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 天命の力”エロイカ”。決してエロいイカではないそれは勇者に宿る特殊能力だ。

 魔術が”世界の法則を書き換える技術”であるとするならば、エロイカは”世界の法則の外側に立つ権限”といえる。

 まさに特殊な能力だから特殊能力。

 その中でもガブのエロイカは特に特殊だった。特特殊能力だった。

 意志を持つ自律型生命体リユナの顕現。

 それがガブのエロイカである。

 精霊ではなく、魔生物でもなく、生物ですらない。

 突き詰めてしまえば生命体であるかどうかも不明。

 それでも、それでもリユナはたしかに勇者パーティの五人目だった。

 だから、魔王討伐直後は魔王を倒した嬉しさよりもガブのエロイカであるリユナが消滅したことの悲しさの方が勝っていたのをよく覚えている。


「なーにが再現だよ。ただの劣化コピーじゃねえか。リユナが本気出したら俺じゃ追いつけねえよ」


 リユナは本来、意志は持つが体は持たない無形の存在。

 普段はガブの趣味で小柄な銀髪美少女の姿をしていたが、いざとなればドラゴンにでも狼にでも、無機物にでもなれた。

 何かしらスピードに特化した形態を取られていたら俺にはどうしようもなかった。それをしなかったということは、しなかったんじゃなく出来なかったのだろう。

 あれはリユナじゃない。

 少なくとも俺の知っているリユナではない。


「……相変わらずデリカシーないねールーくん。リユナをエロイカから引き継ぐ形で取り戻すのに超苦労したんだから!素直に褒めてくれてもいいじゃん。まったく、なんにも変わってなくて逆に安心するよ」


 やれやれとガブは首を振る。


「お前は変わりすぎてて心配だよ。男の影響か?ガブ?女がタバコ吸い始めるのは9割男の影響って聞いたことあるぞ」

「ほんとにデリカシーないなー!そういうルーくんは女の趣味180度かわってんじゃん!あたしがあんだけ銀髪について熱弁を振るったのに何一つ理解しなかったルーくんがまさか銀髪幼女誘拐犯の正体だったなんて!びっくりだよ!羨ましい!」

「おい、人聞きの悪いこと言うなよ!」


 ……ん?う、羨ましい?


「あたしは好みの子を連れ去りたい衝動に駆られても我慢してるのに……ルーくんはついにその一線を越えたんだね……」


 越えてない。そもそもそんな衝動に駆られたことがない。


「……前言撤回。お前全然変わってねえな。俺はお前みたいな変態じゃねえよ。護衛だ護衛。タルトから依頼を受けて護衛してんだ今」

「護衛?嘘をつくならもっとマシな嘘つきなよ。すぐ敵に突っ込むルーくんが誰かを守りながら戦うなんてできるわけないじゃん。どれだけあたしたちがフォローしたと思ってるの?」

「人を理性の効かないバーサーカーみたいに言うのやめてくれる?俺は考えた上で突っ込んでたから。考えた上での行動だからあれ」

「余計ダメじゃん。そもそもタルトってその子のこと?ルーくんはその子が誰だか理解してるの?」

「知らない。そういう契約なんでね」

「なんか聞いててそんな感じはしたよ。仕方ないからあたしが教えてあげる。彼女は――」

「もういいじゃろルーカス。詰みじゃ。これだけ囲まれたらのう」


 タルトがガブの声を遮る。

 タルトの言う通り俺たちが相対しているのはガブだけじゃない、路地の前後2人ずつと屋根上にも2人、ガブ入れて合計7人が俺たちを取り囲むように立っていた。


「潮時じゃろう。ガブといったか、大人しく帰るとするからこやつには手を出すな。おぬしたちがわしの親から依頼を受けたようにこやつもわしから依頼を受けているにすぎん」


 こういう場に慣れているのかタルトの声は落ち着いている。


「あたしたちはあなたを連れ戻せとしか言われていないから、大人しく帰ってくれるって言うんなら願ったり叶ったりだよ~。もちろん!大人しく帰ってくれるならルーくんにも何もするつもりはないよ。あたしの部下をボコったのも不問にしたげる」


