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01 働きたくない元勇者

 あー。

 働きたくねー。

 俺は財布の中身を見て心の中で呟く。


 魔王をぶっ殺して国から貰った金もそこをつき、流石にこのままじゃまずいと思い立ち、なけなしの金を握りしめて賭場にやって来たのが3時間前。

 徐々に減っていく軍資金に焦りを覚え、ブタ(役無し)に1万リラ分のチップで大ブラフを張ったのが5分前。

 そして現在、小銅貨一枚すら転がっていない財布の中身……。


「あのー……」


 5分前に戻ってあのブラフをなかったことにできるのならなかったことにしたい。

 人間、なぜ取り返しがつかなくなってから後悔してしまうのか。

 きっと取り返しのつく後悔を後悔とは呼ばないからだろう……。

 センチメンタルな気分になった俺は髪をかき上げ天を仰ぐ。


「あの、お客様……?」


 ふっ、全く世知辛い世の中だ。

 金の無くなった客はここには不要らしい。

 今俺には、チップが無くなったんなら早くどけよ、というディーラーの冷たい視線が突き刺さりまくっていた。

 だが、そんな視線など俺は意に介さない。

 大事なことをディーラーに尋ねなければならないからだ。

 そう、とても大事なことである。


「…………あのー、ここって、資金の貸し付けとかってやってます?」

「やってないです」

「…………」

 ――さて、と。


「よし!…………帰るか!」


  *


 魔術大国ミリシア、その端も端、魔族領との国境沿いに位置する都市イエルナ。様々な種族が集まるサラダボウルのようなその都市に居を構える魔導具店の工房にて。


「あー……あちー……」


 俺は干からびたトカゲのように体を工房の床にべちゃっと横たわらせ、自身の頬を手で仰いでいた。

 まだまだ真夏。工房内には蒸し釜のように熱気が籠っている。

 石畳の床と密着している頬だけがひんやりとしていて気持ちがいい、が、それすらも束の間のオアシス。すぐに頬も熱を取り戻す。

 たまらず目の前でなにやら作業をしている我が姉に俺は懇願した。 


「ねえティ姉、なんか涼しくなる魔導具作ってよ」


 ティーン・フェルスター――血のつながった実の姉。

 大きめのゴーグルがトレードマーク。

 無造作に揺れるショートヘアは俺同様炎のような赤。

 勝気な色を宿す瞳も、また赤く輝く紅眼。

 スタイルは、会っていない期間にいつの間にか抜群のプロモーションに成長していた。三年前に再開した時、別人になっていて驚いたものだ。

 身長も……俺より少し、ほんとにすこーしだけ高い。

 ……別に言い訳をするわけじゃないが俺の身長は平均より上だ。つまり、ティ姉が高すぎるだけである。


 正直、実の姉でなければ敬遠しているタイプの人種だ。

 いかにもバリキャリって感じで、俺みたいな骨がなくて事なかれ主義の人間を嫌っていそう(偏見)。

 ちなみに、ここで一つ注意をしてほしいのは、これはあくまでティ姉みたいな気の強そうな女性に対しての偏見であって、ティ姉本人に対する偏見ではないという点だ。

 そう、厄介なことに我が姉は事実としてバリキャリであり、俺みたいな人間を嫌っている。


 軍管轄の魔導具工房から20代前半という若さで独立し、今や一魔導具店の主、と聞けばそのバリキャリ具合も伺えるというもの。

 魔導具店の経営状況については詳細を知らないがそれなりに繁盛しているようだ。いつもピーキーというか、奇をてらった魔導具を作りがちなティ姉だから、趣味で作った魔導具が売れているところを一度として見たことはないが、きっちりこういう魔導具を作ってくれと指定されたものを色々なところに降ろしているようで、少なくとも俺一人を養うのはわけないくらいには稼いでいるみたいである。


 ……「ようだ」だの「みたい」だの、俺が店の経営に一切関わっていないごく潰しであることが露呈する文章が出来上がってしまったな。

 いや、一切関わっていないは言い過ぎたかもしれない。なぜなら俺はいつだって祈っているからだ。是非ともこれからも俺が働かなくていいように経営が順調であってほしい、と。


