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裏世界の牢獄にて  作者: Navi
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〈第29話〉最適解が最善とは限らない


 ーー陽光の術印。


 それは、厄印とは正反対の性質を持つ術印。


 幽霊や瘴気といったものに対して効果を発揮し、その身を構成するそのものを焼き払う。

 扱える存在に関しては、その有効性に反して少ない。


 だからこそ……


「「……!」」


 空気が振動すると、森の奥に眩い光が走る。

 次の瞬間、巨大な光が僕らの目の前を白く染め上げた。


「っ…!?」


 刹那、アベルが反応するよりも早く、その身体から眩い光が迸った。


 けれど、本人の意思など関係なかったように見える。

 袖のしたの術印がひとりでに輝き、集められた光が、目の前へ向けて放たれていった。


 互いの光が正面から衝突し、生じた風圧で身体が後ろへ持っていかれそうになった。


「(おおっ…!これ、もう使えるんだ!?)」


 光同士が激しくぶつかり合い、咆哮のような轟音と突き抜ける衝撃波が立て続けに襲いかかる。

 思わず目を細めながらも、その光景を凝視した。

 光が消え去った後、余波によるものか崩れる黒霊の姿が目に入った。

 

「効い、てる…?陽光……光を操る…」


 それを見たアベルがひとりでに小さく言葉をもらす。

 押し寄せていたはずの群れが、光に触れた瞬間、その身体を大きく揺らしている。

 だけど、その向こう側から新たな影がいくつも飛び出してきた。


「いい、アベル!」


 さらに逆方向、目の前から幽霊たちと四方八方から襲いかかってきた。

 すぐに肩を手の甲で叩き、再び意識をこっちへ向けさせる。


「陽光(それ)は、禁忌の瘴気の他に存在する、幽霊達への有効打になる術印!」


「……!?それ、本当か…!?」


 アベルの表情が微かに晴れたように見えた。

 禁忌(あの術印)を使わなくても済むかもと思えるのなら、嬉しいに違いない。

 追加された術印の情報は、アベルにしか見えない。

 そのため、どこまで陽光の術印を扱えるかは未知数だけど、あの光を扱えるのが分かっただけでも大きい。


「……だからさ?まだ、行けるよね?」


 笑顔を向けてみせる。

 ここまでアベルを残していたのは正解だった。

 こうしてその変容を間近で見れるのは、やっぱりいい。


「あぁっ…!!」


 左右から迫っていた黒い槍を、瘴気で作った壁を弾き飛ばす。

 その隙間を縫うように、アベルの前方へ光が走った。

 眩い閃光が幽霊の群れを貫く。


「よしっ、通じるっ…!」


 アベルの声が響く。

 光に触れた幽霊の身体が大きく揺らぎ、その輪郭が崩れていく。


「右から来るよ!」


「っ!」


 振り向いたアベルの前へ、触手が迫る。

 その瞬間、視界がまた勝手に輝いた。

 すると、アベルが手を伸ばすよりも早く、光が吸い寄せられて一直線に撃ち出される。

 焼き切れるように触手の先端が弾け飛んだ。


「本っっ当にありがたい術印だなぁ、これは…!」


「それが君の術印の一番の利点だからね!使えるなら、どんどん使い倒しちゃってよ!」


 アベルが駆けると、自分も反対側へと身を翻した。

 灰霊の波を弾き飛ばす瘴気の残滓が、アベルから放たれる光と交差する。

 互いの間に数歩の距離。

 その距離を挟み、無数の攻撃を何度も弾き、粉砕し、凌いでいく。


 一体を崩せば、その横から伸びた攻撃をアベルの光が撃ち抜く。

 アベルへ触手が迫れば、今度は瘴気がその根元へ絡みつく。


 僅かに遅れた一撃を、片方が補う。

 互いの死角を、互いの術で埋める。


「なぁっ…!陽光(この術印)は、本当にコイツらに有効打なんだよな…?!」


「もちろん!それは読者(僕)が保証するよ!」


「……じゃあ、だったら…」


 アベルの視線が、光に貫かれて崩れていく幽霊へ向けられる。

 その表情から、戦闘の焦りとは別のものが滲んだ。


「なんで、骸霊がそれを使ったんだよ…!?お前も、この状況は普通じゃないって…」


「それは……」


 ふと、森の中が暗くなった。

 雲によって日光そのものが遮られたのかと思った。

