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裏世界の牢獄にて  作者: Navi
22/25

〈第21話〉ラベルと再定義


「やっぱ……ずっと引っかかってんだよなぁ…」


「……?何がかな?」


 湖の開けた視界が背後に消え、再び木々に覆われた薄暗い森へと足を踏み入れた。

 湿った土と古い葉の匂いが鼻を突き、頭上では重なり合った枝葉が風にざわめいている。

 その歩調に合わせるように、アベルが重い口を開いた。


「いや……存在を消されたり、罪を反芻したり、そんな重い罰を受ける。そうやって裁かれるのが分かっていんのに、何でディオスの世界では罪人が絶えないんだ?」


「えーっと……そうだねぇ…」


 僕はしばらく顔に手を当てて、今までの経験などを交えながら考えてみた。

 行く先を見据える僕の視界を、木漏れ日が不規則に横切っていく。


「……1番の理由は、それを知っているけど、知っていても衝動には勝てない。ましてや知らないのなら、今の感情こそが全てってわけで…」


 これも、概念的な域となる死後の話。

 普段は考えもしないこの領域に、いきなり引きずり込まれたなら、そうなる。


「2人だって、自分の死んじゃった後のことなんて想像しないでしょ?」


「た、たしかにそうかも…?」


 フルドは足元の突き出た木の根を避けるように視線を逸らし、乾いた声を漏らす。

 意思とは無関係に出たというのが見て取れる。


「ふふ……なら、そもそも『何を持って罪人』と呼ばれるようになったんだろうね?」


「えっ…?」


 間を置かず放ってみたその問いに、空気が一瞬止まる。

 フルドから返ってきた声が、質問の突拍子さを物語っていた。


「い、いきなりだね…?」


「まーた、哲学っぽい話かよ……勘弁してくれ…」


 アベルは額を掻きながらそうぼやいた。

 吐息混じりの声には、冗談めかしつつも本気で困惑している色がにじんでいる。


「いやいやぁ〜……これ、多分さ?」


 その反応を見て不意に笑みが溢れた。

 けれどこの問いには、すぐには2人の反応は返ってこない。


「罪人の話っていうより、『罪』そのものの話なんだよね。」


「んなこと言われてもな…」


 しばしの間、黙々と歩く足音だけが、不協和音のように重なっていた。


「……まぁ、それこそ…」


 そして、アベルは重々しく口を開いた。

 自分でも納得しかねる答えを言葉にしながら、こっちの反応を探るように視線を送ってくる。


「お前が俺に話していた『感情』に起因するんじゃないか?というか、さっき罪を引き起こす原動力になるって、お前自身が言ってたことだしな…」


 そ声は低く響き、落ち葉を踏む音に混じって森の奥へ吸い込まれていった。

 木々の隙間から差し込む鋭い光が、眉間を白く飛ばしている。


「あっ、覚えててくれたんだね!」


「か、感情が…?」


 アベルの声に軽く言葉を返す。

 けれど、それに対してフルドは若干納得していない表情を見せていた。


「そ、そう言われても……僕はやっぱり『感情が悪い』って言い切るのも……違う気が、するし…」


「うんうん!フルドの言うことも、もっともだよ。」


 フルドが足もとを見つめながら答える。

 小枝を踏み折った音が、妙に乾いて響いた。


「……『罪』ってさ、本来は『結果に貼られるラベル』みたいなものなんだよね?」


 歩きながら、片手をひらひらと振って見せる。

 頭上の木々の隙間から光がこぼれ、指のあいだからちらちらと抜けていく。


「盗みをすれば罪人、人を殺せば罪人。煩悩を持ったり、とある世界じゃ『人は生まれながらに罪人だー』っても言うんだ?」


「……ん?それって、俺の…」


「う、生まれながら、って……そ、それってつまり、最初からダメってことなの…?」


 僕の言葉にフルドが眉をしかめる。

 吐き出す息が少し荒くなったように見えて、森の湿った空気がそれを強調した。


「その世界では、そうなるね。つまり、そこでは『行為』じゃなくて『存在』そのものが罪のラベルが貼られるってわけ。」


「こ、行為じゃなくて……存在そのものが…?」


 口に出した瞬間、どこかで鳥が羽ばたいた。

 言葉をあざ笑うように、羽音は森の奥へ消えていく。


「そして、倫理とかはまた違う。特に国とか思想とかってさ?『ここから先はダメ』って線を引かないと壊れちゃうんだよね…」


 指で空をなぞるようにして笑った。


「だから、縦長の構造を守るために『ここからが罪でーす』って線を引く……でもその基準は、時代とか文化でコロコロ変わるけどね?」


 その指先が光を遮るたびに、目の前に落ちる影が濃さを増す。


「……どう、面白いでしょ?同じ『罪人』でも、誰の視点に立つかで全然違うんだ。」


「で、でもだよ…?」

 

 フルドが、迷うように視線を伏せる。


「だ、誰かを傷つけた人だって、やっぱり最初から『悪人になろう』としてたわけじゃない……ことも、あるんじゃないかな…?」


 風よりも細く、けれど森の空気に確かに刻まれていく。


「もしそうなら、『罪人』って言葉で全部まとめちゃうの、少し怖い気がする……」


 一瞬の沈黙。

 葉擦れが埋め合わせるようにざわめいた。


「……そうだね。」


 フルドの言葉には、的を得ていた。

 自分がそれに該当していないかもだけど、そうなってしまった人たちを、よく知っている。

 

