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02 見知らぬ、天井、ていうか、部屋

 ひんやりとした空気が頬を撫でる感覚に意識が覚醒する。

 まぶたを開けると、見知らぬ天井が視界に飛び込んできた。

 いや、見知らぬと言うのであれば天井どころか部屋自体に見覚えがなかった。


 ベッドの上で上体を起こし、未だ意識のはっきりとしない頭で部屋全体を見回す。

 壁はレンガ造り、床と天井は木製、別の部屋に繋がっているだろう扉が一つ。

 ベッドの横に机、ベッドの反対側の壁際には本棚が置いてあるだけの簡素な部屋だ。机の上には、紙、インク、ペンが整然と並べられており、本棚には分厚い本(背表紙の文字を読むに魔生物に関する本がほとんど)がぎっしりと詰まっている。どれも見るからに使い込まれ、角が擦り切れていた。

 光源は壁に設置してあるランプのみ。

 その淡い光が、部屋全体に静かな影を落としている。


 それにしても、無機質と言うか、妙な閉鎖感のある部屋だ。

 そう思った瞬間、理由に気づく。

 窓がない。


 もしかしたらここは地下なのかもしれない。

 魔王軍の罠に嵌って地下空間に落とされた嫌な記憶が蘇る。流石に、ここにはトラップなんて無いだろうが。


 しかし、冷静になってみると沸々とティ姉への怒りが湧いてくる。

 まさか、家族に薬を盛るなんて、やって良いことと悪いことがあるだろ!

 ったく、ここがどこか知らないが、さっさとこんなところは出て――

 そう思い立ち上がろうとした瞬間。

 ガチャっと扉が開いた。


「あ、起きていらしたんですね!」


 顔を覗かせたのは、天使と見紛うほどの美人。

 年は多分俺より少し上の二十代半ば。

 シャツの上から白衣を羽織ったシンプルな服装に、淡く揺れる肩ほどのピンク髪。

 その髪の隙間からのぞく碧い瞳は、湖面のように澄んでいて、たれ目気味の優しい表情が印象的だった。

 しかし、何よりインパクトがあるのは衣服の上からでもわかるほど豊かな胸元。彼女の動きに合わせて自然に形を変えるそれは、彼女の穏やかな雰囲気と調和して、全体のシルエットを柔らかく見せていた。


「えーと、誰でしょうか」


 そう問いかけながらも、警戒はしなかった。

 この暴力的なおっぱいに見覚えがあるからだ。ティ姉の工房でティ姉と話しているのを何度か見かけている。こんなおっぱいは一度見たらそうそう忘れられるものじゃない。

 彼女は小さく微笑む。


「そうですねぇ。私から説明するより先に、まずはこちらを読んでいただいた方がスムーズに理解できると思います」


 そう言い、差し出してきたのは一枚の手紙。

 その手紙に書かれている文字は見覚えのある筆跡だ。

 嫌な予感しかしない……。

 俺はとりあえず言われた通りにその手紙に目を通す。


『我が最愛の弟へ


 お前の言いたいことは分かっている。

 魔王が現れ、お前が魔王討伐の旅に出てからは離れ離れになってしまったが、それまでは毎日顔を合わせ、共に育ってきたんだ。

 弟であるお前の考えなどそれはもう手に取るように分かっているとも。

『お姉ちゃん俺に仕事を用意してくれてありがとう(感涙)』だろう?

 ……おっと、まだ何一つとして重要なことを書いていないから破るなよ?

 冗談はこの辺にして本題に入ろう。

 お前は私から迂闊にも睡眠薬を飲まされ、今いる地下室まで運ばれたわけだが、目の前にいるおっぱいピンクが、そこの主兼「レンタルなんでもする元勇者」の第一の依頼者だ。名前を「エレナ・ノイバウアー」という。優秀な魔生物学者で、そこは彼女の城というわけだ。

 さて、気になる依頼内容だが……身体検査の協力、だそうだ。

 どうやらエレナはお前の身体に興味津々らしい。よかったな。

 レンタル期間は一週間。

 お姉ちゃんがここまでお膳立てしてやったんだ。逃げようなんて思うなよ?これ以上私がお前を養うことなんてないから、金がないならどうせ働かなきゃならないんだ。観念しろ。

