〈第28話〉瘴気と幽霊と
不意に、背後から巨大な光が発せられた。
「……へっ?」
振り返った瞬間、視界すべてが真白に染まる。
あまりにも唐突で、何かが見えたと思った時にはもう遅かった。
何かが飛んできたとか、そういう認識を挟む余地すらない。
ただ、世界そのものが一瞬だけ白く塗り潰された。
「――」
熱いなんて、生易しい。
皮膚そのものを内側から焼き剥がされるような熱量。
瘴気を纏っていたはずの身体が、まるで紙切れみたいに押し退けられていく。
「いっ…!?」
何が起こったのか理解するより早く皮膚が裂け、焼かれ。
それが何なのかを確認する余裕すらない。
押し出された勢いのまま、身体が地面へ叩きつけられた。
「ごぼぼぼぼぼっ!?」
勢いよく顔から土へ突っ込む。
砂利が頬を擦り、口の中へ大量の土が入り込んだ。
「ペッ、ペッ…!」
咳き込みながら身体を転がす。
喉の奥へ入った砂を無理やり吐き出し、どうにか四つん這いになった。
「(……今の、何…!?)……!」
周りを認識した直後、反射的に横へ飛ぶ。
すると直前までいた場所へ、何かが突き刺さった。
地面が爆ぜ、続けて二本、三本と視界の端から黒い何かが落下してくる。
空から降ってくるのは、半透明の黒い槍。
「っ……!」
考える暇などなく、身体を捻る。
一本目を躱し、次に頭を逸らす。
頬を掠めた黒槍が、背後の木を貫いた。
さらに一本に対しては、地面を蹴って横へ飛ぶ。
着地した瞬間、足元へ突き刺さった槍が灰色の大地を深々と抉った。
まるで雨としか表現できない黒い槍が、空から無数に降ってくる。
「(……どうして?違うじゃん…)」
迫る敵意を避けながら、頭を回す。
今の光、あの攻撃は明らかにおかしく、正確には知っているものと違っている。
少なくとも、あれは僕が知っている物語とは、逸脱した現象そのもの。
「(違うなら…)」
『知識として知っている』ことが、自分が誇れると断言していいもの……のはずだった。
多少原作と違うところがあっても、自分が介入したことで展開が変わっても、物語の根本では変わらないものはある。
それらの内の一つが、物語にある『ルール』そのもの。
「やっぱり、おかしいじゃんか……」
骸霊の術印そのものに、僕の知らない応用があるとしても、今の攻撃だけどうやっても説明がつかない。
仮に僕が知らなかっただけで、原作では描写されなかったものや、設定だけ存在していたもの。
でも、考えれば考えるほど、嫌な可能性の方が頭の中で膨らんでいく。
「なんでさ……」
目の前には異質な気配を宿す黒霊。
ローブの下はモヤのように黒く染まり、顔面であろう部分には、目の形に渦巻く赤い光。
その赤い光が、じわりとこちらへ向けられる。
「骸霊が…」
佇まいは静かだけれど、そこにいるだけで森そのものが息を潜めているように感じる。
木々の隙間から差し込んでいた光すら、黒霊の周囲だけは妙に薄い。
風はないのに、黒い輪郭だけがゆっくりと揺れている。
まるで影そのものが意思を持って立っているかのように。
「『骸霊の術印以外』を持ってるの!?」
言葉と同時に、再び状況は激しく動き出す。
身体からは、触手めいた黒い魂が鋭くしなりながら無数に伸びてくる。
「(……『どっち』?)」
隙間を縫って回避。
この異常の可能性には様々あれど、今は意識は目の前に向け続け、その場から距離を取った。
まだ、無事だった周囲にいた木々も次々と崩れ、砂のように砕け散る。
崩れ落ちる灰の中から漂う黒い粒子が、ゆらゆらと黒い霊に吸い寄せられていく。
「(……メル、見てる?)」
走りながら、意識の端で呼びかける。
返事はすぐにはなかった。
ほんの数秒、それだけの沈黙だったけれど、今はその僅かな間すら妙に長く感じられる。
目の前にいる黒霊は、僕たちが知っている骸霊の長とは噛み合っていない。
