06 オチ
もう対魔族用の毒も必要なくなったことだし、俺は用済みかと思ったのだが結局採血はレンタル期間が終了する七日目まで続いた。
それはそれ、これはこれ、だそうだ。
一日目に語った話は、毒作りを隠すための方便ではなく、実際に研究していたみたいだ。エレナさんからは研究が進めばもしかしたらエロイカや聖紋を復活させることができるかもしれない、とも言われた。あまり期待せずに待っていようと思う。まあ、正直魔王討たれた今エロイカや聖紋が復活したところでなんなんだって話でもあるしな。
しかし、終わってみれば、この一週間で一番大変だったのは懺悔後、エレナさんに付き合って子供たちと一緒に遊んでやった時かもしれない。
エレナさんが子供の一人が怪我したのを、治癒魔術をかけて治したことで子供たちに気に入られてしまったのだ。
それでトランプゲームをいくつかしたのだが、あのガキども、俺のこと舐めてるから途中から俺のことばっか狙ってきやがって。
今度会ったら懲らしめてやろう。
「はい!あーん」
「あーん」
そして、今現在、俺は採血後の食事をエレナさんにあーんしてもらっていた。
この自動で口に運ばれてくる雛鳥システムもこれで最後かと思うと寂しくなる。
「ルーカスさんありがとうございました」
エレナさんはパスタを器用にフォークでくるくると巻きながら言う。
「いえ、こんなにお金も貰ったんでね」
その感謝の言葉に俺は横の子袋をパンパンと叩いて答える。
エレナさんが今回のレンタルなんでもする元勇者の報酬としてくれた金だ。
正確には数えていないが少なくとも大銀貨が十枚は入っている。
明らかに労働と対価が釣り合っていないがくれるって言うんだから貰っておこう。
「それもですけど、そうじゃなくて、私がフ―ベルト牧師と会うのに付き合ってくれたことです。私一人だったらいつまでたっても胸の中にもやもやを燻らせていたと思います」
「ああ、いいんですよいいんですよ」
エレナさんの感謝に俺は鷹揚に頷く。
これに関しても俺はマジでなんもしてなくて、エレナさんが過剰に感謝してるだけだが、貰えるもんは大いに貰っておく。
「それより、ほらママ、そんなに感謝してるんなら、あーん」
そんなことより今大事なのは食事だ。
俺は催促するように口を開ける。
「ママではないですけど、そうですね、今は食事の時間でしたね。はい、あーん」
そうして、エレナさんの差し出すフォークに口を突っ込もうとして――
「気持ちわりいんじゃボケ!」
俺の左半身に衝撃が走った。
そのまま華麗にトリプル回転を決め、壁まで吹っ飛ばされる。
「痛ってええ!」
「ルーカスさん!?」
後頭部を強く打ちつけてくらくらする。
い、一体何が起きた!?
「おい、レンタル期間終了して迎えに来てみれば弟と親友が赤ちゃんプレイしてるんだが、何だこの地獄は?」
「ティ姉!?」
「ダメだよティちゃん!いきなりタックルしたら!」
体勢を立て直して視線を正面へと向ければ、そこには仁王立ちのティ姉がいた。
「エレナ、いつからお前はこいつのママになったんだ?昔から母性の象徴みたいなところばっかり大きくなるなとは思ってたんだが、ついに溢れ出す母性を御しきれなくなったのか?魔生物だけに愛情を注いでいたあの時のお前はどこに行ったんだ?」
「ルーカスさんが訂正しても訂正してもママって呼んでくるだけだから!別に私はママになったつもりはないから!さっきもちゃんと訂正してたでしょ!?」
「目を覚ませ、エレナ!お前はこんなダメ男の母親じゃないだろう!?」
「だからさっきからそう言ってるよティちゃん!?」
胸の前で腕を振り回して叫ぶエレナさん。
そんなエレナさんにティ姉は。
「まったく……もし、お前がこいつのママなら、それはイコールで私のママって事にもなるんだぞ?……いや、エレナがママか……ありだな……」
などと聞き捨てならないことを言う。
「何言ってんだ!?エレナさんは俺だけのママだぞ!ティ姉には渡さねえ!ティ姉はママからあーんしてもらったことあるのか!?」
「ふん!手作り弁当を貰った上であーんしてもらったことがあるぞ!」
「な、なに……手作り、弁当……だと……」
ただの手料理と手作り弁当では手作り弁当の方が格が上、のような気がする。
手料理は招いた客人にも振舞うシチュエーションが発生するが、手作り弁当を作るようなシチュエーションはそれこそ自分の子供や恋人などの非常に限られた間柄でしか発生しえない。
それが故に特別感がある!