 そう思い、上へ視線を向けた瞬間、頭上から巨大な影が落ちていた。


「……!」


 木々の隙間を押し潰すように、樹木ほどの大きさの黒霊が地面を飲み込む。

 地面からぬるりと這い出したその身体は、いくつもの影が無理矢理ひとつに纏められたように歪んでいく。


「(これは……)」


 藍霊を思わせる風貌が、さらに歪に変動し続けている。

 渦巻く魂が暗い影の中からこちらを捉え、ぐるぐると浮遊していた。


「マジか……またコイツかよ…!?」


「(大きさは違うけど、藍霊(アレ)と同じ……けど、今は…)」


 巨大な腕が振り下ろされるのは、ほとんど同時だった。

 地面が爆ぜ、土塊と灰で形どられた木の枝が一斉に舞い上がる。

 衝撃に押し出され、視界が一気に二色に染まった。


「アベル!」


 叫ぶのと同時、視界の向こうで白い光が弾ける。

 次の瞬間、嵐のようにしなる腕が根元から吹き飛んだ。


「……!?」


 けれど、弾け飛んだ腕はすぐに側から吸収されるように引っ付く。

 加えて、引っ付いた腕が何十にも細かく裂け、周囲の空気など削り取りながら迫ってくる。


「嘘だろっ…?!」


「(これ……カバーし切れない…)」


 アベルが向かってくる攻撃に対して雨のように光を放つ。

 いくつかを消し飛ばすが、その隙間を別の腕がすり抜けてくる。

 足元から引き伸ばした瘴気が地面から噴き上がり、アベルへ届く寸前の触手を横から叩き落とした。


「おいおいっ…!?」


 だけど、そこで終わらない。

 今度は背後や足下の地面。

 上下左右のあらゆる方向から、黒い影が押し寄せてくる。


「(っ……いくらなんでも、こんな量…!!)」


 アベルが歯を食いしばる。

 術印によって放たれた光が、次々と触手を貫いていく。

 しかし、その背後の地面から這い出た触手が横薙ぎに迫った。


「後ろ……」


 僕の言葉が届くより前に、触手がアベルに届きかける。

 けれどその直後、アベルの首筋に禍々しい紋様が浮かび上がった。

 そうしては白い光が消え、代わりに黒い瘴気がアベルの身体を包み込む。


「っっ……!!」


 触手は瘴気に蝕まれながらも、アベルを振り抜く。

 その衝撃で身体が激しく横へ吹き飛ぶ。

 地面を何度も跳ね、剥き出しの岩へ背中から叩きつけられた。

 虚ろな瞳は、今の攻撃を緩和させても受けた衝撃の大きさを物語っている。


「っ……やだ…」


 ポツリとアベルが言葉を溢した直後、その背中から黒い瘴気が一気に噴き上がった。

 地面を這うそれが黒霊の足へ、そして周囲の触手へ絡みつく。


「やめ……」


 声が震え、引き攣った表情のアベルとは裏腹に、首筋の紋様は光を強めていく。

 その瞬間、瘴気が一気に膨張した。

 絡みついた幽霊たちをまとめて呑み込み、触手までも渦の中へ引きずり込んでいく。


 ……だけど。


「ぐっ、あぁっ……!!」


「(マズイ…!)」


 アベルの腕にも、同じ黒い痕が走った。

 皮膚が焼けるように赤黒く変色していく。


「ちょっ、大丈夫!?」


「ぁ……っ…」


 空からアベルへ迫る他の幽霊を瘴気で消し飛ばし、そのまま駆け寄る。

 ふらふらと立ちあがろうとしていても、力が入っていない。 

 漏れ出る声も、思っていたよりずっと細い。

 特にアベルの腕は、もう自分の意思で動かせるのかすら怪しかった。


「(本当、こういうところは融通が効かない術印だよ…!)」


 僕はアベルを背負い直す。

 この術印は、全てをアベル自身が意識して発動させているわけじゃない。

 触れて取り込めるものを集め、その時々の状況を読み取り、集めたものの中からアベルが最も生存に適したものを選び出す。


 そして、本人の意思なんて関係なく、それを発動する。

 『生き抜く』という、ただそれだけを目的としてこの術印に勝るものはほとんどない。


 どれだけ不利な状況でも、どれだけ追い詰められていても、その瞬間に生き残るための手段を術印が勝手に選んでくれる。


「(こんなの、本末転倒じゃんか…)」


 けれどその『最適』が、アベルにとって『最善』とは限らない。

 たとえ身体を蝕むものでも、死にかけるような術でも。

 アベル自身が『使いたくない』と願っていても。


 生き残るために必要だと術印が判断すれば、容赦なくそれを使う。


「……!」

 