「やだ」


 即答。

 ティ姉はこちらに一瞥すらくれず、涼しくなる魔導具を作ってくれという弟のお願いを切って捨てた。

 当然のように作業している手にも一切の緩みはない。


「ええー」


 技術的には作れるはずなのに……とついつい不満の声が漏れてしまうが、


「めんどくさい。必要になる鉱物がクソ高い。私は暑いの得意だから特に必要ない。なにより、ごみの言うことをきく義理がない」


 と、端的に至極真っ当な理由を述べられ、返す言葉がない。

 控えめに言って俺がごみであるのは紛れもない事実だからだ。

 弁えてるニートってやつなのさ俺は。


「まあ、材料費にプラスして技術料を払うなら作ってやらん事もないぞ?お前に金があればだが」


 ティ姉は言う。

 金さえ払えばというところが実に職人気質なティ姉らしい。惜しむらくは本当に俺に金がないところか。それどころか、パブでつけにしている酒代も考えたら余裕でマイナスである。


「肩もみしてあげるよティ姉」

「舐めてんのか?」


 おっ、今日初めてティ姉と目が合ったな。

 紅く光るつり目がさらに鋭利に尖り、果物くらいなら切れそうだ。


「肩もみがサービスとして成り立つのは可愛い子供がやるからなんだよ。お前の場合、肩もみさせてください、だろ。どうしても肩もみしたきゃ頭下げた上で金払え」

「そこまでしなきゃならないの!?」


 この世のサービスの大半は金さえ払えば受けられると思っていたのだが、世の中には金を払い、頭まで下げなければ受けられないサービスというものがあるらしい。


「当たり前だろ」


 当たり前だった。

 真顔で言いきられるとまるでそれが世界の真理であるかのように感じてしまう。

 自覚はなかったが、もしかしたら俺は洗脳とかに弱いタイプなのかもしれない。


「大体、ルーカス。お前が魔王を倒して国から貰った報奨金はどこに行ったんだよ。2000万リラだぞ?ミリシア金貨100枚分だぞ?」


 そんなものは最初の三か月で半分無くなり、一年でほぼ使い果たした。ここ二年は残り少ない金をどうにかやり繰りしていたが、それもつい先日完全に消滅した。

 なぜ、消滅したかと言えば、冒頭を読んだ皆さんならご存じの通り。


「スッた」


 生活費はティ姉依存だから、2000万リラの9割はギャンブルに消えてると思う。

 ギャンブルって怖い!


「お前……、炭鉱夫が20年働いてようやく稼げる金をお前……」

「ほんとになんでだろうなぁ。最初のうちは順調だったんだよ。こっちの軍資金の方が多かったから金にものを言わせてベット額吊り上げて、相手降ろして。今思えば相手のオールインに乗ったのがまずかったな。それ以降負け続けて……気づいた時にはすっからかんだったよ」

「それは負け方の一例だろう。そうじゃない。お前は2000万リラを三年でスッたんだよ。お前がまずかったのはオールインに乗ったことじゃない、ギャンブルに手を出したことだ」


 はあ……と、ティ姉の口から、工房内の熱気よりも重いため息が漏れる。こいつだめだ、とでも言うように目を手で押さえる仕草のおまけ付きで。

 俺もスリたくてスったわけじゃないのに……、心外である。

 てか、魔王を倒した英雄に2000万リラって少なくないだろうか?

 倍は貰ってよかっただろ。

 そう思うとだんだんと腹が立ってきたな。

 くっそぉ、今から抗議したら国から金引っ張れないかなー。いやでも、俺、議会連中苦手なんだよなー。

 そんな俺の胸中を読んだわけではないだろうが。


「……なあ、ルーカス、いつまでそうしている気だ?」


 と、いつになくティ姉が真剣な表情で問いかける。


「いつまでって……夕飯まで?」

「ちげえよ。いつまでぷー太郎でいる気だって聞いてんだ」

「あー……」


 俺は床に転がったまま、視線だけを逸らす。


「お前の仲間たちはお前以外それぞれの道で頑張ってるぞ?ハンスさんはグローリア騎士団の団長、ペトラちゃんは故郷に帰って親孝行、ガブリエルは国からの報奨金を元手に傭兵派遣業を営んでいるらしい」


 お隣の○○ちゃんは結婚して家庭を持ったけれど、あなたはいつ頃結婚する予定なの?と急かしてくる母親のようなことを言うティ姉。


「ハンスは元々貴族の出だからずるいだろ。ガブは……あいつは生来の行動力お化けだからなあ。俺とは違う。ペトラは、あいつも故郷に帰っただけで今ニートしてるかもしれないだろ」