これはメルだって感じ取っているはずだった。
「(……ああ。)」
やがて、低い声が返ってくる。
短く、いつものメルらしい返答。
「(よかったー。)」
思わず小さく息を吐く。
返事が来なかったらどうしようなんて考えていたけど、やっぱり杞憂だった。
「(まだ断定はできないけどー……どっちかはいるね、多分。)」
「(………)」
メルから返事はない。
小さく息を吐きながら、指先で自分の頭をコツコツと軽く叩く。
「(ということで!近いうち、有事の際は君の烙印使うからね!?)」
「(分かってる……)」
相変わらずの即答だった。
その言葉を聞いて、思わず口元が緩む。
「はは!言質はしっかり取らせてもらったよ!」
口から出た言葉とは裏腹に、森は静かだった。
荒れ狂っていたはずの空間が、まるで何かに喉を締め付けられたように沈黙している。
風はなく、それでもすでに視界のほとんどを覆う灰だけが、地面からゆっくりと舞い上がっていた。
白とも灰ともつかない粒子が宙を漂い、吸い寄せられるように森の奥へ消えていく。
「…………」
さっきまで遠くにいたはずのものが今はもう、すぐそこまで来ているような不思議な感覚だった。
その中心にいるのは、あの黒霊。
姿は見えず、明確な気配もないのにこっちを見ていることは分かる。
『自分の手で、禁忌を始末する。』
そんな明確な殺意が、姿の見えない影の向こうから滲み出していた。
「(……来るかな?)」
独り言に近い呟きが溢れる。
視線は、未だ何もない森の奥へ向けたまま。
そして、ゆらりと黒い影が迫ってきているのが見えた、その瞬間だった。
「……!」
再び地面が爆ぜた。
足元から伸び上がった黒い槍を、身体を捻って躱す。
同時に、背後から迫っていたもう一本を腕で弾いた。
けれど、弾いたはずの槍は空中で軌道を変える。
「うわっ!?」
咄嗟に身を伏せると、すでに眼前まで迫っていた黒霊の身体から、無数の黒い何かが弾けた。
触手となった黒い魂が地面を這い、枯れた木々を薙ぎ倒しながら一斉に迫ってくる。
伸びてきたその内の一本を掴み、突き出された触手の勢いに任せたまま後方へ身体を持って行こうとした。
「……っ!?」
けれど、身体の動きは空中で静止したように急ブレーキがかかる。
瘴気越しの足首に、何かが絡みついた感覚。
「ぐっ…!」
ぐんっと身体が引かれる。
そのまま地面へ叩きつけられる寸前、両手を突いて勢いを殺す。
けれど、それで終わりじゃなかった。
足に絡みついた黒い魂が、蛇のように蠢きながら一気に身体を這い上がってくる。
「ちょ、待っ…!」
右腕、左腕から伸びてきて胴。
次々と黒い魂が巻き付き、瘴気に蝕まれながらもこっちの身体の自由を奪っていく。
振り解こうと力を込めるけれど、びくともしない。
「(っ……こんな、無理矢理…!)」
伸びてくる触手によってすでに身体の大部分を縛られた。
まだ完全に動きを止められたわけじゃないけど、少しずつ封じられていく。
黒霊が、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。
「……」
赤い光が、じっと僕を見下ろしていた。
その姿からは、焦りも怒りも感じられない。
ただ、確実に殺す。
それだけの意思が、異様なほど静かに伝わってくる。
「(……動けない。)」
温度も感じない触手が首下を通過し、眼下まで迫ってきた瞬間。
ゆらりと手を僕の方へ伸ばしてきた黒霊の身体が、ほんの僅かに揺れた。
「……あれ?」
何かを感じ取ったような反応。
けれど、それは僕に向けられたものじゃなかった。
森の奥、そこから速く、微かな気配が近づいてきている。
「……!」
森を撫でる風よりも小さいもの。
まだ灰が舞う音にすら紛れてしまいそうな気配。
