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08 屋台飯は五割増しで美味い

「よかったのか?結局ほとんどわしが食べてしもたが」

「いいんだよ。どっちにしろ俺じゃ食べきれなかったしな。てかお前、あの量のタルトまるまる食うとかどんだけだよ。そのちっちゃい体のどこに収まったって言うんだ」

「甘いものは別腹とよく言うであろう」

「それにしても限度があるだろ」


 俺たちは賭場を出て、石畳の路地を歩いていた。

 太陽はすっかり真上に上って我々地上の民を温めてくれている。

 ちょっと前まではもう少し休んでくれ!というような感じだったが、徐々に肌寒くなってきたこの時期、降り注ぐ熱が心地いい。


「気になっておったのじゃが、おぬし、剣とかは持っておらんのか?血濡れのルーカスと言えば剣士だったと記憶しておるんじゃが」

「あんな邪魔になるもん持ち歩かねえよ」


 勇者時代の相棒は国庫に回収されたしな。

 レンタル業をやるにあたってティ姉が新しい剣を用意してくれるらしいが、今のところ俺は自分の剣というものを持っていない。

 この三年間使う機会もなかったし。


「剣がなくて護衛などできるのか?」

「まあ、大丈夫だろ」


 護衛などと大仰に言ってはいるが所詮家出娘のお守り。

 剣が必要になるとも思えない。


「そんなことより、これ、どこに向かってんだ?」


 なんとなく後ろをついてきたけれど、こんな細い道を抜けてどこへ行こうというのか。そもそも今日一日何をやるのかすら聞いていない。


「知らん」

「は?」

「特に何かをやりたくて家出したわけではないからのう。護衛ついでにこの街を案内をしてくれぬか?」


 堂々と迷いなく進んでいくので目的地があるのかと思ったら……。


「なんて無計画な……。案内、案内ねえ……。急にそんな事言われても……なんかねえのか?行きたい場所とか」

「強いて言うなら、ロールスの展望台から街の魔導灯が一斉に点灯するところを見てみたいのう。美しいと聞く」


 ロールス展望台。イエルナに隣接するロールスという名の山の山頂にあるイエルナの街を一望できる展望台だ。

 俺もイエルナに来た三年前に行ったことがあるが、マジで景色見るしかやることないので速攻で帰った記憶がある。


「あそこなんもないぞ」

「行く前から期待を削ぐようなことを言うでない。景色が見れれば十分じゃ」


 ふーん、そういうもんか。

 と、ここで俺の腹がグーと鳴る。


「なんじゃ、やはり腹が空いとるではないか」

「あー、とりあえず……屋台が並んでるところまで行くか」


 結局昼飯を食べ損ねたので何か腹に入れたい。

 屋台飯であれば、食べ歩きもできるだろ。

 というわけで、俺たちは一旦、リーヌ橋を越えて屋台のある東側へと渡るため、オムニバス(乗合馬車)に乗り込んだ。

 出発するとオムニバスはイエルナを東西に分ける大河「セリオン川」の川沿いを走り出す。

 その間、タルトは窓に張り付きずっと横に流れていく景色を見ていた。


「こういう乗合馬車は初めてか?」

「そうじゃ。いつもは専用の馬車じゃからの。しかも、黒いブラインドが掛かっており碌に外の景色も楽しめん」


 マジでどこの箱入り娘だこいつ。

 しかし、外の景色を見て何が面白いのかと思ったがたしかに初見であれば面白いのかもしれない。何故なら、イエルナの様相は東と西でまったく異なるからだ。

 イエルナの西側は所謂工房街だ。

