07 オールインに乗ると大体負ける
ギャンブルでの必勝法は心理戦でも、確率論でもない。カモを探すことだ。
弱肉強食。
喰われる側と喰う側。
ギャンブルとは突き詰めれば、自分より判断力・情報・資金管理の劣る相手を見つけて、その誤りを刈り取るゲームである。
小さなテーブルの上には、今日も一つの真理が形作られる――。
「コール」
俺は相手がレイズしてきた手に迷わずコールを宣言する。
そうして、ディーラーの合図でお互いのハンドを見せ合う。
結果は俺がスリーカードで相手が2ペア。
勝敗に従いディーラーがポットに貯まったチップを俺の手元まで流す。
「ふむ、強いのう、おぬし」
「いやー悪いね」
俺はニコニコ笑顔で返す。
場末の賭場にて、自分で言うのもなんだがいつも喰われる側に回っている俺が、今日はエレナさんからの報酬を元手に喰う側に回っていた。
相手は頭の頂からひょこりと伸びる兎の耳が特徴的な兎人のガキだ。
その割には古臭い口調をしているが兎人族は人族と成長速度が変わらないはずだから、見た目相応の年齢だろう。13か14ってところか?
ん?なに?子供相手に大人げないって?
後ろにさらりと流しているよく手入れされた銀髪といい、上等そうなジャケットに指輪といい、どこのボンボンか知らないが親に恵まれただけのガキがギャンブルとは。ここはひとつ大人である俺が、賭場の洗礼ってやつを浴びせてやらにゃならんのさ。
と、そんな使命感に燃える俺にまたもやチャンスが到来。
俺にアクションが回ってくる前に勝負に出たのは例のガキ一人と冴えないジジイの二人。他三人はフォールド、つまり降りだ。
そして、俺の手元にはAA。最強の初期ハンド。
こんなもの勝負しろとハンドが言っている。
それどころか、このベッド額のまま勝負するのですらもったいない。
俺はベッド額が三倍になるようにレイズする。
思った通り、二人もこの勝負に乗って来た。
ポーカーの役は初期に配られる2枚と場に出る5枚の計7枚の中から最も強い役が作れる5枚で作られる。
初期ハンドで勝負するか降りるかのアクションを行った後は場の5枚のうち3枚がめくられ、セカンドアクションへと移行する。
……ふふふ、この勝負もらった。
俺はめくられた3枚のカードを見て勝ちを確信する。
めくられたカードはAが1枚。Qが2枚。
つまり、俺のハンドと合わせればフルハウス確定!
ポーカーの中じゃ上から4番目に強い役!
なかなか揃わない珍しい役だ。
俺は強い役が揃ったことをカモに悟られないようポーカーフェイスを保ちながら、心の中でほくそ笑む。
と、ここで兎人のガキが自分のチップを全部前へ突き出した。
それを受けてジジイはしばらく自分のハンドと睨めっこした後フォールドを選択する。
よし、即コール!と行きたいところだが、グッと堪え俺も少し考えを巡らせる。
これまでのこのガキの賭け方はそれはもう酷いものだった。
中途半端なハンドでブラフを打ってみたり、強いハンドなのに相手からのコールを引き出そうと小さくベットしたり、素人丸出しの打ち方。
だが、オールインは一度もなかった。
さすがのガキでもオールインが諸刃の剣であることは理解している。
つまり、このオールインは今までとは違う勝負手。
スタック(持ちチップ)の数じゃ相手の方が少し多い。
このオールインに乗るには俺もオールインする必要がある……。
諸刃の剣……。
とは言えこっちはフルハウスが完成している。現状一番考えられる負け筋としては相手のハンドにQのポケットが入っており、フォーカードが完成している場合……。
もしかしてフォーカード、完成しているのか……?
女王を4人、揃えているのか?
ふう。
俺は一つ深呼吸をする。
大丈夫だ。俺はこれまでのゲームで奴の癖を見抜いている。
兎人のガキはブラフをする時に右耳が垂れ下がる傾向にある。
それが俺が見抜いた奴の癖。
俺は気取られないようにちらりとガキの耳を見た。
右耳は……垂れ下がっている!やはりブラフ!
「いいだろう!乗るぜ!オールイン!」
今日一番のチップがポットに集まる。24万リラ。大銀貨換算で12枚分。
こんな町はずれの賭場じゃそうそう賭けられない金額だ。
周りの客も注目しているのを感じる。
「残念。俺のハンドはAAだ」
「なんと、わしはK10じゃ。これは負けたかのう」
はは!やっぱり何も役が完成してない!