けれど、それを感じ取った瞬間、黒霊が初めて僕以外に今までと違う明確な反応を見せた。
その姿勢が変わったわけじゃないのに、黒い身体はぼんやりと揺れる。
「……僕の声、君に聞こえるんだっけ?」
黒霊の意識が、今まで僕だけに向けられていた殺気ごと、ゆっくりと別の方向へ流れていく。
その黒霊に対して、思わず笑みを漏らしながら言葉を投げかける。
この気配について、僕はよく知っていた。
そして、骸霊たちにとっても何よりも嫌う存在そのもの。
「実はもう1人ねー、ここにはいるんだー…」
次の瞬間、森の奥から空気を引き裂くような異質な気配が一気に膨れ上がった。
地面が鈍く鳴り響き、黒霊の立っていた一帯が轟音と共に崩れ落ちた。
地面そのものが、そこだけ別の世界に引きずり込まれたように沈んでいき、枯れ木が根元から砕ける。
地面も、木々も、残された瓦礫もまとめて押し潰されていった。
まるで世界の一部分だけが、乱暴に握り潰されたようだった。
「君が嫌う、禁忌の術印使いがさぁ!?」
静かだった森が、一瞬で戦場へ戻った。
崩れ落ちた地面の底から、赤黒い瘴気が噴き上がる。
やがて無数の瘴気が針山のように大地を突き破り、黒霊がいた場所を縦横無尽に貫いていく。
空気が軋み、瘴気に触れた灰が音もなく消えていく。
直後、木々の向こうから何かが飛び出した。
「ぐっ……ぁっ!!」
低い咆哮と共に、舞い上がっている灰を蹴散らしながら、アベルが姿を現す。
その身体には、粘性を持った赤黒い瘴気がまとわりついていた。
まるで生き物のように蠢くそれが、腕から、肩から、背中から滲み出している。
そうして首筋の、いつもなら黒い包帯に隠されている場所から、淡い光が漏れていた。
その下に浮かび上がっているのは、禁忌の術印の紋様。
「いつまで、古城に居座る気なんだよ…!」
アベルの周囲には、すでに黒霊が群がっている。
引き摺るように伸びた瘴気が地面を這い、迫り来る黒霊をまとめて絡め取った。
すると、黒い霊体が瘴気に触れた部分から崩壊していく。
「ハッ……ッ…!」
表情は術印の影響か、一歩踏み締めるたびに苦悶が濃くなっていく。
それでも、アベルは止まらない。
正面から迫ってきた黒い触手へ顔を向けると、噛みついた。
瘴気を纏った歯が黒い魂を噛み裂き、そのまま頭を振り抜く。
千切れた触手が黒い粒子となって弾け、アベルの左右へ散った。
その隙を逃さず、地面を強く踏み砕き、低く沈んだ身体が一気に前へ滑り込む。
「……ッ!」
足元を掠めた黒槍を跳び越え、そのまま宙へ。
一瞬だけ身体が浮くと視線の先には黒霊。
木々の間に佇む黒い影が、赤い光をこちらへ向けている。
着地と同時に地面を蹴り、さらに一歩、二歩詰めるごとに、距離が一気に潰れる。
「骸、霊ッ…!!」
黒霊の目の前まで迫ったアベルが、右腕を大きく振り上げる。
その腕を覆うように、赤黒い瘴気が噴き出した。
指先から伸びた瘴気が鋭く収束し、巨大な鉤爪へと形を変え振り下ろす、その瞬間だった。
「……!?」
視界の端を、白い光が横切った。
直後に空気そのものを引き裂くような衝撃が走り、アベルの身体が横から不規則に弾き出される。
本人も意識外の動きに、表情を大きく崩す。
「何、だよっ……!?」
振り下ろしかけていた腕が流される。
身体が宙へ持ち上がり、そのまま横へ数メートル吹き飛んだ。
けれど、アベルは空中で無理やり身体を捻り、片手を地面へ叩きつける。
土煙を巻き上げながら地面を滑り、どうにか勢いを殺す。
「っ……!」
顔を上げる。
その瞬間、二本目の光が迫ったが、今度は避けきれない。
横薙ぎに走った光の柱が、アベルの片腕を真正面から包み込んだ。
「お、前…!!」
白い光の中で皮膚が焼け、赤黒い瘴気が激しく弾ける。
アベルは無理やり腕を引き抜いた。