 その瞬間、頭上から再び巨大な影が落ちてくる。

 反射的に横へ跳ぶと、僕らがいた場所を触手が叩き潰した。


 地面が大きく陥没し、見ると舞い上がった土煙の向こうで、巨大な黒霊がゆっくりと身体を蠢かせていた。


「うぐっ……もう動けるの!?」


 やっぱり、藍霊の時とはまるで訳が違う。

 物理的に触れることができないのは当然として、瘴気によって失った部分を補う時間があまりにも早い。

 黒霊は、まだ自分の身体の一部を蝕んでいた瘴気を切り離していた。


「(瘴気は、まだ機能してる…)」


 切り離された瘴気の一部が、地面の上でもなお黒霊の身体を蝕み続けている。

 つまり、アベルの術印はまだ効いている。

 そして、それを維持できているということは……


「……ぁ、ぐ…」


 背中からかすかな声が返ってくるけど、振り向かなくても分かる。

 声を聞くだけでも、もう限界が近いのが分かる。

 それでも、まだかろうじて意識はあった。


「(アベルから出た瘴気は使えない……)」


 周囲に残っている瘴気を見渡す。

 これを僕が使えれば、少しは時間を稼げるけれどそれは無理だった。

 禁忌の術印から生み出された瘴気は、使用者本人にしか馴染まない。

 僕が触れようとしたところで、同じようには扱えないものとして点在しているだけ。


「(……いけるかな…)」


 なら、ここに留まる理由はない。

 黒霊がこちらへ向かってくる。

 地面を這う触手が、ゆっくりと探るようにこちらへ伸び始めていた。


 まだ距離はあるけれど、魂の目でこちらを捉えている以上、逃げたところでそう長くは持たない。


「その場凌ぎにしかならなさそうだけど……一旦、離れるよ、アベル。」


 背負った身体が、僅かに揺れた。

 返事はないけれど、意識そのものが途切れているわけじゃないことくらいは分かる。


「(君が身体張ってまで禁忌の術印を使ってたのに…)」


 一度だけ息を吐く。

 そして、足裏から瘴気を広げた。

 黒い波紋が地面を這い、木々の根元を伝いながら周囲へ伸びていく。


「(禁忌の長(ヴォルティート)本人が使わないとか…)」


 口元だけが僅かに弧を作ったのを感じる。

 広がった瘴気が、今度は地面からゆっくりと浮かび上がった。


 黒い霧が幾重にも重なり、木々の間を縫うように空中へ昇っていく。

 やがてそれらが互いに絡み合い、空気そのものを包み込むように薄雲を形作った。


「……さすがに、笑えないよね?」


 言葉に呼応するように首筋の紋様が一際光り、空中へ張り巡らされた瘴気が一斉に脈打つ。

 空中に張り巡らされていた黒い霧が、爆発するように周囲へと膨れ上がった。

 木々を薙ぎ、地面を這い、舞い上がった灰や土煙さえも呑み込んでいく。

 飲み込まれたものは瘴気へと変わり、それが新たな瘴気となって周囲へ広がる。


「なっ……」


 瘴気に触れた黒霊の輪郭が、大きく歪んだ。

 次の瞬間には、その身体がドロリと内側から崩れ落ちていく。


 触手も同じだった。

 黒い霧に触れた先端から急速に腐り落ち、削り取られているように次々と朽ち果て、一斉に動きを止める。


 こちらへ伸びていた触手が引き戻される。

 そして、瘴気に触れることを本能的に避けるように、全ての幽霊たちは次々と地面の中へ潜り込んでいった。


「こ、れ……本当に、俺のと同じ術印かよ…?」


 背後から、アベルが小さく息を呑む音が聞こえてきた。

 周囲を満たす瘴気の流れも、その向こうで蠢く黒霊の輪郭も分かる。

 それでも、これを見てどんな表情をしているのか、逆にアベルの声には目を向けたくなった。


「どのくらい時間稼げるかわからないけどー……とりあえずコレ、今のうちに食べといて。」


 袖の中から転がり出てきた物体を、そのままアベルの口へ押し込む。


「むぐっ!?」


「あと、僕らの周辺には瘴気が来ないように調整するけど、一応目は閉じて呼吸も止めること!今撒き散らしてるものは、それくらい危険なものだから!」


「ん、んんんんっ…!?」


 モゴモゴと声が聞こえてきた。

