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09 格別の一杯

 俺たちは取り急ぎ古着屋に来ていた。

 タルトの目立つ耳と明らかに市井のそれじゃない上等な服をどうにかするためだ。


「……ふう、やっとか」


 ようやく会計を終えたタルトに嘆息する。

 あれか、これかと店員に着せ替え人形にされ、タルト自身もそれにノリノリであったがために永遠と待たされるはめになっていたのだ。

 俺は壁際に設置してあった椅子から立ち上げる。


「そのもともと着てた服はどうすんだ?」


 そして、会計を終えた後もなにやら店員と話しているタルトに声をかけた。


「ああ、荷物になるからここで売ろうと思っての。今それについて話しておるところじゃ」 

「売るのか?良いやつっぽいけど……」


 なんとなく勿体なく感じていると店員が奥から別の店員がやってくる。


「お客様、こちら査定が終了いたしました。80万リラでいかがでしょう?」


 80万リラ!?この服が?

 古物商での買取でその値段ということは正規品は最低でも5倍はするだろう。たかが服にうん百万とは、金持ちの考えることは分かんねえな。


「うむ、それでよいぞ」

「売るの!?古物商が最初に提示する値段なんて限りなく下に見積もってんだからちょっとごねればもうちょい高く売れるぞ多分」

「交渉する時間がもったいなかろう。時は金なり、じゃ」


 交渉が上手くいったことが嬉しいのか店員がほくほく顔でミリシア金貨を4枚用意し、トレーに載せてタルトの前に差し出す。

 タルトはそれをスライドさせるようにして俺に手渡してきた。


「なにこれ?」

「依頼料じゃ」

「まだ終わってないけど」

「信頼の証と受け取ってもらって構わんぞ。大銀貨4枚分はさっき助けてくれたお礼としておまけしてやろう」


 おお!さすがはタルト様。

 金払いのいい人は好きである。

 俺は遠慮なくそれを受け取る。


「それじゃあ行くか」


 さて、もうここには用はないだろう。

 外からは午後三時を知らせる鐘が鳴っている。急がないと町を案内する時間なんて無くなると思い、そう声をかけたのだが、


「待つのじゃ。先に言うべきことがあるじゃろう?」


 それにタルト自身が待ったをかける。

 なんだ?……ああ、お礼か。

 金を受け取ってありがとうの一つもなしはさすがにまずいか。


「ありがとうございますタルト様。このミリシア金貨は大切に使わせていただきます」

「ちがうわ阿呆!ほれ」


 と思ったが飛んでくるのは叱責。

 その後、タルトは両手を広げてその場でくるっと回転した。

 ……何やってんだ?こいつ。


「………………」


 タルトの奇怪な行動に俺が黙りこくっているとタルトの目がだんだんとジト目に変わっていく。


「……おぬし。モテないじゃろ」

「何でそんな話になった!?」

「服を着替えた女に褒めの一言もないようじゃのう。モテるわけもないわ」


 やれやれと首を振るタルト。

 それでようやく合点がいく。

 はは~ん?


「マセガキだな、お前」

「なぬ!?言うに事を欠いてわしをマセガキとな!?よし決めた。今日これからの街案内はわしをエスコートせい。わしがおぬしを審査してやろう!とりあえず、今の発言で非モテポイント1追加じゃ!」

「なんでお前に審査されなきゃいけないだよ」

「はい、非モテポイントさらに1追加!これでおぬしの非モテポイントは2じゃ!」


 め、めんどくせー……。仕方ない付き合ってやるか。

 俺は改めてタルトの全身を見る。

 上は黒を基調とした手の甲が隠れるほど長い袖のビッグシルエットシャツ。下は足が健康的にはみ出るショートパンツ。そして、シャツの裾をパンツの中に入れ腰をベルトで縛っている。

 兎耳が隠れる帽子が大きめのニット帽くらいしかなかったためそれに合うように店員が選んでくれた服装だ。

 なんか、夜遊びしてクラブとかに入り浸ってそう……。

 図らずも不良の家出娘というこいつの現状ともフィットするファッションである。


「悪かったよ。うん、その服装似合ってて可愛いぞ」

「具体的には?具体的に言ってみるのじゃ」


 ぐ、具体的に……?家出娘のコンセプトに会ってるとか言うわけにもいかないよな?