「少なくともお前のように自堕落な生活は送っていないだろう。一緒にしてやるな。人魔戦争終結から三年、未だに前に進んでいないのはお前だけだ。ルーカス」


 あー、やだやだ。いつまでそうしてる気だ、だの、前に進んでないだの。俺はゆっくりと立ち止まり、道端に咲く花に目を向けているだけだというのに。俺からしてみれば、世間の人々が生き急ぎすぎである。あまり前に進むことばかりに気を取られ過ぎてしまうと景色の綺麗さにも気づけない。

 そもそも、俺は「働かざる者、食うべからず」という論調がどうしても好きになれない。好きになれないどころか、はっきり言ってしまえば嫌いである。大っ嫌いである。


 まず根本的な話をするのであれば、この言葉を疑いなく引用する人々は、この言葉が共産主義国家が労働を強制するために使ったプロパガンダだと知っているのだろうか?それを、資本主義の文脈でありがたがって唱えているなんて実に滑稽だ。俺はそんな呪いからはとうの昔に解脱している。


 大体、生産性の話に限れば、俺は一生働かなくていいだけの貢献を社会にしているはずだ。世界を救った英雄だぞこっちは。本当ならば、王都の一等地でメイドなんかを囲って悠々自適に生活してるはずの人間であろう。そんな状況になっていない現状は、俺の怠惰のせいではなく、国の怠惰であり、怠慢であり、誠実さにかける愚行によるものであると言えよう。


 まあ、王都なんかに留まっていたら国に鎖を繋げられていたかもしれないので、ここで自由に生活できている現状の方が良かったという見方もできる。


 そう、自由だ。


 貴重な十代を魔王討伐なんてクソ大変な上にクソ危険な旅に費やしたんだ。ちょっとくらい自由を謳歌したって罰は当たらない。要するに、俺は定年退職後のジジイと一緒。老後の生活を楽しんでいるにすぎない。君らは定年退職したおじいさんに働かざる者、食うべからずだから働け!とでも言うのか?言わないだろう?それを真顔で言う奴がいたらそいつは人格破綻者の鬼畜野郎だ。そして、そんな人格破綻者の言うことを真に受けて働くという選択を取るのは理性を欠いた愚挙である。


 だから俺は自分の矜持を守るため、そして、人類には理性があり、道理に基づいて行動することが可能なのだと、愚かな生物ではないのだと、証明するためここでしっかりと自分の見解を示さなければならない。


「働いたら負けかなと思ってる」

「死ね」


 魔力弾がすぐ目の前の床を突き抜けていく。

 貫通力に重きを置いたのであろうそれは、地面を抉らず、円形の穴を作るだけに留まった。それが貫通力を如実に表していて逆に恐ろしい。


 これ、当たってたら怪我じゃ済まなかったんじゃないか?いや、普通に死ねって言ってたからそれでいいのか……いや、人は殺しちゃだめだろ。

 ティ姉が狙いもつけられない運動音痴で助かった。

 ちなみに、ティ姉が俺に怪我をさせないためわざと外したという可能性はこの場合存在しない。

 我が姉はそういう奴である。


「ちっ、外したか」

「何てことするんだ!ティ姉!」

「働かないことを正当化しようとするニートの戯言を黙らせるついでに、作った魔導具の試し打ちができたんだ。一石二鳥だろ?」

「なんで、試し打ちの方がついでなんだよ!せめて、黙らせる方がついでであれよ!」

「なあ、ルーカス。違ったルー”カス”。いくら何でも三年は立ち止まり過ぎだ。どっちみち金が無くなったんなら何かしら行動しなきゃなんねえんだ、そこら辺考えてんのか?ルー”カス”」

「おい!なんでカスにアクセント付けた?カスだって言いてえのかカスだって!?全くもってその通りです!何も考えてないので養ってください」


 俺は手を前に付き綺麗な土下座を決める。


「…………」


 無言が怖い……。

 俺は土下座の姿勢のまま顔だけをチラッと上にあげた。

 おっと、視線だけで人を殺せそうだ。


「……おいカス、そこに座れ」

「せめて”ルー”はつけてよ!ティ姉!」


 抗議しながらも、俺は大人しくティ姉が指さした端のテーブルの席に座る。というか、座るしかできない圧がティ姉から出ていた。

 ティ姉は二人分の紅茶とクッキーを用意した後、向かいに座り、話し出す。


「私はな、弟であるお前の今後を憂いているんだ」


 神妙に切り出すティ姉に俺も神妙な表情を作り、紅茶に口をつける。

 あ、この紅茶うまっ。


「三年前、魔王を討伐して帰ってきたお前が転がり込んできた時は快くここにいることを許可したよ。どんな旅をしてきたのか私は知らないが、7年間頑張った弟を労ってやれないで何がお姉ちゃんかと。だが、一か月過ぎたあたりで気づいたよ。こいつの本質は小さいことから変わっていないのだと。だから、いつかこんな日が来るんじゃないかとも予想していたんだ」