 けれど、たった今自分の口の中に入れられたものの詳細について聞こうとしている気がする。


 まあ、気持ちはよく分かる。

 僕だって、説明もなしに得体の知れないものを口へ突っ込まれたら、同じような反応をするし。


「別の物語に行った時にお世話になった回復薬〜……味とかは保証するから、細かくして飲み込んじゃってよ?」


「っ………んぐっ…!」


 身体の強張りと一瞬の躊躇いの後に、こくりと飲み込む音が背後から聞こえてきた。

 嫌がらずに素直に指示に従ってくれるのは、こっちとしても有難い。


「あっ、効いてるねぇ……ふぅ、よかったぁ〜…」


 横目でチラリと腕を見ると、変色などが少しずつ治っていくのが見えた。

 黒い痕が走っていた腕の表面から、ひび割れのような影がゆっくりと退いていく。

 

「………」


 けれど、アベルから睨まれている気がする。

 『なんでお前がそんなに安心してる?』

 『……そんなものがあるなら、もっと早く使えよ…』 そんな声が聞こえてくるようだった。


「……?」


 自分の身体に起きている変化を確かめるように、腕を動かそうとすると、その動きに合わせて肩へ預けられていた重みがわずかに揺れた。

 目は閉じたままだから、何が起きたのか正確には把握できていないらしい。


「それね?その物語(世界)では外傷とか疲労を全回復させてくれてたんだけどさ……まぁ?この物語(世界)ではどうなるか、少し分かんなかったんだよねぇー…」


「んぐっ…?!んんんんん!」


 喋れないからか、背中を叩かれながら焦りが混じった唸り声が聞こえてくる。

 傷が大方治ったせいか、今度はかなり本気で背中を叩かれた。


「ま、まぁまぁ!本来の効力ほどではなかったにしろ、ちゃんとした効果はあったみたいだし、良かったよ!?」


「っ……ッ…!!」


 『それを先に言え!』

 『どうしてそんなものを今さら飲ませた!?』

 どう言いたいのかまでは分からなかったけど、どちらにせよ怒っていることだけは間違いない。


「でも、何も起きなくて良かったよ?別の物語のものって、時々想定と全然違うことが起きるから……無闇には使えないんだよね…」


「…………」


「ちょっ、痛い痛い!無言で叩いたりしないでよ…!?ちょっと扱い雑にしちゃったのは謝るからさ…?!」


 振り返りながらなだめつつ、アベルの身体の状態を確認する。

 傷は塞がりつつある。

 それでも、禁忌の術印が残した黒い痕は、ところどころ皮膚の下に沈んだままだった。

 まるで身体の奥に、まだ異物が棲みついているように。


「(さて……)」


 こうしている間にも瘴気は広がっていく。

 まるで全てを飲み込むような勢いの、無差別な侵蝕。

 片手を前へ向けたまま、瘴気の流れを探る。

 

「(……まだ地面の中までは、深く浸透しないね…)」


 地表はすでに瘴気に覆われている。

 けれど、その下にある土や岩盤までは、思うように侵蝕が届いていなかった。

 瘴気は地上を這うことはできても、地中へ潜るほど勢いを失っている。


 骸霊側も、それをよく理解している。

 だからこそ、地面の中からの攻撃を主なものにして魂を動かし、足元を崩し、死角を突く。


「……じゃあ、こうすればどうなるかな!?」


 時間がかかるなら、こっちから地面ごと消し去ってしまえばいい。

 周囲の瘴気を一斉に爆発的に膨張させ、地面の中にいるであろう魂ごと地面を抉り取ろうと手を上げる。


「……っ!?」


 しかしその直後、赤い閃光が走り、何かが視界を横切った。

 けれど、それが何だったのか分からない。

 突発的に吹き荒れた風に、瘴気が根こそぎさらわれると、まるで最初から存在しなかったかのように消える。

 耳の奥で、風の音だけがやけに大きく響いていた。


「………あれ?」


 さらに遅れて足から鈍い違和感が漂う。

 それに誘われるように視線を下に向けると、脛を中心とした半分に拳一つ分の空洞ができている。


 支えるために踏み出した足は、もう地面を正しく捉えられなかった。


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