15.番の刻印
場に残された刺客の呻き声と、ざわめきだけが、なお微かに耳に残っていた。
ダリルは、滲む意識の中で、肩口に疼く痛みと、抑えきれない熱に苛まれていた。
肺の奥が焼けるようで、胸の鼓動が暴走している。
視界がぼやけ、思うように手足に力が入らない。
一瞬、身体がふっと浮いたような感覚。
薄れゆく視界の隙間で、何かが揺れているのが見えた。
──運ばれている……?
ぼんやりと顔を上げると、視界の端に金の髪が映った。
ロデリックだ。
血と煙のにおいの中、彼の腕の中に抱えられ、控室へと運ばれているのだと気づいた。
(……どうして、俺は……)
かすれた疑問が心の奥に浮かびかけたが、喉からは何も声が出なかった。
銀鎖がかすかに鳴る音が、鼓膜の奥で響く。
指先がわずかに動こうとしたが、その前に、意識は静かに闇へと沈んでいった。
ダリルはソファに横たえられ、汗に濡れた礼装の襟元を無意識に掴んでいた。
身体が焼けるように熱い。
薬剤によって引き起こされたヒートが、前回とは比べものにならない勢いで苛んでいる。
ロデリックは医師を呼びに出したエドガーの戻りを待ちながら、膝をつき、ダリルの側に座っていた。
「……ダリル」
低く静かな声が、深く響く。
ダリルは震える手を伸ばし、ロデリックの礼装の袖をぎゅっと掴んだ。指先から伝わる布地の感触とともに、αの濃厚な匂いが肺を満たし、抑え込んでいた理性が脆く崩れかける。
「……頼む……俺から……選ばせてくれ」
かすれ、掠れるような声が弱々しく響く。
「俺は……もう……誰かに、押しつけられたくない……」
震える唇から紡がれる言葉に、ダリルの切迫した感情が滲み出る。
「……俺が……俺自身で……選ぶんだ」
ロデリックの瞳が静かに揺れた。迷いと戸惑いが、その金色の目に微かに影を落とす。
「お前は……本当に……」
迷いの狭間で言葉を探すロデリックに、ダリルは震えながらも必死に顔を上げる。目には涙が溢れ、熱に赤く染まった頬が羞恥と決意で彩られていた。
「……あんたが、番でなかったとしても、きっと俺は……」
涙で潤んだ瞳に微かな笑みが浮かび、その唇がかすかに震える。
「──今だけは、俺に選ばせてくれ」
震える指で血に濡れた礼服を剥ぎ取ると、細く白い身体が露になる。
ロデリックの息が、一瞬、止まった。
視線がダリルの肌をゆっくりと辿る。微かに震える彼の肩、熱を帯びた肌、微かな汗のきらめき、そして痛々しく生々しい傷。
その瞬間、ロデリックの指先がわずかに震えた。
触れたい──だが、本当にいいのかと戸惑う微かな逡巡。
しかし次の瞬間、その戸惑いを振り切るように、ロデリックの指が優しくダリルの肌に触れる。
「……っ」
触れられた瞬間、ダリルはかすかに身体を震わせ、息を飲んだ。
抱き寄せるように強く、けれど優しく腕が回され、ダリルの首筋に温かな唇が触れる。
静かな吐息が肌を撫で、ぞくりとした甘い感覚が背筋を這う。
その瞬間、黄金の牙がそっと肌に触れた。
深く、しかし確かな優しさと強さをもって、牙が肌を貫く。
「……っ……!」
甘く鋭い痛みが身体中を駆け巡り、ダリルの神経を貫く。
血とフェロモンが絡まり合い、心臓が激しく脈打った。頭の中に真っ白な閃光が走り、身体中が痺れるような感覚に包まれる。
世界が雷鳴のように揺らぎ、次第にすべてを覆う柔らかな闇が優しく迫ってくる。
ダリルは、ロデリックの腕の中でその闇に静かに沈んでいった。