「ほう、流石の慧眼ですティ姉」


 ぱちぱちと拍手を送る。


「お前に褒められてもなにも嬉しくない上、慧眼の使い方が若干間違っている気がするが……まあいい。それで、前々から考えていたことなんだが、私がお前に仕事を用意してやろうと思う」

「……なるほど?」


 急に嫌な予感がしてきたな。


「レンタル業ってあるだろ?冠婚葬祭の衣装、魔導具、珍しいところでは人。物品を貸し出してレンタル料を取る業態だ」

「レンタル業……」


 などと、意味もなくその業態名を復唱したが、全くもってピンと来ていない。いや、ここで名前を出したということは、ティ姉の用意した仕事とはレンタル業なのだろうが……この魔導具店でも新たにレンタル業をやるから手伝ってくれという話か?

 ん、このクッキーは微妙だな。俺はもうちょっとビターな方が好みだ。


「なんでも今、王都の方ではレンタル彼女なるサービスがトレンドらしい。その名のとおり『彼女をレンタルできるサービス』で、デートや会話を楽しむらしいんだが……」


 おい、なんてものがトレンドになってんだ!

 そんな頓智来なものが流行るとか大丈夫なのかこの国は。


「つまり、これは”彼女”というものが、一部の人間にとって希少なものだから成り立っている商売だ。全員に恋人がいればレンタルする必要なんてないからな」


 正論であるが故に悲しい。

 恋人ができないなら偽りの恋人で心を満たそうなどあまりにも悲しすぎる。

 俺は非モテを代表して心中で涙を流す。


「そして、希少さと言う一点においてルーカス、お前の右に出る者はそういないだろ?」


 ん?


「なんて言ったって元勇者はこの世界に4人しかいないからな」

「えーと……つまり?」

「要するにだな、私がお前に用意する仕事ってのは――」


 ティ姉はゆっくりと淡々とした口調でそのビジネスの名を口にする。


「”レンタルなんでもする元勇者”だ」

 

 ……はい???


「普通にいやだよ?てか、何?なんでもするって?なにそのいらない修飾?別にレンタル元勇者でいいよね?いや、レンタル元勇者でもやんないけどさあ」

「そこはほら、元勇者といっても貸し出すのがお前だからな。もう少しだけ付加価値を」

「何てこと言うんだ!?俺じゃ元勇者って肩書きだけじゃ足りないと!?仮にも世界を救った英雄なんだけど俺!?ふざけんな!なんでもするって要は奴隷じゃねえか!」

「おいおい、滅多なことを言うもんじゃないぞ。奴隷制は50年以上も前に廃止されたんだ。これは立派なレンタル業だ。いいか?多様化するレンタル業で、今のところ人のレンタルはレンタル彼女以外聞いたことがない。強いて言えばガブリエルがやってる傭兵派遣もレンタル業と言えなくもないが、あっちはあくまでも戦力としてしか人を派遣できない。こっちはなんでもして、おまけに元勇者だぞ?腐ってもお前は魔王を倒せるだけの腕っぷしがあるんだ。傭兵に需要があるならレンタルなんでもする元勇者なんて需要の塊だろう。こんなビジネスチャンスはそうそうないんだよ、ルーカス」

「言っちゃってんじゃん!元勇者の方がおまけだって言っちゃってんじゃん!」


 とんでもない人を姉に持ってしまった……。

 俺には、なんでもする人間をレンタルするというビジネスが人身売買と何が違うのか分からない。


「とにかく!俺は絶対――」


 そんな怪しい仕事やんないからな!と続けようとして突然、視界が朦朧とする。


「勘が鈍ったか?まあ、ブランクが三年あるもんな」

「ま、まさか……」


 この女、実の弟に一服盛りやがった!


「すまんが、一人目の客は決まってるんだ。前にこの事業について相談した奴がいるんだが、そいつがもし本格的に始まったら、ぜひレンタルしたいって」

「…………」

「喜べ。お前の最初の仕事は、”モルモット”だ」


 ティ姉の声が遠くなる。

 狭まる視界の中、俺は心の底から思った。


 ――あー、働きたくねー。


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