夢の続き
夜は、静かに更けていた。
小屋の中に灯る明かりは小さく、頼りない。
だが、そのわずかな光さえも、やがて意識の外へと沈んでいく。
簡素な寝台の上に横たわるリオの寝息は浅く、穏やかだ。
その傍で、男は壁に凭れたまま、目を閉じていた。
眠っているのか、そうでないのか。
外から見ただけでは分からないほどに、その呼吸は静かだった。
やがて。
意識が、沈む。
***
暗い。
だが、完全な闇ではない。
どこからか、光が差している。
それははっきりとした光ではなく、輪郭を持たないまま、空間全体に滲むように広がっている。
その中に、誰かがいた。
白い布が揺れている。
風はない。
それでも、確かに何かが揺れている。
ゆっくりと、こちらを向く誰か。
顔は見えない。
見えているはずなのに、輪郭だけが曖昧で、そこにあるはずのものが掴めない。
ただ──そこにいるという感覚だけが、はっきりと残る。
(……)
懐かしい。
理由は分からない。
だが、その感覚だけが先にあった。
知っている。
そう思う。
けれど、思い出せない。
その矛盾だけが、静かに胸の奥に沈んでいく。
その人が、手を伸ばした。
細く、白い指。
こちらに向けて、ゆっくりと。
(……)
この手を伸ばせば、届くはずの距離。わずかな差。
だが、そのわずかが埋まらない。
近いのに、遠い。
触れられるはずなのに、触れられない。
距離ではない。
何か別のものが、そこにある。
(──)
口が動いている。
何かを言っている。
だが──聞こえない。
音がない。
声だけが、存在しない。
言葉は確かにそこにあるはずなのに、それだけが切り離されたように、届かない。
(……)
聞き取れない。
それでも、分かる気がした。
意味でも、言葉でもない。
ただ、“何かを伝えようとしている”という感覚だけが残る。
手が、もう少しだけ近づく。
指先が、触れそうになる。
その瞬間。
わずかに、温度を感じた。
確かに、そこにあった。
だが。
次の瞬間には、離れていた。
(……)
届かない。
掴めない。
何もできない。
引き止めようとする。
なのに、体が動かない。
ただ、見ていることしかできない。
その人が、わずかに微笑んだように見えた。
確かではない。
輪郭は曖昧で、表情もはっきりとは見えない。
それでも、そう感じた。
そして。
その手が、離れていく。
ゆっくりと。
引き止めることもできないまま。
光が、強くなる。
白く、滲む。
輪郭が崩れ、その人の姿が光の中に溶けていく。
消えていく。
(……)
視界がぼやける中で。
最後に残ったのは、わずかな温度だけだった。
***
「……」
視界が、ゆっくりと戻る。
目の前には、見慣れた小屋の天井。
暗い。
だが完全な闇ではない、夜の静けさがそこにある。
体は、動かない。
いや——動かそうとしていないだけかもしれない。
呼吸だけが、ゆっくりと戻ってくる。
「……ゆ、め……」
夢を見ていた。
そう理解するまでに、少し時間がかかった。
残っているのは、断片だけ。
光。
伸ばされた手。
そして——届かなかった感触。
「……」
思い出そうとする。
だが、形にならない。
掴めないまま、指の隙間から零れ落ちていく。
わずかに、息を吐く。
理由は分からない。
だが、胸の奥に、何かが残っている。
感情のようでいて、名前のつかないもの。
懐かしいような。
それでいて、どこか遠い。
「……」
ゆっくりと、視線が横へと向く。
そこにいる。
同じ空間にある、もう一つの気配。
簡素な寝台の上で眠る、いつの間にか住み着いた存在。
ここ数日で、見慣れてしまったはずの光景。
変わらないはずのそれ。
だが——ほんのわずかに、違って見えた。
理由はない。
ただ、そう感じただけだった。
(……)
思考は、続かない。
考えようとしても、霧のように消えていく。
残るのは、感覚だけ。
それ以上を掴もうとはしない。
する必要もないと、小さく息を吐く。
そして、再び目を閉じた。
***
夜は、静かに続いている。
だがその静けさの中に、わずかな温度だけが残っていた。