「……あー、黒と銀ってたしか高級色の組み合わせだから、その、なんだ、気品のある感じでいい感じだぞ」

「うーむ、まあ、頑張って絞り出そうとしてるのは伝わったから及第点をやろう」


 くそ、なんでガキ相手にこんなしどろもどもにならなきゃいけないんだ。


「ったく、時は金なりなんだろ?さっさと行くぞ」


 ――


 とは言ったものの、どこを案内しようかと迷っていた俺は、タルトの「おぬしの普段の行動範囲でよいぞ」という言葉に従い、西側まで戻ってきていた。


「おぬしのいつも行くところに連れて行ってくれと頼んだが、子供相手にここはないじゃろ」


 そして、俺の行きつけの店に連れてきてやったというのにタルトに横腹を小突かれる。


「文句言うなよ。仕方ないだろ、俺が普段行くところなんて限られてるんだから」


 パブ「テーナー」、酒と食事を楽しむ勝手知ったる大衆酒場の扉を俺は開け放つ。

 パブの中はタップビールの匂いが充満していた。

 まだ夕方とも言えない時間帯だというのに客はそれなりの人数がいた。これから夜になるにつれてもっと賑わってくるだろう。

 壁には相変わらず意味のわからない標語が額に入って飾られている。

 ”今日の一杯は 明日の俺への投資”とか、酒かすの言い訳にしか聞こえない。


「おっ、ルーカスじゃないか」

「よ!マスター!」


 黒ずんで年季の入った木のカウンターの奥から声をかけられる。

 ここのマスターだ。魔族だからスキンヘッドの頭に黒い角を生やしている。

 ちなみに、みんなマスターとしか呼ばないから名前は知らない。


「いいところに来た、な……お前、それはだめだろう」


 笑顔で応対していたマスターが急に眉を顰める。

 え?俺なんかやったっけ?

 つけもこの前まとめて払ったはず……。


「お前……いくらモテないからって子供に手を出すなんて軽蔑するぜ」

「……はあ?」


 急に何を言い出すんだこのジジイ。


「いや、いつか女関係か金関係でお前がやらかすんじゃねえかとは思ってたぜ?でも、まさかロリコンだったとはな。職業柄人を見る目ってのは養われていくんだが、この俺の審美眼を持ってしても見抜けなかったぜ」

「おい!もっと自分の審美眼に自信持てよ!マスターの審美眼に狂いはねえよ!」

「一体どこで捕まえたんだ?もしかしてレンタル彼女ってやつか?レンタルなんでもする元勇者なんてのを始めたから同業他社を視察するという名目でレンタル彼女を楽しんでんのか?ん?」

「ちげえよ!そのちょっとありそうな話捏造すんのやめろよ」

「ほう、じゃあ噂のパパ活ってやつか?パパって呼ばせてお金貢いでんのか?」

「余計酷くなってんじゃねえか!」

「パパ、お腹空いたのじゃ」


 そんな俺たちのやり取りを黙って聞いていたタルトが唐突に上目遣いにこちらを見つめる。


「お前が悪ノリするのはやめろよタルト。お前が乗ってきたらいよいよそういうことになるじゃん」


 *


「――ってわけだ」


 俺はカウンターに座りマスターにこれまでの経緯を説明していた。


「ほーん家出ねえ。親を悲しませるようなことは感心せんなお嬢ちゃん」

「分かっておる。わしも両親を悲しませたいわけじゃないからのう」

「知らないのかマスター。親に従順なガキの方が大人になったとき反動でヤバいんだぜ?家出して心配されるなんて経験、ガキの頃とジジババの時しかできないんだからやっておくべきなんだよ」

「ジジババの家出って、家出っていうか徘徊だろ」


 そうとも言う。


「そういえばここ入って来た時にいいところに来たって言ってたけどあれなんだったんだ?マスター」

「そうだ。今から新しく樽を開けるところだったんだよ!」

「マジか!」


 思わず歓喜の声がこぼれる。


「なんじゃ?そんなに嬉しいことなのか?」

「それはもちろん!ビールってのは鮮度が命。温度や衝撃で劣化するからな。その点、樽のビールは瓶ビールと違って酸素にほとんど触れないから劣化が少ないんだが、その中でも開封直後は格別なんだ」

「ほう、わしも飲んでみたいのう」

「ダメに決まってんだろ。お前何歳だよ」

「17じゃよ」

「嘘をつくな、嘘を。年齢偽って飲もうとすんじゃねえ」


 兎耳が隠れていてもさすがにこの嘘は分かる。


「……13じゃ」

「ガハハ、じゃあ後4年我慢しないとなお嬢ちゃん」

「ぬう……」


 タルトが不満そうに唇を尖らせるが、駄目なものは駄目だ。


「それじゃあ開けるぞ」


 マスタ―が宣言すると、タップ(蛇口)を樽に打ち付け、圧力調整のため樽上部にも一つ穴を開ける。

 マスターが一番最初に出てくる余分な泡を取り除いたら、いよいよ深みのある黄金色に輝く開封直後最初の一杯がグラスに注がれる。


「はいよ」


 マスターがグラス満杯に注いだビールをテーブルに置く。

 鼻を近づけなくても分かるホップの爽やかな香り。


「あ、おいルーカス!お前ずりいぞ!マスター俺も一杯くれ!」


 それに気づいた周囲の客がにわかに色めき立つ。やはり、みんな開封直後のビールを飲みたいのだ。


「悪いな!お先」


 俺は常連の連中に一言断りを入れ、期待感に煽られるままに口をつける。


「ぷっはあ、うめえーー!」


 クリーミーな泡にきめ細かい炭酸。

 心地よい苦みが口に広がった後、鼻に抜ける麦の香り。

 後味はすっきりとしていてキレがよく、一気に飲み干してしまった。

 それを羨ましいそうに見つめるタルトを横目に俺は気持ちよく「もう一杯!」と宣言する。


「……非モテポイント1追加じゃ」


 横でなんか言ってるがそれすら今の俺にとってはいい肴だった。


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