そして、もはや勝負にあまり関係のない場の残り2枚も公開される。
結果は、Jと6。
勝った……。完全に勝った。
やばい。こんなに大勝したのは久しぶりだ。
オールインされたときは少しビビったが、蓋を開けてみればなんてことはないただのブタ。降りなくてよかったぜ。
さーて、この勝った金でなにをしようかなー。たまには高い酒でも買って姉弟水入らずティ姉と酒盛りってのもいいかもしれないな。
なんて、この後の金の使い道を考えるも一向にチップは俺も元に来ない。それどころかディーラーがガキの手元にチップを流していることに気付いた。
「は?ちょ、ちょっと待てよディーラー!俺の勝ちだろ!」
「?勝ったのはあちらのプレイヤーになりますが……」
「なんだと!俺はフルハウスだぞ?相手はストレートで俺の勝ちじゃないか!」
「おぬし、よく見てみい。わしのはストレートなんぞではないぞ」
「何を言って……」
俺は改めて公開されたカードを見る。たしかに、10~Aのストレート……いや、絵柄が、
「揃ってる……ロイヤル、ストレート……フラッシュ……」
ポーカーにおいて最強の役。
10~Aの絵柄揃い。65万分の1の確率がそこに完成していた。
「わしは運がいいのう!ワハハ!」
高笑いする幼女の笑い声と「初めて見た」「良いもの見せてもらったよ」と次々に声をかける観衆の声を聞きながら、俺は椅子にもたれて呆然と天を仰ぐことしかできなかった。
弱肉強食。
喰われる側と喰う側。
小さなテーブルの上には、今日も一つの真理が形作られていた。
*
「まあ、そう落ち込むでない。ここはわしが奢ってやろう」
「なんだ?俺を煽りに来たのか?元は俺の金だろうがクソガキ。おい!ここで一番高い飯を持ってきてくれ」
「おぬし……恥はないのか……。あ、わしはおすすめで頼むぞ」
賭場に併設されている食堂で、俺は机に肩肘をついて不貞腐れていた。
なんだよロイヤルストレートフラッシュって……あり得ないだろ。
65万分の1だぞ。
「……お前、イカサマしてないよな?」
気になって俺は対面のガキに問いかける。
「ただのビギナーズラックじゃよ」
ふん、怪しいものだ。
いくらスペードのJが来ればロイヤルストレートフラッシュが揃うからといって迷わずオールインするか……?
……いや、するな。
こいつはする。
今日一日そういう賭け方しかしてなかったからなこのガキ。
「お待たせしましたー。こちらが本日のおすすめ、ハチミツレモンソースのチキンソテーになります。そして、こちらがデュラン産の高級リンゴを三時間じっくり丁寧に煮込んだ当店自慢のタルト・タタン、のホールになりまーす」
ウェイトレスが注文した品をテーブルに並べる。
ガキの方には皮目がパリッと焼かれたチキンソテーが、そして俺の方には巨大なタルト・タタンが。
まさかこれがこの店で一番高い飯……?おいおい、普通飯って言ってスイーツ持ってくるか?
そもそも、ジジイくせえ賭場に併設された食堂でなんでこんなオシャレなもん売ってんだよ……。
俺、甘いもの無理なんだけど……。
「ところで、レンタルなんでもする元勇者なんていうものもやっておるんじゃろ?おぬし」
「ん?ああそうだな」
どうやって食べるんだこれ?普通に端からスプーンで掬う感じか?
……うへえ、クリーム系じゃないだけマシだが、それでも相当甘い。
この量食べるの無理だぞ俺。
ちゃんとメニュー見て注文すればよかった。
「なんでもするってのはほんとに”なんでも”と受け取ってもいいのかのう?」
「ほんとに”なんでも”なわけないだろ。常識の範囲内だ常識の範囲内……ちょっとまて。なんでお前がレンタルなんでもする元勇者のこと知ってんだ?」
「これ、おぬしじゃろ」
そう言い、こいつが差し出してきたのは一枚のチラシ。
【ご依頼、承ります】
魔王討伐より三年。
この身体と経験――未だ現役。
元勇者、貸し出します。
・ただの話し相手・相談役がほしい
・魔獣を討伐してほしい
・引っ越しの手伝い
その他、なんでもお任せください!
<実際のお客様の声>
「勇者の力を快く研究させてくれました」
研究のため血を抜くことを快く快諾してくれ、治癒魔術が効きやすい体質だったので毎日フルで血を抜くことが出来ました。これでしばらくサンプルには困らなさそうです。
――魔生物学者
「会いづらい相手と会うのに付き合ってもらいました」
長年の胸のつっかえが取れました。非常に心強かったです。私の緊張をほぐそうと気遣ってくれているのがよく分かりました。
――イエルナ在住20代女性
「ペットのお世話をしてもらいました」
うちの魔力を食べて育つペットに魔力を提供してくれました。元勇者の魔力ということでうちのペットも大変懐いていました。
――ドアモドキ愛好家
お問い合わせ:フェルスター魔導具店まで
※依頼料要相談
そんな文言と共に目つきの悪い赤髪の男のイラストが乗っている。
な、なんだこれ……?
