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05 気にしすぎもあんまり良くない

 10年前、突如魔族領に姿を現した魔王には二つの厄介な特性があった。


 一つは、周囲の魔力を無尽蔵に吸収し成長すること。

 もう一つは、魔王の魔力に触れた魔族を洗脳し、自分の手駒に出来ること。


 何故魔族を洗脳することが出来たのかは魔王がいなくなった今となっては謎のままだが、エレナさん曰く、魔王と魔族はほぼ同一の存在だったのだろうと言う話だ。そして、魔族は人間と異なり、魔力の循環路が外部の魔力と繋がりやすくなっている。それを利用されたのではないだろうかということらしい。

 本来、その性質は魔力の扱いに長けるという利点であったはずが、意図せず強大で、かつ、自分と同一の魔力源に同調してしまい、魔王の魔力で動く操り人形と化してしまった、と。


 すべては仮説だ。確かめるすべはない。

 しかし、俺たちが魔王を倒したと同時に国中の魔族が正気を取り戻したというのだから魔族が魔王に何かしらの精神操作をされていたのは疑いようがなかった。

 その事実が広まるにつれて、魔族は人類同様、魔王の被害者とする考えが浸透していった。魔王が現れる以前は普通に友好的な交流が続いていたのも大きいだろう。

 全ては魔王のせい。魔王が死んだ今、お互いに人魔戦争中の殺人は免責とし、また一から友好的な関係を築いていきましょう。そういう流れになるのは必然だったのだろう。


 世界の秩序を保つ上で実に正しく、合理的な判断だと思う。

 しかし、必ずしも合理性と納得は一致しない。

 なぜ、私の家族を、友人を、恋人を、殺しておいて罪に問われないのか。

 人魔戦争終結から三年、未だ人類と魔族の溝は深い。



 俺に、昨日の晩、対魔族用の毒についての資料作りを後ろから見られたと勘違いし、盛大に自白したエレナさんは滔々と全容を語る。

 冷めた白身魚はそのままに、手つかずの二人分の朝食がテーブルの上にあった。


「なるほど、それで毒を」

「はい。私には生物として頑強な魔族を殺せるだけの手段がありませんでした。力の弱い私でも殺せる方法となると毒殺が一番に考えられます」

「でも、魔族は元来毒に対しても強い耐性を持つ」

「そうです。そんなときです。ティちゃんから弟さんが元勇者だと聞いたのは。勇者の力は魔王に対しても、魔族に対しても特攻があります。だから勇者の力を研究すれば魔族に効く毒、あるいはそれに準ずる何かを作れるのではと考えました。そして、それは概ね正しい」

「作れたんですか?」

「いいえ。でも手ごたえはありました。この数日で手ごたえがあったんです。一年もあれば完成させられるでしょう」

「ティ姉はこのことを?」

「私の妹が殺されたことは知っていますが、この計画のことは……」


 エレナさんの声は淡々としていた。感情的でも、興奮しているわけでもない。まるで研究の進捗を報告するような、研究者の顔だった。それがかえって、この人がどれだけ長い時間をかけてこれを考えてきたかを物語っていた。

 話を聞くに、どうやら、王都からイエルナに越してきたのも家族を殺した魔族がイエルナにいるかららしい。


「本気で殺そうと、そう思っているわけじゃないんです。ただ、私の中の均衡が何かの拍子に傾いてしまった時に実行に移せるだけの武器が欲しかっただけで」


 家族を殺されたのに、殺した相手は罪に問われずのうのうと生きている。それはどんな気持ちだろう。これまでエレナさんはどんな思いで生きてきたのだろう。

 怒りというものは、人が思うほど激しいものじゃない。エレナさんの性格ならなおさら。

 ただ静かに心の奥底に沈んで、ゆっくりと、確実に、固く、冷たくなる怒り。そういうものをエレナさんからは感じた。


 私の中の均衡が何かの拍子に傾いてしまった時に実行に移せるだけの武器が欲しかった、か。

 人には守るべき線がある。倫理とか、道徳とか、法律とか。そういう線がぼやけて輪郭が曖昧になったとき、何もできないのは悔しいと、そういうことなのだろう。


 そんなエレナさんの苦悩を聞いて俺は――


「ぶっ殺しましょう!」


 猛烈に感化されていた。


「へ?」

「許せない!うちのエレナさんは家族を殺されてるんですよ?そんなもん俺の家族が殺されたも同然!いくら洗脳されていて自分の意志じゃなかったとしても、残された家族にとってそんな事関係ない!ぶっ殺しましょう!その魔族」


 人には守るべき線がある?倫理?道徳?クソくらえだ!