この勝負、負けたか……。
「どっちのママでもないです!」
そんな俺たちのやりとりに耳を赤くして否定するエレナさん。
「とにかく、私はルーカスを迎えに来たんだ。帰るぞルーカス」
「いや、まだご飯が残ってるから」
せっかく作ってくれたパスタを残して帰るなんて選択肢は俺にはない。
「大丈夫だ。私が残さず食べたから」
「え?……ああ!いつの間に!」
言われて、テーブルに視線を移せばついさっきまで食べていたパスタが跡形もなく無くなっていた。
そして、代わりにティ姉の頬にクリームソースの跡が。
なんて、早業。
俺じゃなくても見逃すだろこんなの。
「ああ、エレナさんが俺のために作ってくれた料理が……」
「ほら、さっさと帰るぞ」
ティ姉は失意に沈む俺の襟首を掴んで引きずるように玄関へと歩き出した。
「あ!ティちゃんちょっと待って!最後にルーカスさんに用があるから」
そこをエレナさんが呼び止める。
そうだ!言ってやれ!ルーカスさんは私が養いますって言ってやれ!
「ルーカスさん。帰る前に妹の子供に会ってくれませんか?妹が死んで残された子供を今私が育ててるんです」
「え?」
エレナさんの妹さんの子供?
「いいですけど……」
そんな子供いたか……?
この一週間影も形もなかったが。
俺が怪訝に思っていると。
「あ、私は外で待ってるから」
何かを察したようにティ姉が外へとそそくさと出ていく。
「じゃあ、ここで待っていてください。連れてきますから」
対してエレナさんはそう言うと地下に降りていった。
俺は不穏な空気を感じつつも、エレナさんの言う通りに、大人しく待つことにする。
しばらくして、エレナさんが抱えて連れてきたのは――
「……エレナさん、なにそれ?」
あの晩、エレナさんが頬ずりしていた巨大ナメクジだった。
「この子が私の妹であるココの子供、ミミです!」
「……ちょっと、何を言ってるのか分からないですね」
「この子は、故郷に残してきたココが必死に守ったココの娘なんです。ココの亡骸にくっつくようにしてこの子がいて……責任をもって私が育てようって」
エレナさんは愛おしげに抱えた巨大ナメクジを撫でているが、何一つ理解できない。
今まで常識だと思っていたことが覆された気持ちというか、大前提が崩れた気持ちというか。
これがエレナさんの妹の残した子供となると、エレナさんの妹は巨大ナメクジだったってこと?
どんな複雑な家庭だよそれは。
「一応聞くんですけど、エレナさんの妹さんって人間ですよね?」
「人間の妹もいますよ」
”も”ってなんだ”も”って。普通、人間の妹以外いないんだよ!
そんな訝しむ気持ちが前面に出ていたのだろう、エレナさんは補足する。
「私がお世話している魔生物たちは全員家族ですから、全員愛情を持って接してるんです。それこそ、妹のように接している子もいれば、お父さんや幼馴染のような気持ちで接している子もいます。生前、ココは私の妹として可愛がっていました」
……そういうことか。つまりは、エレナさんは画一的にペットは家族だと思っているわけじゃなく、本当に本物の家族として魔生物たちと接しているのだろう。
いや、納得はできないけどね?
「実の妹であるリエナからは気持ち悪がられてましたけどね」
そりゃあそうだろうね。
自分の姉、巨大ナメクジのことを自分と同じ妹として可愛がっていたらいい気持ちはしないだろ。
俺も、もしティ姉が自分の作った魔導具を弟として可愛がっていたら複雑な気持ちになる。
「ちなみに、そのリエナさんは生きてるんですか?」
「ええ、もちろん」
これは、酷いどんでん返しを食らった。
こんなものを物語のオチにしたら批判待ったなしだ。
俺だったら壁に本を投げつけた後燃やすね。
いや、エレナさんにしてみれば涙まで浮かべていたのだから、本当に切実な想いがあったのだろうけれど……。
「あっ!ミミ!」
俺が腑に落ちない気持ちを感じていると、巨大ナメクジのミミがエレナさんの腕から飛び出して、そのまま機敏な動きでこちらに飛び掛かってくる。
俺はそれを半身ずらして避けた。
なにその動き!?キモッ!ナメクジってもっとノロノロ動くもんじゃないの?なんで小型犬みたいな動きが出来るんだ!?
巨大なナメクジが機敏に動く姿は想像以上に気持ち悪い。
普通のナメクジですら、ノロノロ動くから許されてるだけで、お前が素早く動いたらダメだろ!
「ふふっ、やっぱりルーカスさんのことを気に入ったみたいですね!私の目に狂いはなかったです!ルーカスさんぜひ抱っこしてあげてください」
「ええ!?無理です無理です!俺、こういうゲテモノみたいなやつ苦手なんですよ!」
「!?何てこと言うんですか!?可愛いでしょ!?」
いや、本当に無理!
俺は巨大ナメクジから逃げ回りながら悟った。
ティ姉、これが分かってたから逃げたのか……。