てか、魔生物学者もイエルナ在住20代女性もドアモドキ愛好家も全部エレナさんだろ。あたかも実績があるかのようにするためエレナさんが三人に分身させられてんじゃん。
「しかし、よくこれが俺のことだって分かったなお前。俺こんな目つき悪くないだろ」
「いやいや、そっくりじゃよ。人生舐め腐ってそうで」
「そういうお前は人生楽そうでいいな」
チキンソテーをナイフとフォークで上品に食べる所作には育ちの良さが出ている。きっと親が大地主だったりするのだろう。実に妬ましい。
俺もそんな親の元に生まれて一生脛をかじって生きていたいものだ。
「で?一体これをどこで手に入れたんだ?」
「おぬしに似た赤髪のお嬢ちゃんが中央の通りで配っておったよ」
おい、聞いてないぞ。
何やってんだティ姉……。
「それで、わざわざこの話題を出したんだ。俺に依頼したいことがあるって認識で合ってるのか?」
「合っておるよ」
「ふーん、聞かせてみろよ依頼内容を。話はそれからだ」
「ふむ、その前に一ついいか?わしの事は詮索せんと約束してほしいんじゃ」
訳アリか?なんかめちゃくちゃ怪しいんだけど……。
まあ、話を聞いてからあれだったら断ればいいか。
「ああ、絶対詮索しない」
「そうか、安心したぞ。それじゃあ、依頼内容なんじゃが……今日一日ワシの護衛をしてもらえんか?」
「護衛……ってなにから」
「わしの家族じゃな」
「家族……?」
つい訝し気な声が漏れてしまう。
「ちょっと家出中なのじゃよ、わしは」
うわ、家出娘かよ。
思春期してんなこいつ。
「家出してギャンブルとは、とんだ不良娘じゃないか」
「不良とはなんと!?わしほど品行方正な子供もおるまいて」
品行方正な子供は家出しないだろ。
大体家族から護衛って意味が分からんぞ。
思った通りめんどくさそうな匂いがぷんぷんとする。
よし!この依頼は断ろう!
「じゃ、話は聞いてやったんで俺はこれで」
「報酬は弾むぞ。とりあえず前払いとしておぬしからぶんどった分の金は払おう」
「ちっちっち!」
俺は人差し指を左右に振る。
「俺が金で靡くと思ってもらっちゃあ困るね。仮にも元勇者だぜ?俺は」
てか、よくよく考えるとこの依頼を受けて、こいつの家族と相対した時、完全に俺が家出少女を連れまわす性犯罪者のロリコン野郎だからな。最悪お巡りさんのお世話だ。
俺が依頼を受けるメリットがない。
「うーむ……分かった。前払いとしておぬしからぶんどった分の金に加えてわしのスタック分を払おう。そして、依頼成功料として前払いの三倍の金をやる」
なに!?大銀貨12枚の3倍だから……前払いと合わせると最終的にミリシア金貨3枚以上の儲け!?ガキの家出ごっこに付き合うだけで!?
「よし乗った!」
「ふむ、よろしく頼む。期待しておるぞ元勇者」
俺たちは硬い握手を結ぶ。
今からこいつはクソガキではなく良きクライアントだ。
金で靡かない?大金だったら靡くんだよ俺は。
「とりあえず、友好の証としてこのタルト・タタンやるよ」
「おお!実はずっと食べたいと思っておったのじゃ!わしは甘いものには目がないからのう!」
「おう、感謝しろよ。俺は甘いものが大好きでなかなか人に譲ったりしないんだからな」
奢ってもらった飯を分け与えて感謝を強要するのは実に気分がいいな!
元気にタルトを頬張る年相応なその姿を見てると良いことをしたという気持ちになれる。
ん?そういえば名前聞いてなったな。
「なあ、名前はなんて言うんだ?」
「んー……」
スプーンで掬ったタルトを見つめながら唸る兎人のガキ。
「……タルトじゃ」
絞り出した名は隠す気もない明らかな偽名だが、詮索するなって言われたしな。
まあ、名前なんて呼べればなんでもいいか。
「そういうおぬしはルーカスであるな?その特徴的な赤い髪は血濡れのルーカスであろう」
「え?……」
こ、こいつ……俺の名前を!
「そう!そうなんだよ!俺ルーカスなんだよ!」
俺は感動して目頭が熱くなる。
名前だけじゃなくて俺の昔の二つ名まで知ってるなんてタルトはなんて良い奴なんだ!
「なんじゃおぬし……気持ちが悪いのう……」