「ル、ルーカスさん?」

「そうですよ!精神的に追い詰められてるからエレナさんは巨大ナメクジに頬ずりして恍惚とした表情をするような変態になってしまったんだ!」

「ルーカスさん!?見てたんですか!?」


 エレナさんの顔が一瞬で赤く染まる。耳まで真っ赤だ。

 その朱色の顔が昨日の晩のエレナさんと重なる。


「くっ!俺のママをあんなド変態にして、許せねえ!」

「ど、ド変態じゃないです!あれは子供の頃からの癖っていうか……、魔生物からエネルギーを分けてもらう立派なストレス解消法で……あと、ママじゃありません!」

「そうと決まれば今すぐ殺しに行きましょう!なに、ほぼスラム街のこの町じゃ人一人消えようが誰も気にしませんよ!」

「何てこと言うんですか!?ルーカスさん!落ち着いてください!なんで私がルーカスさんを宥めてるんですかこれ!?そもそも、毒もまだ完成してません!」

「毒?毒なんていりませんよ!俺を誰だと思ってるんですか?元勇者ですよ?加護も聖紋もなくなったけど、魔族の一人や二人や三人ちょちょいのちょいですよ!俺が何人の魔族を殺してきたと思ってるんですか?」

「え?」

「それはもうバッサバッサと殺したんですから、それも、魔族と違って自分の意志で。中にはエレナさんみたいに俺に家族を殺されたって魔族もいたかもしれません。言ってしまえば俺も”罪に問われなかった”側の人間です。……軽蔑しますか?」