 郊外に行けば行くほど通りは煤と油で黒ずみ、魔導具の試作品が発する淡い輝きやら、鍛冶場の炉から迸る赤い炎やらが混在となった光が路地全体を染めている。

 対して、東側は中心街だ。

 石造り、レンガ造りのやたらと背の高い建造物が幾重にも連なり、その間を大量の人と馬車が行き交っている。

 意外や意外、イエルナはミリシアの端に位置しているにも関わらず、ミリシアの中でもそれなりに大きい都市のひとつなのだ。

 まあ、その分治安も悪いわけだが。

 だから、西側からリーヌ橋を経て東側へと渡ると、グラデーションのように街並みが変わっていく。

 その様子がタルトにとっては新鮮なのだろう。


 などと考えている間にリーヌ橋を渡りきった辺りで馬車が止まった。

 俺は運賃を払い、タルトと一緒に降りる。

 相変わらず大通りは労働者の喧騒に馬の甲高い嘶き声が重なりうるさい。

 だが、屋台の立ち並ぶエリアに行くにはこの喧騒に従う必要がある。


「お、なんだかいい匂いがし始めたのう」


 だんだんと甘くて香ばしい煙の匂いが鼻をくすぐりだす。

 それからしばらく歩くと、色とりどりの布で飾られた屋台が軒を連ねる様子が見えてくる。


「あれが屋台とやらか!?ルーカス早くいくぞ!」

「あ、ちょっと待て!」


 我慢できず駆け出すタルトを見失わないようについていく。


「これはなんじゃ!?ルーカス!?」

「それはチーズフライだ。溶けにくいチーズを衣つけて揚げてんだよ」

「これは!?」

「それはタリーっていってミカンをシロップに浸したミリシアの伝統的な屋台菓子だな。激甘でクソ不味いぞ」

「おぬし、甘いものが大好きとか言っておらんかったか?」

「言ってない」

「そうか……わしの記憶違いじゃったか」

「ちょっとー、お兄さん人の屋台の前で不味いとか言わないでねー」

「あ、すいません」


 ついつい子供の頃タリーを食べて吐いたトラウマが思い出されて言葉が強くなってしまった。


「うーむ、しかし、こんなにも種類があると迷ってしまうのう。いっそのこと、最強屋台飯を作ってみるのもいいかもしれんのう」

「なんだよ。最強屋台飯って?」

「全ての屋台飯を混ぜて作る最強な屋台飯のことじゃ」

「それは、絶対美味しくないからやめような。というかお前まだ食う気かよ。さっきタルト・タタン、ホールで食ったよなお前」

「乙女とは甘いものならいくらでも食べてしまえるものなのじゃルーカスよ」


 世の乙女をフードファイターかなにかと勘違いしていらっしゃる?

 それからも、タルトは色々と迷っていたが最終的にタリーとクレープという激甘コンビを買っていた。

 見ているだけで胸のあたりが気持ち悪くなる。

 俺の方は腹を満たせればいいので適当に焼き鳥を買って食べる。


「おお!うまいではないか!ルーカス!シロップの甘みの中に柑橘類特有の清涼感のある香りと酸味がいいアクセントになっておる!」

「それを美味いって言うのは馬鹿舌だけだぞ。俺の姉貴も言ってたから間違いない」

「なぬ。おぬしの姉というとあの赤髪のおなごかの」

「多分そいつ。あれは基本なんでも美味いって言うからな。腐った豆を食べて美味いって言ってた時は流石に正気を疑ったね。どっかの国の伝統的な料理だかなんだか知らないけど腐った豆が美味いわけないだろ」

「なんと!?腐った豆とな!?……おぬしの姉は重症じゃのう」

「だろ?」


 などと、談笑しながら歩いていると微かな違和感を俺のセンサーが拾う。

 ――つけられてるな……。

 目的は横のこいつか?