光を振り払うように身体を捻り、その勢いのまま地面へ転がる。
焼け焦げた腕から煙が上がっていた。
片膝をついた姿勢から、顔を上げる。
その目は、未だ黒霊だけを睨みつけていた。
「なんで……俺みたく、別の術印が使えてんだよ…!?」
術印の反動に身体を蝕まれながらも、アベルは立ち上がる。
低く身体を沈め、もう一度踏み込もうとした瞬間、幽霊の姿が消えた。
それだけでなく、周囲に群がっていた黒霊たちも、一斉に掻き消えていく。
「おいっ!待っ…!」
アベルが声を上げた瞬間、僕の身体を縛っていた黒い触手まで、糸が切れたように消滅した。
支えを失った僕の身体が、その場へどさりと落ちる。
「はい!すぐに術印解いて!」
引き止めるように声を上げる。
すぐに、アベルも自分の異常に気づいたようだった。
両手を地面につき、荒い呼吸を繰り返しながら、身体を蝕んでいた瘴気を消し去っていく。
「はぁ、はぁっ…!ゴホッ、ゲホッ…!!」
「わっ、大丈……」
膝をついて四つん這いになったアベルへ駆け寄った。
術印の反動がモロに出ているのが見て取れる。
すると、天を仰いで絶叫した。
「……あー!気持ち悪い…!意味分かんねぇもの、口の中に入れちまったぁっ…!!」
「あっ、そっちの心配?!」
思わず声を上げてしまった。
張り詰めていた空気が、その叫び声で妙な方向へ弛緩する。
アベルは四つん這いのまま、地面へ唾を吐き出す。
肩が大きく上下し、呼吸をするたびに喉の奥が引き攣るような音を立て、そのたびに口元から小さく咳が漏れている。
「うぉぇ……なんだよ、あれ…?!味とかないのに、口の中にべったり残るみたいな……今まで体験したことない感触だった…」
その顔面はすっかり青ざめていた。
さっきまで黒霊へ食らいついていた姿からは想像もつかないほど、今のアベルは心底げんなりしている。
「おおー、よしよし……味とか食感の詳しい話は、後で聞くよ〜…」
背中をゆっくり撫でながら、視線だけをアベルの身体へ滑らせる。
「(術印による外傷は、前よりも浅め…)」
禁忌の術印を解いた直後だというのに、以前見た時ほど身体のひび割れが広がっていない。
赤黒い瘴気が滲んでいた皮膚にも、致命的な亀裂は見当たらない。
呼吸こそ荒いものの、意識が飛ぶ様子もない。
術印の出力自体は、前に見た時とさほど変わっていなかった。
なのに、身体へ返ってくる負荷だけが明らかに軽くなっている。
「(……やっぱり、変わってる。)」
指先で背中を軽く叩きながら、内心で小さく息を吐く。
こうして目の前で結果を見せられると、少しくらいは意味があったのだと思える。
うん。
やっぱりあの時飴玉食べさせといて良かったかも。
「それにしてもさー……禁忌の術印、使ったんだね?」
アベルの隣へ膝を折る。
まだ荒い呼吸を続ける顔を覗き込みながら、なるべく軽い調子で問いかけた。
するとアベルは、ほんの僅かに肩を強張らせる。
「そ、それは仕方ないだろ…!?これ、こっちの意思とか関係なく勝手に…」
そう言いながら、目だけが露骨に泳いだ。
まるで、悪いことをした言い訳を探しているみたいだったけど、こっちとしては特にそこを突くつもりはない。
「ハハっ!いやいやぁ〜、別に責めてるわけじゃないよ!」
アベルの術印は、その状況にあったものが意識外からでも自動的に発動される。
今回、『魂』という通常の術印では対処のしようがない存在が相手だったからこそ、禁忌の術印が選ばれた。
だから、この発動自体は何もおかしくない。
問題なのは――
「……でもねぇ?」
笑みを浮かべたまま、ふと森の奥へ視線を向ける。
そこには、まだ黒霊が消えていった跡だけが残っていた。
風が吹いているわけでもないのに、灰がひとつ、ふたつと宙を舞う。
そして、その向こう側。
木々の隙間から覗く暗がりには、何かがまだこちらを見ているような、妙な感覚があった。