 二人の間に数瞬の沈黙が落ちる。


「いえ……」


 消え入りそうな声でエレナさんは小さく否定した。

 ”倫理”、”道徳”、綺麗に磨かれたそれらの言葉は、まるで額縁に収めた格言のように、立派で、清潔で、そして何の重さも持ちはしない。

 「働かざるもの、食うべからず」が共産主義のプロパガンダであるように、全ての言葉は誰かの都合で書かれている。

 そんなものに振り回されるのはクソくらえだ!と、本気でそう思う。

 しかし、俺の見立てが正しければエレナさんはその前段階にすら至っていない。


「……エレナさんはその魔族とはもう会ったんですか?」

「家族の仇を目の前にして私が我慢できるか怖かったので会っていないです……」


 だろうと思った。

 あくまで殺そうと思った時に実行できる武器を作るだけに留めようとしたり、俺が血気盛んになったら宥めたりするエレナさんのことだ。

 もしその例の魔族を、”家族の仇”としてじゃなく、”生身”の魔族として認識したら、その覚悟は簡単に揺れ動いてしまうことだろう。

 きっとエレナさんが本当に怖かったのは、復讐を我慢できるかどうかじゃない。

 むしろ逆、実際に魔族と相対した時、怖気づいてしまわないかが怖かったのだ。

 自分の家族に対する想いはそんなものだったのか、と。

 今のエレナさんに必要なのは魔族を殺せる武器じゃない、魔族と向き合う覚悟だ。


「じゃあ会いに行きましょう!今日、今から!どうせ今日の採血は休みなんでしょう?」


 魔王が倒れて、正気に戻った時の魔族の顔を俺は覚えている。やっとの思いで魔王を討伐したのに、後味の悪い苦みが胸中に広がったのを、今でも覚えている。

 例の魔族がどんな奴か。復讐を決意するのはそれを知ってからでも遅くはない。

 もし、戦争中の殺しを武勇伝のように語る下衆なら、その時は俺が――。


 ――1時間後。俺はエレナさんに連れられ例の魔族がいるらしい場所へとやってきていた。


「ここ、ですか?」


 そこは予想していなかった意外な場所だった。

 目の前にそびえるのは、白い石造りの建物。

 ヴェルナ教――魔力を世界の源であり絶対的な神として捉え、その循環と調和を信仰の中心に置く、主に魔族の間で広まる宗教の教会の前で俺は尋ねる。


「はい、ここで聖職者をしているそうです」


 エレナさんは頷く。

 どうやってその情報を得たのかついぞ教えてくれなかったが、エレナさん曰くたしかな情報らしい。


「いいですか?打ち合わせ通りエレナさんが被害者の家族であることは伏せる方向で行きますからね?」

「はい、分かっています」


 返事をするエレナさんの横顔は硬い。緊張しているようだ。

 その緊張を吹き飛ばすためじゃないが俺は強めに背中を叩いて教会の入口へと歩き出す。


「それじゃあママ!行くよ!」

「っ!だから、ママじゃないです!」


 教会の扉は重厚で、押すと静かに軋んだ。

 教会の中では白い髭を蓄えた初老の男性が、人族の子供を肩車、魔族の子供を二人腕にぶら下げているところだった。

 ブランブランと子供たちが揺れている。


 初老の男性の顔にはしわが刻まれ年齢を物語っているが、背筋はまっすぐピンとしていた。なにより、子供とはいえ三人を軽々持ち上げている姿は一切の衰えを感じさせなかった。

 法衣は白を基調とし、胸元にはヴェルナ教の紋章が刺繍されている。そして、頭には魔族の証である二本の角が生えていた。


「おや?いらっしゃい。お祈りかな?」


 俺たちに気づいた魔族の男がこちらを振り向く。


「ああ、いや」


 ほんとは人族を殺したことがあるかをストレートに尋ねるつもりだったが、子供がいるという状況に言葉が詰まる。

 どうやって話を切り出そうかと思案して、良いことを思いつく。


「今日は懺悔しにきたんですけど……この教会に居る聖職者はあなたが一人ですか?」

「ええ、ここの教会はわたし、フーベルトが一人で牧師をやっておりますよ。なので懺悔となるとこのジジイが聞くことになるがよろしいか?」

「ああ、問題ないです」


 教会の聖職者がこの魔族一人となると、つまりはこの魔族が……。

 横のエレナさんの空気が変わるのが分かった。


「じゃあ、ほれ、お前たち暫くの間邪魔にならんところで遊んどれ」

「はーい。外行こうぜ!」


 子供たちは俺たちの横を通り過ぎて三人仲良く外へ走ってゆく。

 俺は子供たちを追っていた視線を正面へと向け――


「………………」


 なんか、ズレてね?カツラじゃね?あれ。

 多分、肩車してた子供を下ろした時にズレたのだろう、髪が不自然に片側に寄っていた。

 いったい誰だよ。一切の衰えを感じさせないって言ったのは。誰よりも衰えてるところがあんだろうが。


「罪を告白するのはお兄さんかな?そちらのお嬢さんは?」

「付き添いです。私も聞いてて大丈夫ですか?」

「お連れさんがよろしいのであればわたしから何か言うことはありませんな。……それじゃあ、告解室へ行きましょうか。こちらへどうぞ」

「はい」


 フ―ベルト牧師が歩き出すのに、一つ返事をしてついていくエレナさん。


 え?なんでエレナさんは一切動揺してないの?あれ俺にしか見えてない?俺別におかしくないよね?おかしいのは牧師の頭の方だよね?


 釈然としない気持ちで俺も二人の後ろを付いていく。

 教会の端、礼拝堂から少し離れた廊下の奥に、告解室はあった。

 縦長の木製の小部屋が二つ、壁に寄り添うように並んでいる。

 一つは牧師が、一つは懺悔する人が入る用だ。

 

 俺は牧師とは反対の告解室の中へと入る。

 本来一人が入る想定しかされていないのでエレナさんが入ってくると中はいっぱいいっぱいになる。手狭な分、エレナさんのおっぱいおっぱいもいつもよりも主張してくる。おっぱいおっぱいでいっぱいいっぱいだ。

 ……何言ってんだ俺。

 どうやら俺もそれなりに緊張しているようだ。


 しかし、話す場所が告解室で良かったと思う。告解室は、お互いの顔が見えないように格子状の仕切りかカーテンで区切られている。あのズレたカツラ見ながらだと笑っちゃいそうになるからな。

 そう思いながら椅子に座ったのだが。


「……あの、なんで区切られてないんですか?」


 俺の予想に反して告解室の中は仕切りもカーテンもなく両部屋が筒抜けだった。

 もちろん、ズレたカツラを正面に捉えることになる。


「うちの子の一人がこの中で魔法を発動しましてな。それでカーテンが燃えてしまったのです。それも、暫くの間黙って誤魔化してたせいで発覚が遅れて、まだ買い換えておらんのです。まったく、いつも、嘘は呪文の信用性を破壊する行為であり、魔力が力を貸してくれなくなると説いているんですけどねえ」


 お前が言うな。

 あんた噓つきまくってんだろうが、誤魔化しまくってんだろうが。

 いや、逆に嘘じゃないのか?バレバレすぎて逆に嘘じゃない判定かこれは?