 あたしの部下?あの本気で殺しに来てた二人ガブの部下かよ、どおりで。

 いや、それより。


「おいタルト……いいのか?ロールス展望台は?魔導灯の一斉点灯は?」

「どちらにせよもう間に合うまい」


 まあ、たしかに……。

 多分魔導灯の点灯まであと20分もない。麓の受付まで行くので精一杯。どう考えても展望台の頂上までは間に合うわけがなかった。


「それに、最初に強いて言えばと言ったであろう。もともと見れぬなら見れぬでそれでいいと思っておったからの」


 声色”には”なんの未練も感じさせずそう言うタルト。

 だが、俺は知っている。

 こいつが嘘をつく時の癖を。

 タルトの右耳は、今この瞬間垂れ下がっていた。


「……大人に気を遣う必要はないんだぞタルト」

「気は遣っておらん。そもそもおぬしは子供じゃろう。精神年齢が」


 こいつ。


「まあ、流石にわがままが過ぎたの。おぬしにも迷惑をかけたルーカス」


 俺は自分が内心苛立っていることに気付く。

 精神年齢を子供扱いされたことにじゃない。この期に及んで身を引こうとしているタルトに、だ。

 なにがわがままが過ぎた、だ。なにがおぬしにも迷惑をかけた、だ。13のガキが中途半端に大人になろうとしやがって。

 俺は知っているはずだろう?

 別に望んだわけでもない力を持たされて、魔王討伐なんて背負いたくもない使命を背負わされてわがまま一つ言えなかったガキを。その時の気持ちを。


「おいブス!あんまり調子に乗るなよブス!」


 俺は苛立ちに任せてタルトを罵倒する。


「ぶ、ブス……?煽られた返しがブスとは、それではほんとに子供ではないかおぬし。しかもあんまり頭が良くないタイプの。呆れてものも言えぬぞ」

「お?なんだ?非モテポイントとやらは追加しなくていいのか?ん?」

「言われずとも追加じゃ!このボケ!」

「よし、これで非モテポイントが5溜まったな?無償でなんでも一つ願い聞いてやるよ」


 俺はタルトの肩に手を添えた。


「――っ!おぬし……」


 こいつがどんな立場の人間で、どんな思いで家出を決行したのかは知らないし、興味もない。

 それでも、ガキのわがまま一つ叶えてやれないで、なにが”なんでもする”だ。


「いいから言えよ。俺に何をお願いするんだタルト」


 少しの間があった。

 タルトは一度唇を結び、それから口を開く。


「……ルーカス、イエルナの魔導灯が一斉に点灯する光景を見せてほしいのう」

「ああ、まかせとけ」


 そんな俺とタルトのやり取りに待ったがかかる。


「待ってなに?その子供の夢を叶えるヒーローみたいな雰囲気!?なんかあたしたちが悪者みたいになってるけど、どっちかと言ったらあたしたちが正義側だからね!?親が心配してるから子供を連れ帰ろうとしてるだけだからね!?あたしたち!?」

「ガブ、お前いつからそんなつまらない女になったんだ?」

「つまるつまらないとかじゃないから!それに、さすがのルーくんも無理でしょ子供一人抱えながらここを突破するのは!仮に突破できても普通にもう間に合わないよ?あと10分でどうやってロールス展望台に行こうっていうのさ!大人しくその子を返して!」

「はあ、分かったよ。ったく」


 俺はタルトを抱き寄せ、腰を低く落とす。


「な、なにをするのじゃルーカス……」


 嫌な予感がしているのかタルトの頬を冷汗が伝う。


「返す……、返すよ」


 腰を落とした状態から魔力を下半身に集める。


「……そんなに」


 そして、俺は膝のバネを使って立ち上がりながら、腰を回転させ、


「返してほしかったらなあああああ!!」

「ぎゃあああああああああ!!!!」


 タルトを放り投げた!


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