王都の影
空気は、重かった。
張り詰めているわけではない。
だが、わずかに沈んでいる。
声を出せば、そのまま沈み込んでしまいそうな、そんな静けさがあった。
石造りの室内。
窓は閉じられ、外の光はわずかにしか差し込まない。
その中央で、一人の騎士が膝をついていた。
「……以上が、現地での状況です」
報告は、簡潔だった。
余計な言葉はない。
感情も、乗せていない。
ただ、事実だけを並べたもの。
それでも。
その内容は、あまりにも重かった。
「……」
誰も、すぐには口を開かなかった。
理解している。
だが、それを言葉にすることを、どこかで躊躇っている。
そんな沈黙だった。
やがて。
上座に座る男が、静かに口を開く。
「……間違いないのか」
低い声が落ちる。
問いというより、確認。
すでに答えを分かっていながら、それでも口にせざるを得ない、そんな響き。
「はっ」
騎士は、短く応じる。
「はっきりと、確認しました」
わずかな間を置いて、
「白に近い金の髪と、碧の瞳」
言葉を選ぶでもなく、ただ並べる。
「見間違えるはずがありません」
断定。
そこに、迷いはなかった。
「……そうか」
それだけが返る。
短い言葉。
だが、その裏にあるものは軽くない。
「……なぜ、あのような場所に」
別の騎士が、ぽつりと呟く。
誰に向けた言葉でもない。
問いであって、問いではない。
「……あの森に、踏み込んだのか」
別の声。
それもまた、責めるでもなく、ただ事実をなぞるように。
「許可した覚えはない」
静かに落ちる言葉。
強くはない。
だが、重い。
「……結果的に、そうなりました」
報告した騎士は、言い訳をしない。
事実だけを、そこに置く。
それ以上も、それ以下もない。
「……それで」
再び、先ほどの声。
わずかな間を置いて、
「もう一つの報告は」
室内の空気が、わずかに変わる。
誰もが、それを待っていた。
そして同時に、聞きたくはなかった。
「……人影を、確認しました」
報告する騎士の声は、変わらない。
だが、ほんのわずかにだけ、間が長くなる。
「人影?」
誰かが、繰り返す。
確認するように。
あるいは、それが何であるかを探るように。
「……断定はできません」
騎士は、そう続けた。
逃げているわけではない。
だが、言い切らない。
言い切れない。
そんな言い方だった。
「見たままを言え」
短く促される。
圧はある。
だが、それもまた抑えられている。
「……黒い影のような男でした」
言葉が、落ちる。
それだけで、十分だった。
「距離は取っていたはずです」
「ですが……気づいたときには、すぐそこに」
一拍。
呼吸が、わずかに乱れる。
それでも、言葉は崩れない。
「……目が、合わなかった」
沈黙。
「合わなかった、とは」
静かな問い。
「こちらを見ているはずなのに」
騎士は、わずかに視線を落とす。
思い出すように。
確かめるように。
「……視線が、成立しない」
言葉にした瞬間、それがどれだけ異常かが、逆に際立つ。
「……」
誰も、すぐには何も言えない。
理解できないわけではない。
だが、理解したくない。
そんな沈黙。
「……敵意は、ありませんでした」
騎士は続ける。
それは、安心させるための言葉のはずだった。
だが。
「ですが」
その一言で、全てが覆る。
「……近づいてはいけないと、そう思いました」
理由はない。
説明もない。
ただ、そう感じた。
それだけ。
だが、それが何よりも強い。
再び、沈黙が落ちる。
誰もが、それを受け取っていた。
言葉ではなく、感覚として。
やがて。
「……王子は」
低い声が、静かに響く。
「確かに、存在している」
それは、事実。
否定できない現実。
そして。
わずかな間。
「だが——」
その先は、続かなかった。
誰も、言葉を継がない。
継げない。
理解してしまったからこそ。
あえて、言葉にしない。
そのまま、沈黙だけが残る。
王子は、いた。
だが——あれは、何だったのか。
その答えは、誰も口にしなかった。