「それでは、始めましょうか。んんっ、神の慈しみを信頼し、汝、罪を告白しなさい」


 いきなり真面目くさった表情でかみとか言わないでほしい。

 兎にも角にも俺は意識を切り替える。


「告白します。私は元勇者なのです」

「ふむ、元勇者というとあなたはハンス・ホーベルク=ブーフヴァルト様ですかな?」

「いえ……違います」

「ん?となると……ええ、もう一人の男性の方、ということになるのでしょうが……」

「あの……ルーカス・フェルスター……です……」

「ルーカス・フェルスター……?ああ、そんな名前でしたな」


 あの、一応世界を救った英雄なんですけど……、そこそこ有名なはずなんですけど。名前、出てこなかったんですけど……。あまりにも出てこな過ぎて自分から言っちゃったんですけど……。


「えーと、それで私は勇者としてたくさんの魔族を殺しました。人類を救うためという大義名分があったとはいえ魔族の方々には申し訳ない事をしたと思っております」


 正直な話をするのであれば、仕方ないことだったと割り切っているので申し訳ないことをしたという気持ちは1mmしかないが、話の取っ掛かりを得るため罪の告白を続ける。


「なるほど、魔王討伐の過程で多くの命を奪ったことに心を痛めている、と」

「はい、戦争中、そして戦争後、魔族たちが俺たち勇者の事をどう思っているかが気になるのです」

「ふむ、安心しなさい。戦争終結後、多くの信徒がこの教会を訪れますが、そのほとんどがあなた方には感謝していますよ。もちろん、わたしもその一人です」


 ほんとか?あんた俺の名前出てこなかっただろ。


「あなたは、戦争中多くの命に手をかけたことを気にしておられるが、あなたは悪に染まったわけじゃない。あなたの行為には人類、ひいては世界を救いたいという愛と正義があったはずです。世界の源たる魔力は、全てを生み出し、全てを受け入れ、全てを還す。その循環の中に裁きも拒絶もない。魔力の源たる神は、あなたが流した血も、あなたが背負った罪も、等しく知っておられる。わたしは魔力の源の御名において、あなたの罪を赦します」


 牧師様の語りは、多くの信徒の前で、神の愛を語って来たのだろうと感じさせるありがたい話しぶりだ。

 だが、俺たちの本来の目的は、罪の告白でも神の赦しでもない。


「ありがとうございます。牧師様、一つだけいいですか?牧師様は戦争には参加されてましたか?」

「……おそらく参加していたでしょう。おそらくというのは、わたしには戦争中、洗脳されていた間の記憶がほとんどないのです」


 洗脳中の記憶の保持については、個人差が大きいとは聞いている。覚えている者は全て鮮明に覚えているが、覚えていない者は何も覚えていなく、気づけば七年経っていたという状態の者もいる。

 どうやら牧師様は後者のようだ。


「戦争中の殺人は免責となりましたが、そのことについてはどう思いますか。もしかしたら牧師様も戦争中人を殺しているかもしれないのですよね?」


 俺たちが一番聞きたかった質問だ。

 牧師様はゆっくりと話し出す。


「三年前、頭の靄が晴れて、現状を認識した時、初めにそれを考えました。わたしが罪のない人をこの手にかけた可能性。事実、魔王が現れてからは魔族に対する認識は人を襲ってくる存在に変わっていました。戦争直後はよく恐怖に歪んだ顔を向けられたものです」


 僅かな間があく。


「……法による免責と、神による赦しは別のものです。国が決めた免責というものは、社会が前へ進むための取り決めです。それは必要なことだったと思います。ですが、わたしはわたし自身が赦せなかった。そんな自責の念に駆られていた時に出会ったのがあの子たちです」


 あの子たちとは、外に遊びに行ったあの三人組のことだろう。

 牧師様の声は、子供たちの話をするときだけ少し変わる。


「あの子たちは戦争で親を亡くしました。中には戦争跡を漁って飢えを凌いでいた子もいます。わたしはあの子たちに救われました。生きる理由を見つけたのです。本来生きるのに理由なんていりません。しかし、ルーカスさん、あなたが自身の罪に自責の念を抱いているのなら、生きる理由というものを探してみてはいかがでしょう」