 俺は全神経を背後に向けるが、人が多すぎて場所も人数も特定できない。

 だが、尾行を一人で行う馬鹿はいない。少なくとも二人以上だと仮定した方がいい。


「おい、今から言うことを言われても絶対に振り向くなよ?」

「なんじゃ?つけられておるのか?」

「お前……気づいてたのか……」

「いーや。しかし、絶対に振り向くなということはそういうことじゃろう」

「察しがいいことで。ついでに聞くがお前の家族は何者なんだ?気配の消し方が素人のそれじゃないぞ」

「それは契約違反じゃな」

「おーけー。詮索するなってことね」


 しかし、当初想定していたよりもずっと面倒な案件かもなこれ。

 とにもかくにも今は後ろの追手をどうにかしなくては。


「路地に入るぞ」


 俺はタルトに一声かけ、手を引いて細い路地に折れる。

 屋台の喧騒が、壁一枚分向こうへと遠ざかっていく。


「なっ!」

「ちょっとの間我慢しろよ!」


 俺は尾行の視線が確実に切れたであろうタイミングで、タルトを膝下から持ち上げる所謂お姫様抱っこの状態で一気に駆け出す。


「あっ!わ、わしのクレープが!」

「ふざけんな!あとにしろ!……くそっ、ついてきてるな」


 これで撒ければ話は楽だったんだが。しっかりとついてこられている。

 しかし、邪魔になる人混みが無くなったことで気配がはっきりと読み取れる。

 ついてきているのは二人だ。

 俺はしばらく走った後タルトを素早く降ろす。


「絶対俺の後ろから離れるなよ!タルト!」


 振り返ると追ってきているのは軽装の男女が二人だった。

 腰には短刀を装備している。


「「テーネプラタ」」

「いきなりかよ」


 非殺傷の拘束魔術を同時発動。

 しかも、一人は俺を狙い、もう一人は俺の動きを制限する位置に撃ってきている。良い連携、よく訓練された者の動きだ。

 俺は左に半身をずらし、拘束魔術を避ける。

 後ろのタルトに当たるかもしれないが非殺傷魔術なので許してほしい。奴らも後ろのタルトに当たることを警戒して非殺傷の魔術を使ってきているのだろうし。

 男の方が俺が避けたのを見て、ナイフを引き抜き突進してくる。

 女の方はそのまま右を抜けるようだ。

 男が俺を引きつけ、女がタルトを回収。

 こいつらの目的はあくまでもタルトの確保が最優先か。


「させねえよ」


 俺は男がナイフを振るタイミングに合わせて半歩、踏み込む。

 伸びてきた腕をいなし、膝を落として相手の手首と腰に手を当てる。そのまま相手の勢いを利用するようにして横を通り抜けようとしていた女へと投げつけた。

 女はいきなり飛んできた男に驚き、その場から飛び退く。

 その隙に足に力を込めて地面を蹴り一気に肉迫する。


「っ!?はや――」


 間合いに入った瞬間足刀を鳩尾にお見舞いする。

 女は苦悶の声を上げて壁まで吹っ飛び崩れ落ちた。

 そこにすぐさま態勢を立て直した男が背後からナイフを振るう。

 刃が空気を裂く鋭い音。ほんの数センチ先を、冷たい金属が掠める。虚空を薙ぐその手首を、両手で挟み込むように掴み、間接の向きとは逆にひねる。


「ぐっ!」


 ナイフが石畳に落ちて乾いた音を立てた。

 俺は相手の手首を円を描くように引き、重心が前へと崩れるように誘導する。

 そして、右腕を相手の首に回し、肘の内側を頸部へと押し当てる。

 強く締めるのではなく、密着させるように。

 頸動脈と気管の間。

 力ではなく角度の問題。

 男は反射的に身をよじるが、それは逆効果だ。もがけばもばくほど、腕の圧迫が頸動脈洞の神経を刺激し、脳への血流が遮られる。


「――っ」


 短いうめき声。それきりだった。

 体から力が抜けていくのが、腕越しに伝わる。

 俺は男の体を支えながら、静かにゆっくりと地面に横たえた。


「おおー、すごいの!本当に強いのか疑っておったが、本当に強いんじゃのおぬし!」


 興奮しながらぱちぱちと拍手するタルト。


「おま、疑ってたのか……」

「だって明らかに怪しいじゃろ、なんじゃあのチラシ」


 言われてみればたしかに。なんでもするという文言も怪しければ元勇者という肩書も怪しいわ。


「しかし、おぬしは徒手空拳もいけるのじゃな」

「獲物がなきゃ戦えないなんて抜かしてたら戦場じゃ死ぬからな。それより、なんだこれ。こいつら本気で殺しに来てたんだが、お前の家族怖すぎだろ……」

「違うぞ。こやつらは家族ではない」

「じゃあ誰なんだよ」

「知らん」

「なんじゃそりゃ。この恰好警察でも騎士団でもないだろ。そもそも警察か騎士団だったらいきなり殺しにかかるようなことしないだろうし。傭兵か裏の人間か。どちらにせよ家出程度でお前の家族は随分と過保護なんだな」

「うむ、わしの両親は少しばかり愛が重いのじゃ」


 少しじゃねえよ。

 はあ、ここに来て薄々思っていたことを完全に認めざるをえない。

 依頼を受けたのは失敗だった、と。


「あ!そうだ!わしのクレープ!おぬしが急にお姫様抱っこなどするからクレープをおとしてしまったではないか!今すぐ買いに戻るぞ!」


 こいつ……危機感ってものがないのか……?


「呑気に屋台なんて行ったのは俺の浅慮だったな。よく聞け。クレープなんてものより優先すべきことがある」

「わしのクレープよりも優先すべきことなどないわ!」

「バカ!お前の服と耳は目立ちすぎるんだよ!」


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