12 チョコの味
俺は膝のバネを使って立ち上がりながら、腰を回転させ、ガブがいる方とは逆の路地にタルトを放り投げた。
「ぎゃああああああああああ!!!!」
およそ女の子がしていい悲鳴ではない悲鳴を上げながらタルトは囲いの遥か上空を飛んでいく。
「「「「「なっ!?」」」」」
俺がまさか護衛対象を放り投げるとは思わなかったのだろう、取り囲んでいる奴らはタルトに目を奪われていた。
その隙に、俺は全速力で駆け、タルト側の通路にいる二人をまとめて横なぎに足刀を食らわせる。その際ついでとばかりに宙に浮いた剣もいただいていく。
そんな中、
「全員あの子の確保優先!!”サント・ルーロス”」
唯一ガブだけが冷静沈着。
ガブの一声でガブの部下たちは自分の役割を思い出したように動き出した。
ガブ自身もワンドを振るい俺の目の前に巨大な氷の壁を作ろうとする。が遅い!こんなもの氷が隆起する前に余裕で――いや。
違和感。
一瞬の違和感に俺は上へと高く跳ぼうとして、
「――しゃらくせええええ!!」
その違和感を全て無視して、突っ込む。
ガコンッ!
氷が隆起する速度が急激に上昇し、ドーム状の堅牢な氷の牢獄が完成した。
(一応、剣を奪っておいて正解だった)
俺は足を止めず――一閃。
ガブは分かっているのだ。足止めさえすればいいことに。だからこそ、俺はいちいち攻撃を避けてはいられない。
ドーム状の牢獄から抜けると、タルトが放物線の頂点から落下し始めるとこだった。
そして、そこを狙っていたかのように色とりどりの魔術が飛んでくる。
それを剣戟で撃ち落としながら素早く視線を動かせば、俺よりもタルトに接近しているのは一人のみ。
獣人の女。
そいつは四足歩行でしなやかに屋根の上を駆け、空中にいるタルトへと飛ぶ。
まさに獣。
ここからじゃ俺”は”どう頑張っても間に合わない。
だから、剣を逆手に持ち、肩の上で構える。
そして、やり投げの要領で獣人女へと投げつけた。
「っ!」
切っ先がタルトへと伸ばしていた獣人女の手に突き刺さる。
タルトがそいつの手を辛うじてすり抜けて落下してくる。
「よっと」
「し、死ぬかと思ったぞバカタレ!」
そこをギリギリのところで両腕を前に出しキャッチ。
と、同時に雨のように飛んできていた魔術が止む。
ここまでくればこっちのものだ。こいつらはタルトに怪我をさせるわけにはいかない。
とは言え念には念を入れて俺は大通りへと飛び出し、追手を引きはがす。流石のガブでも一般人を巻き込むような大魔術を行使はしないだろうという判断だ。
「で?どうやって魔導灯の一斉点灯を見せてくれるのじゃ?あやつの言う通り、ロールス展望台には間に合わんぞ」
あとは、どうやって魔導灯の点灯に間に合わせるかだが。
「要は高い所に行けばいいんだろ?だったらリーヌ橋だ」
実は、このイエルナで最も背の高い建造物は鐘塔でも大聖堂でもない、リーヌ橋である。
街の中央を大きく跨ぐその巨大なアーチは、街全体を一望できないまでもそれなりの範囲をカバーできるはずだ。
「なるほどのう……!」
タルトを抱えたまま俺は石畳を蹴り続ける。
銀髪うさ耳幼女を抱えて走る俺は奇異の視線に晒されながら5分ほどセリオン川方面に走り続け、
「ルーカス!右じゃ!」
「分かってる!」
タルトの指示に従い、大通りを曲がる。
視界の先に、夕闇に浮かび上がる巨大な橋のシルエットが見えた。
間に合う。
そう確信した瞬間。
「ルーカス!」
「っ!」
タルトの叫びと同時に、俺は反射的に身を沈める。
直後、斜め上の後方から頭上を何かが通り過ぎて行った。
「……あぶねえ!」
おい、タルトはどうした、タルトは!
どっか高台の上から狙い撃ちしてきたなあいつ。だが、さっきの角度からの射線は切れてる。ついてこれている奴もいない。これ以上の追撃はないはず。
と願いながら、アーチ状になった橋の骨組みを駆け上がる。
間に合え……!
俺は脚と魔力を全力で回す。
そして――
リーヌ橋の頂上、アーチの凸部分についた瞬間、
パチンっ。
乾いた音が、どこかで鳴った気がした。
西の郊外からリーヌ橋を抜け、東の郊外へ。地上に白い光を放つ魔導灯が、次々と輝いていく。
街の端の方から光の波が押し寄せる。
それは、イエルナの街がひとつの灯りになる瞬間だった。
*
「……きれいじゃのう」
しばらく経ってタルトがぽつりとこぼす。橋の上を吹き抜ける風が、銀色の髪をゆっくりと靡かせている。
「そうだな」
俺も同意する。
三年前、ロールス展望台に行った時は、昼間だったから微妙だっただけで夜景は素直に綺麗だと思えた。しかし、やはり一望できる範囲はロールス展望台の方がずっと広い。こりゃあ、ロールス展望台からの夜景もいつかタルトに見せてやりたいな。
と、そんなことを考えているとタルトがお菓子の入った袋をガサゴソとする。
「そうじゃ!この景色を見ながら舐めるロリポップキャンディはきっと格別じゃろう!」
え?まだ食べるのかこいつ。
そんな風に俺がタルトを見つめているのを見て、何を勘違いしたのか。
「なんじゃルーカス、羨ましいのか?仕方ないのう、ほれ、チョコレートを一つやろう」
と、袋の中からチョコレートを一つつまんで差し出してくるタルト。
「いや、いらない」
「遠慮することはないぞ」
「いや、遠慮とかではなく」
「なんじゃおぬし、わしのチョコレートが食べれぬというのか!」
ええ……。
俺はまともに働いたことがないからあれだけど、所謂上司からの酒ハラってこんな感じなんだろうな。
図らずも体験してしまった。
俺は断り続けるのもめんどくさいので仕方なくチョコレートを受け取り、覚悟を決めて口に放り込む。
口の中で溶けたチョコレートはやはり俺には甘すぎるものだった。