 要するに、自分が人を殺めた可能性に自責の念を感じつつもあの子たちのために生きようと決意した、と。エレナさんはこの話を聞いてどう思うだろうか。もともとティ姉以外に家族のいない俺には分からない。

 そんなことを考えていると、横のエレナさんが声をあげる。それは思いのほか冷静な声だった。


「……私も一つ懺悔してもよろしいですか?」

「ええ、構いませんよ」


 どうやら、俺の役目はここまでらしい。

 俺はエレナさんに席を譲るように後ろへと下がる。

 エレナさんは席に座った後もしばらく黙っていた。

 俺には横顔しか見えないが、何かを整理しているような沈黙だった。

 牧師様は急かすことなく、エレナさんが自分から話し出すのを待っていた。

 そして、エレナさんはゆっくりと口を開く。


「私には妹がいました。ココという名です。ココは私に非常に懐いていて、よく一緒に遊びました。なのに、私の故郷を魔族が襲撃した時、私は王都に居て何もできなかった……」


 四年前に亡くなった。

 そうエレナさんは言っていた。

 つまり、人魔戦争終結の一年前。


「今でも思います。私がその場に居たら彼女を助けれたんじゃないのかって……」


 エレナさんには治癒魔術がある。

 その場に居たら助けられた可能性はあっただろう。

 それをエレナさん自身分かっているから、より後悔する。


「故郷が襲撃されたという知らせを聞いて私は一も二もなく、故郷へと帰りました。故郷は……、私の生まれ育った村は半壊していました。畑は荒らされ、柵は木屑になり、家々は傾いていました。もちろん、私が育った家も、魔術の攻撃を受けて綺麗に半分になって、内側が剥き出しになっていました。だけど、私が一番愕然としたのはそんな半壊した村を見た時ではありません。私が一番愕然としたのは近くの森の中でわ、私の――」


 それまで淡々と説明していたエレナさんがここで止まる。

 エレナさんが下唇を強く噛む。


「私の妹の死体を見つけた時です」


 死体を見つけた。

 もしかしたら無事に逃げれているかも、運よく助かっているかも、が完全になくなった瞬間。


「魔術の攻撃だろう鋭利で大きな傷跡が背中に一つ付いていました。ち、治癒魔術を……何度も唱えました」


 無駄だと分かっていても唱えないわけにはいかなったのだろう。

 エレナさんの声は震えていた。


「あなたは、妹を助けられなかった自分を罪だと、そう感じているのですか?」


 牧師が尋ねた。


「はい。でも、違うんです牧師様。その罪は私が背負うものだと思います。だから、私が懺悔したいことは別にあるのです。……いえ、これも正確ではありません。私は神に赦しを乞いたいわけじゃない。ただ、謝罪がしたいのです」

「謝罪……ですか」

「ここ最近まで私はこう考えていました。私の家族を奪った魔族に復讐しよう、と。でも、魔族にも苦悩があり、家族がいて、普通の人間なのだと気づきました。だから、私は謝罪がしたいのです。勝手に憎悪を膨らませ、殺そうとまで考えて申し訳ありません、と」


 あなたに、とは言わなかった。

 言ったところで困らせるだけだと思ったのだろう。


「ここ最近まで、ということはきっとあなたにもわたしにとってのあの子たちとの出会いのような、考えを変える出来事があったのでしょう。わたしは聖職者として復讐を肯定はしません。しかし、またその想いを責めもしない。それは、あなたが妹を愛していたという事実であり、今もなお悔い、祈り、思い続けているという証なのですから。人は未来にしか手を伸ばせません。過去に置いてきた痛みは、あなたがこれからどう生きるかで初めて意味を持つのです。……あなたは神に赦しを乞いたいのではないのでしたね。それでは、魔力の源の御名においてではなく、私があなたを許しましょう。そして、出来ることならあなたのこれからの人生にやすらぎと平和が訪れますように」


 フ―ベルト牧師も「私にですか?」とは聞かなかった。戦争中に人を殺したか聞かれた後にこんな話をしたのだから、よほど勘が鈍くない限り察しただろうが、あくまでも最後まで牧師として対応した。

 エレナさんは何も言わなかった。

 ただ、嗚咽を堪えるように泣くだけだった。

 それからしばらくして、ふと、膝の上で長い間固く握られていた拳が緩むのが見えた。

 うーん、流石、牧師様。

 だんだん、光っている頭が後光に見えてきた。

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