るい、光系のつもりなんだけど。立場は真っ黒だけど、名前くらいポジティブでいたい」
「自分で言ったんじゃん。えー、じゃあそうだな、あ」
霞ちゃんはパチンッと手を叩いた。にぃっと笑って、わたしを指さした。
「じゃあトワイライト・ウィッチとか。かっこよくない?」
「なんで勝手に……でも、普通にかっこいい。ね、それ貰ってもいい?」
「もち」
しっかり返事を聞いてから「いえーい!」と叫んで高く高く浮かび上がった。
お腹に回された手の感触も、後部座席の重たさもどこか心地よかった。
霞ちゃんの案内に従って十五分ほど遊覧飛行して、人の目を避けるために公園のトイレの裏に降り立った。
この時間の住宅街となると人気は少ないけれど、用心に越したことはない。顔丸出しだし。
「おー、あっという間、歩いたら八時間とかなってたのに、もう地元だ」
「ね、ね、楽しかったでしょ、魔法も悪くないかもって思ったでしょ」
「ま、ぼちぼちかな。またなんかあったら頼むかも」
口ではそっけないけど、霞ちゃんの頬は緩んでいた。
「いつでも呼んで! って、言いたいんだけど、ごめん! 本当に困ったときだけにして。わたし、これから忙しいかもしれないから」
「正義の味方で?」
「うんそうなの、そんなとこ」
「そっか、ならタクシー代わりに呼ぶのは遠慮しとく」
霞ちゃんはぐっと親指を立てた。
笑顔が溢れてきちゃうから、自分の頬を挟むようにぽんぽんした。
だめだめ、ずっとお喋りしたくなっちゃう。
頑張って顔を引き締めて、霞ちゃんに向き直った。
「じゃ、長居するとヤバいからわたしはこの辺で」
箒にまたがろうとすると、霞ちゃんが声を上げた。
「あ、ちょい待って」
上げた片足を地面に戻して耳を傾けた。
なんだろ。ズボンの端っこ引っかけて破いたとかかな。それやだな。
霞ちゃんは手首を上向きにして、腕を伸ばした。その体勢のまま袖を引っ張って、素肌が露出した。
「ん」
なにか腕を突き出すような格好で、わたしを見ている。
口は閉じていて、表情は相変わらずフラット。無言だけど、明らかにお裾分けしてきてるような感じ。
「えーと……綺麗なお肌ですね。病み病みの痕とかもないしで……あいや、ごめんね、で」
「お礼。ちょっとならいいよ」
ぐっと手首が近づいてくる。見つめてくる霞ちゃんはくすりともしない。
なんだろ、掴めない。全然掴めない。この子不思議ちゃんすぎる。クールなのに。
とりあえずあははと笑っていると、霞ちゃんは言った。
「遠慮しないでいいよ。魔女って豚の生き血とか飲むんでしょ。あ、人間は無理?」
「え」
ふっと顔の皮膚が剥がれていくような感覚がした。