さっきの赤い光が、脳裏に蘇る。
骸霊の長はアベルを見て、そして明らかに警戒していた。
「もう、骸霊は……君に手を抜いてくれなくなったかもなー……って、思ってね?」
冗談めかした声音とは裏腹に、最後の言葉だけは妙に静かに森へ落ちた。
僕にそう言われると、アベルは瞬時に周囲の景色に視界を向ける。
今までの喧騒が嘘のように、森には何ひとつ動くものがなかった。
「はぁーー……なあ、ディオス…?あいつはなんで…」
ようやく呼吸を整え始めたアベルが、顔を上げる。
声にはまだ疲労が残っていたけれど、その目だけは違う。
さっきまでの気持ち悪さや術印の反動なんて忘れたように、アベルは森の奥を見つめていた。
そこにはもう、骸霊の姿はない。
それでも、焼け焦げた地面と無数に刻まれた黒槍の跡が、つい先ほどまでそこにいたことを物語っている。
灰の向こうには、白い光に焼かれた木々が並んでいた。
「あぁ〜……あの光のこと?」
僕もその視線を追いながら答える。
すると、アベルはすぐにこちらへ顔を向けた。
「そうだ、それ!俺みたく術印を複数使えるのかよ、厄印の長は…!?」
「いや、『使えない』よ?」
「はっ……?」
「……少なくとも、僕の知っている骸霊の長はね?」
迷いなく答えたせいか、アベルが気の抜けた声を漏らした。
その表情を見ながら、僕は軽く肩を竦める。
「普通は、使えないはずだよ。ひとつの存在が複数の術印を持つなんて、特殊なケースだから……君だって、そう言われてきたんじゃない?」
「そう、だ……そうだよな…」
指先で地面に残った黒い煤をなぞる。
触れた途端、乾いた灰がさらさらと崩れ、風もないのに僅かに舞い上がった。
「それに……僕の知っている骸霊の長は、最後まで自分の術印一本で動いてたからね?」
言葉を切る。
森の奥には、まだ白い光の残滓が残っていた。
「(なのに……なんで、よりによって君が…)」
木々の間を漂う灰の一部が、そこだけ淡く照らされている。
黒霊が消えた後だというのに、その光景だけが妙に鮮明だった。
「じゃあ、なんで……」
アベルの声が低くなる。
「骸霊は『これ』を……」
そう呟きながら、アベルは自分の手のひらを見つめた。
掌には、まだ僅かに赤黒い瘴気の痕跡が残っている。
その指先が、何かを確かめるような仕草で握られた。
「(そっか、アベルなら!)」
僕もその手を見つめる。
何が見えているのか僕からは分からないけど、アベルは自分の未知の術印に触れることで、それが何なのか分かる。
少なくとも、僕には見えないものまで知ることができた。
「…………」
僕も改めて、頭の中で状況を整理する。
骸霊の長と対峙してから、明らかにおかしなことが二つ起きている。
一つ。
瘴気を纏った攻撃が、幽霊の身体に触れられることなく透過した。
二つ。
骸霊の長は、あの『光』を使った。
どっちも、僕の知っている骸霊には存在しない性質だった。
「(いや……)」
考えがまとまらないけど、掠めるものはある。
もし、あれが術印によるものだとしたら。
「(けど、それって…)」
そして、この二つを同時に説明できるものは……
「コレ……」
不意に、隣から声が落ちた。
さっきまで荒かった呼吸も、いつの間にか止まっていた。
そして、じっと虚空を見つめるように一点を見ている。
まるでそこに残っている何かを、必死に確かめるように。
「アベル?」
もう一度呼びかける。
すると、ゆっくりと顔が上がった。
その表情には、さっきまでの疲労も、嫌悪感も残っていない。
ただ、困惑だけがあった。
「な、何なんだよ……」
掠れた声のまま、言葉を口にした。
「『陽光の術印』、って……」
「!!」
その瞬間、頭の中で散らばっていた二つの異常が、ひとつの形に繋がった気がした。