 というわけで、これ以上の詳細はエレナから聞いてくれ。それじゃ。


 ルーカスの大好きなお姉ちゃんより


 P.S. エレナとは私が軍の工房にいた頃からの付き合いだから、いくらおっぱいがデカくて可愛いからって手を出したりしたらぶっ殺すぞ』


 俺は読んでる最中に二つに裂いて読みづらくなってしまった手紙を重ねて二つ折りにする。


 いろいろ、言いたいことはある……。

 これって普通に誘拐だよね?とか、軍時代からの友人相手におっぱいピンク呼びはいいのか……とか、いろいろとツッコみたいところはあるが……とりあえず、理解はした。

 つまり、俺は一週間、このおっぱいピンクさんに従えばいいのだろう。


「えーと、おっp……エレナさん?」

「はい」

「この手紙には簡単な内容しか書かれてなくてですね、詳細はエレナさんから聞いてくれってあるんですけど、具体的に俺は何をすれば……」


 この優しそうな感じから急に豹変して、あなたに魔生物の臓器を移植します、とかマッドサイエンティストっぽいこと言い出したらどうしよう。

 などという俺の不安は、


「はい!主に採血がメインですね。血液から調べたいことがあるので。他には簡単な身体検査と魔力強度の検査もしたいです!」


 というエレナさんの言葉で晴れる。

 ほっ、とりあえず人体実験みたいなことはせずに済むらしい。


「でも身体検査ってことは、俺はエレナさんにあんなところやこんなところを弄られちゃうんですかね?」

「いえ、そんないろんなところを弄るような変な検査をするつもりは無いので安心してください!」

「え?……弄ってくれないんですか?」

「……なんでちょっと残念そうなんですか?」


 困惑したように眉を下げるエレナさん。

 俺はその質問には答えず手紙を読んだ段階で気になっていたことを聞く。


「ちなみに、どうしてまたこんな依頼を?」


 すると、よくぞ聞いてくれたとでも言うようにエレナさんは熱く語り出した。


「勇者とは世界の神秘です!10年前現れた魔王。周囲の魔力を吸い際限なく成長するそれに対して、世界がバランスを取るが如く現れたのが勇者です。魔力とは別の特別な力を操ることのできる彼ら彼女らは確実に魔生物として人族から別の何かに変異しています!あっ!よく勘違いされるんですけど、特に凶暴性の高いのを一般的に魔獣って言ってるだけで、魔生物はあくまでも魔力の影響で変異した存在の総称なんです。だから、人族も魔生物なんですよ!それで、話を戻すと魔生物として変異した勇者という存在を調べれば未だ謎の多い魔力について何か分かるかも、と思いまして。何故勇者の印が人族にしか現れなかったのかも気になりますし。ほんとは魔王も調べられたらよかったんですけど、聞いた話によると倒れると同時に死体が消えちゃったんですよね?残念です。でも、本当にありがとうございます!身体を調べる許可を頂いて!私では他の勇者の方に対して伝手がありませんから……」


 エレナさんは僕の手を両手で掴んで上下にぶんぶん振る。

 その度におっぱいが揺れてて、なんかもう……いろいろとすごい。

 あと、俺は別に許可してない。

 しかし、”魔力とは別の特別な力を操る”か……。


「そういう理由ならあまり役に立てないかもっすね」

「どうしてですか?」


 世界がバランスを取るが如くってのは、言いえて妙だと思う。

 俺は自分の手の甲をエレナさんに見せる。


「俺たち勇者に宿った天命の力”エロイカ”は魔王が消滅すると同時に無くなりましたから。ほら、聖紋もなくなりましたし」


 本来、勇者として覚醒すると右手の甲に聖紋と呼ばれる紋様が浮かぶ。しかし、現在、そこには紋様のもの字もなかった。

 エロイカと聖紋の消滅に対しては貴族連中もがっかりしていた。無理やり勇者として徴集し、魔王討伐に行かせたくせに、勇者としての力が無くなったと見るや体裁を保つための金だけ渡してなんのアフターフォローもなくポイッだ。

 ちなみに、ここで単純に俺が嫌われてた可能性については言及しちゃいけない。


「承知の上ですよ、心配いりません。それにエロイカも聖紋もなくなっても元勇者であることは変わりありません。勇者として覚醒した痕跡は体の中に必ずあるはずです。そもそも、研究なんてのは全てダメで元々。試せるのであれば試さない理由がありません」


 おお……、実に研究者然とした態度だ。

 優秀な魔生物学者ってのは嘘じゃないらしい。


「と、いうわけで……もう、いいですよね……?」


 俺がそんなエレナさんの言葉に感動していると、エレナさんから一歩詰められ顔が間近に迫る。


「エレナさん……?」


 心なしかエレナさんの呼吸が早い。

 俺は思わず後ずさりし、ベッドに引っかかって尻もちをつく。

 ちょうど目線の高さが胸元になり、視界の八割がエレナさんのおっぱいに占領される。

 そのまま視線を上げると上から覗き込む形のエレナさんと目が合った。

 その瞳は妙に艶っぽい。

 至近距離で、碧眼がまっすぐ俺を捉える。瞳の奥へと吸い込まれそうだ。

 そして、エレナさんはゆっくり口を開いた。


「あの…………、はやく血を採らせてください!」


 うん、まあ、そんなとこだろうと思ったよ。


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