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12.5 大衆浴場なんて安ければ安いだけ良い

 キャンディショップから出たティーンとエレナの二人は大衆浴場へとやって来ていた。

 東区の方にある有名な温泉街ではなく、工房街の町外れでおじいちゃんがひっそりと営んでいる浴場だ。

 セリオン川から這い上がってくる霧が魔導灯の光を滲ませるこの時間、浴場内は仕事終わりの職人たちで賑わっていた。


「ティちゃん、いらっしゃい」

「おう、ジジイ。来てやったぞ」


 受付の老人が、タバコのヤニで黄ばんだ歯を見せて笑う。彼の手にはくたびれた台帳が握られていた。

 ティーンは大銅貨を二枚、カウンターに滑らせる。


「二人分な」

「はいよ」


 老人は淀みない手つきで台帳に書き込みを入れた。長年の習慣が体に染み込んでいるのだろう、視線すら落とさずにタオルをカウンター越しに差し出してくる。

 更衣室は薄暗く、木製のロッカーが壁一面に並んでいた。

 二人は横に並び一糸まとわぬ姿になる。

 ここで二人の裸体について詳細に語ってしまうとR18判定を食らいかねないので割愛するが、二人とも健康的な女性らしさを感じさせる体つきをしているとだけ言っておこう。

 エレナは体の前にタオルを持っていきその体を隠すようにする。


「なんだエレナ。どうせ湯銭に浸かるときはタオルを外さなきゃいけないんだから隠す意味無いだろ」


 そういうティーンは畳んだタオルを頭の上に乗せて堂々と体を晒していた。まったく気にする様子はない。


「ティちゃんはもうちょっと恥じらいを覚えようよ」


 言いながら二人は浴室へと続く扉を開ける。

 むわっとした湿気と石鹼の香りが二人を包み込む。蒸気が視界をうっすらと白く霞ませて、床を流れるお湯が足裏をじんわりと温めた。


「うわー、ティちゃんと温泉に来るの久しぶりだねー」

「そうだな。一年ぶりとかじゃないか」


 二人は並んで洗い場に腰を下ろし、体を良く洗う。

 その後、露天風呂へと足を向けた。

 大人一人大銅貨一枚という大衆浴場にしては格安の料金で、ここは露天風呂も併設されている。高い塀に囲まれているので覗きの心配もない。夜空の眺めは霧のせいで星が滲んでいたが、それはそれで悪くない眺めだとティーンは思った。

 外の冷気に晒されたティーンたちは急いで湯銭へと体を浸ける。


「「はあ~……」」


 どちらからともなく恍惚の吐息を漏らす二人。

 じわじわと熱が体の奥まで染み渡っていき、肩から力が抜けていくような、一日の疲れが湯に溶けだしていくような感覚だった。


「ティちゃん?」


 身体を脱力させたティーンがエレナへと体を寄せてその肩へと頭を乗せる。


「疲れちゃった?」


 目を瞑った状態のティーンを見てエレナが問いかける。


「ああ、最近寝不足だったからな」

「え!?じゃあ、今日は連れ出しちゃったね。ごめんね?」


 エレナの声に本物の申し訳なさが滲んでおり、余計な事を言ったかとティーンは後悔する。


「いや、いい。楽しかったから。今日はなんで誘ってくれたんだ?」

「……かったから」

「ん?」


 湯の音にかき消されてしまった。

 ティーンが肩に頭を乗せながら目を開けて視線を上に向けるように軽く首を傾けると、エレナは少し視線を逸らしてもう一度口を開いた。


「……最近ティちゃんと遊べてなかったから」


 それだけ言って、エレナは湯の表面をぱしゃぱしゃと指でかき混ぜた。


「エレナ……お前可愛いな」


 ティーンは素直にそう思った。


「やめてよティちゃん!そ、それより、最近寝不足だったって何が忙しかったの?」


 話題を変えるには少々雑だったが、ティーンは特に追及はしなかった。


「ルーカスの奴に魔剣を作ってやろうと思ってな。レンタルなんでもする元勇者なんてものをやってればいつか荒事になることもあるかもしれないからな」

「なるほどねー、いいお姉ちゃんだね」

「そんなんじゃない、やめろ。エレナはレンタル期間ルーカスに変なことされなかったか?」

「別にされなかったよ?それどころか、胸のもやもやをルーカスさんが晴らしてくれたんだ~」

「ルーカスが?信じられんな」

「ルーカスさんはティちゃんが思ってるより優しいよ?」

「あいつは優しくされなきゃ優しくしないタイプの人間だからな。エレナがそう感じたってことはエレナが優しかったんだろ」

「素直じゃないね、ティちゃん」

「だからそんなんじゃない。エレナが優しいからあのバカ弟からされた変なことに気付いてない可能性があるって話だ」

「そんなことないと思うけどなー。あ!でも、ルーカスさんに魔生物からエネルギーを補給しているところを見られたのはちょっと恥ずかしかったかな?」

「お前、あれまだやってんのか?」

「あれって言わないでよ!まるで私が変みたいじゃん!」

「エレナは魔生物のことになると大体変だよ」


 ティーンは断言した。

 ふと、湯銭の反対側に陣取っているおば様方の声が聞こえてくる。湯の向こう側で何人かが身を寄せ合って話し込んでいる様子だった。


「今日リーヌ橋の上に鉄骨から走って上った人がいたんだって!しかも小さい子供を抱えて!」

「えー!そんな危ないことを!?やーねー!」


 ティーンはちらりとエレナを見る。


「ほら、どこの誰だか知らんが変人はあんな感じで噂されるんだから、エレナも気をつけろよ」

「だから、人前ではやらないよ!」


 エレナはむっとした顔で言った。その姿を見たティーンは肩に頭は置いたまま、右手を上げてエレナの頭を撫でるという器用なことを行う。

 エレナとティーン。

 人魔戦争時代からの親友である二人の間には、目に見えない信頼関係がたしかに存在していた。


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