表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/19

11.鎖の中の誓い

 ロデリック・フォン・ヴェステンベルクの元に、宰相派からの密書が届いたのは夜の帷が降りた後だった。

 届いた密書に差出人の名は記載されておらず、ただ、重々しい黒の封蝋と細密な筆跡は、それがただの愚民の落書きではないことを雄弁に物語っていた。


 ──敵国のΩを私邸に匿う行為は、帝国の法と忠義に反するものなり。

 ──民は不安に騒ぎ、兵は忠誠を試されている。

 ──速やかなる処置を以て、あなたの忠誠心を証明されよ。


 ロデリックはその文面を一読するなり、無言で紙を火にくべた。

 密書はぱちぱちと小さく燃え、跡形もなく灰となる。

 その姿を背後で見ていたエドガー・レオンハルトは軽く眉を寄せた。

「……今後、表立った動きがあるやもしれません」

「構わん」

「しかし、閣下。宮廷内ではすでにダリルオメガの引き渡しを要求する動きが──」

「構わんと言った」

 短く、重い声だった。

 だが、ロデリックの内心に、波がないわけではなかった。

 誰よりも忠義を重んじ、帝国の剣として生きてきた自分が──今、国家の求める正しさと、ただ一人の存在を天秤にかけられている。

 あの夜の声が、ふと脳裏をよぎる。

『……誇りを捨てるな。それだけが、国を生かす』

 その言葉は、自分に対しても同じく重くのしかかってくる。

 ──誇り。

 その言葉を吐いたのは、他でもない自分だ。

 帝国に対するものか。 それとも、銀鎖に繋がれたあの瞳に宿る誇りか。

 彼に背を押すつもりだった。

 自ら選んで立てと告げた。

 なのに──自分は、まだその手を伸ばすことすらためらっている。

 護るという名の鎖を、己の手で絡めていないか。

 番だと信じるのは、赦しになるのか。

 縛りではないと言い切れるのか。

 ロデリックは、掌の上に残る火のぬくもりを握り潰すようにして、静かに席を立った。



 その日、廊下を通る使用人たちの動きが、どこかいつもと違っていた。

 ダリルは窓辺で剣を磨いていた手を止め、耳を澄ませる。

 ざわめき。

 焦った足音、囁く声。

 普段は沈黙に覆われている屋敷に、異質な気配が流れていた。

(……何だ?)

 窓の外を見れば正門の先には、見慣れない馬車が一台、止まっているのが見える。

 銀鎖が、ぎり、と軋んだ。

 胸の奥で、かすかに不安が揺らいだ。

 部屋の扉をノックする音が響いたのは、朝食を終えたすぐ後だった。

「……エドガー・レオンハルトです。少しだけお時間を」

「開いてる」

 扉が静かに開き、エドガーが慎重な足取りで入ってくる。

 いつもと変わらぬ態度だったが、その眉間にはわずかな緊張が刻まれていた。

「──本日、館内は少々騒がしくなる可能性があります。……閣下より、ダリル様は当面、部屋から出ないようにとのご指示です」

「……理由は?」

 ダリルの声は静かだった。

 だが、目は鋭い。

 エドガーは一拍の間を置いて、言葉を選ぶように答えた。

「……宰相派より、少し過激な意見が上がっておりまして。閣下も今朝から対応に追われておいでです」

 過激な意見──それが、何を意味するかは語らない。

 ダリルは息を吐いた。

 それ以上は聞かず、ただ「わかった」と短く返す。

「……ご不便をおかけします」

 エドガーは丁寧に一礼し、部屋を後にした。

 扉が閉まる音。

 すぐその後、廊下の向こうから不意に声が聞こえてきた。

「……処分って、本気で言ってるのか?」

「さあな。でも、深夜に届いた文書に書かれてたって話だ。あの方──獅子殿下の番になるかもしれないって……」

「しっ、聞こえるって!」

 声はすぐに遠ざかっていく。

 部屋の中は静かだった。

 だが、ダリルの中には、静かではいられないものが渦巻いていた。

 ──処分。

 それは命を奪うことだけではない。

 意志を奪い、誇りを殺し、誰かの物として扱われるということだ。

 生きながらにして、心を殺されるということだ。

 銀鎖が、膝の上で軋んだ。

 歯を食いしばる。

 ロデリックが何を言おうと、何をしてくれようと──その全てを信じて委ねるほど、もう自分は無垢じゃない。

 結局、逃げ場なんて最初からなかった。

 ならば、どう生きるか。

 どう戦うか──。

 誰に背を向け、誰に立ち向かうか。

 誰の番になるか──ではなく、この誇りを誰の前で貫くのか、誰にも汚させないのか──。

 ダリルは立ち上がると窓辺に歩み寄り、鉄格子の向こうにある空を見上げる。

 高い帝都の空は、どこまでも冷たく、どこまでも遠い。

 それでも──その空に、目を逸らさずに立っている自分がいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