「今話したこと……全部まとめちゃうと、色んな世界で、罪人であることと罪人でないことが『同時に成立』しちゃう…」


 ぽつりと落ちた言葉に、森の中の空気がわずかに沈んだ。

 頭上の枝葉が風に揺れ、まだ暖かな熱を残した匂いがふっと漂う。


「赤子だって『生まれながらに罪人』なら無垢は存在しないし、逆に『罪人じゃない』って考えるなら、誰かを裁くことすらできない……そこに、悪意があってもなくても…」


 足もとで落ち葉がぱり、と鳴った。

 その音が妙に重たく響く。


「うーん……フルドのいう通りだよ!」


 改めてフルドに視線を向ける。

 両手を開いてヒラヒラと左右に振った。


「ほら!これって、歪さをつけば、ボロボロとおかしなところが出てくる!」


「え、えっと……」


「はぁ〜〜、やっぱり分っかんないな…」


 フルドの気の抜けたような声と共に、アベルがため息と共に吐き捨てるように言う。

 そうして立ち止まり、頭を抱えるように髪をくしゃくしゃとかき回した。


「……で、結局どっちなんだ?何が、結論なんだよ…」


 その声音には苛立ちよりも、理解できないことへの困惑が優っていた。

 これに対する答えは、物凄く単純明快なもの。


「………『どっちでもあるし、どっちでもない』?」


 肩をすくめてそう答える。

 軽い仕草に見えて、その裏に重い含みがあるのを二人は察していたようだった。


「消された存在にすら、罪という言葉を与える余地がなくなっちゃう、かな?」


「いや……待てよ。」


 僕の言葉にアベルが立ち止まった。

 そして、喉に引っかかったような違和感を吐き出すように言葉を続ける。


「…結局それ、『裁く側の都合』でどうとでも変わるって話にならねぇか?」


 静かに言葉が落ちる。

 枝葉を揺らした羽音だけが森に残り、その余韻が妙に長く耳に残る。

 まるで今の言葉を、誰かが聞き逃さなかったみたいに。


「そんな曖昧なもんで、お前って人を罪人扱いしてんのかよ…」


「あはは……その通り、になるかな…?」


 指を重ね合わせながらそう呟く。

 けれど、その答えにアベルは納得した様子を見せなかった。


 でも、当然だと思う。

 自分だって逆の立場なら、きっと同じ顔をしている。


「極端な話、『罪』っていうのは、誰かが『これは間違ってる』って決めた瞬間に生まれるものだからね?」


 湿った風が吹き抜け、枝葉がざわりと揺れた。


「世界が変われば常識も変わるし、時代が変われば善悪も変わる。昨日まで罪だったものが、今日には称賛されることだってある。」


 言い終わる頃には、風の音も消えていた。

 残ったのは三人分の呼吸音だけ。


「……じ、じゃあ、やっぱり滅茶苦茶じゃないの…?」


 フルドが言葉を詰まらせるように言う。

 その顔には戸惑いが浮かんでいた。


「そ、そんな曖昧なもので、『裁かれる側』は…」


 言葉の続きを探すように唇が震えている。

 けれど、うまく形にならない。


「うーん……そうだよねぇ…」


 これには否定はできなかった。

 いや、自分なんかには否定の言葉はない。


「でも、多分みんな……その『滅茶苦茶な曖昧さ』に耐えられないんだと思う。」


「……え?」


 フルドが顔を上げる。

 その反応を横目で見ながら、自分の指先へ視線を向けた。

 何かを掴もうとしているわけでもない、ただそこにあるだけの手。


「人って、『何が正しくて何が間違いか分からない』状態を、思ってる以上に怖がると思うからさ…」


 歩きながら、そんな自分の指先をぼんやり見つめる。


「だから、『線を引く』んじゃないかな?ここからは罪、ここまでは罪じゃないって。」


 指先の向こうで木漏れ日が揺れる。

 境界なんて存在しないはずなのに、光と影は綺麗に分かれて見えた。


「それが間違ってるかどうかは置いといて、そうでもしなきゃ、人って安心して生きられないから…」


 一瞬、沈黙。

 日差しが木々の間からチラチラと漏れ出る。


「つまりー……」


 そこで、僕は少しだけ肩をすくめた。


「だから人って、観測者次第で『罪人』にも『無罪』にもできちゃうんだよね!この矛盾も、結局は理解の外に放り出されるんだ〜…」


 曖昧に笑う僕の声に、短い沈黙が落ちる。

 枝の先から鳥が飛び立ち、羽ばたきの音がその沈黙を切り裂いた。


「な……何それ…!?」


「いや、こう、なんて言うか……バカみたいな結論だな…?」


「ハハハッ、まさにその通りなんだ!」


 2人が小さく鼻を鳴らしたり、驚いたりといった反応を見て、僕も軽快に笑ってみせる。

 そう、本当に理解できないものを、神は矛盾だらけで作り出した。

 だからこそ、罪人という存在も視点を変えれば、矛盾と歪な合理性を煮詰めたようなもの。


「だから、僕の世界の神は『感情を持って道理に反した』ことを犯した人間を、『罪人』と定義付けた。曖昧だった『罪』に、無理やり一本の線を引いたんだ?」


 指を突き立ててなぞるように横動かす。

 そして最後に、その先を自分につけつけた。


「そして、その該当者の1人が僕ってわけ!」


 僕の言葉に、二人は顔を一瞬だけ見合わせる。

 ほんの少し、互いの目の奥に不安と戸惑いが交錯した。


「ね、ねぇ……そ、それって、僕たちもって……こと…?」


 フルドの声が、震える空気の波となって届く。


「あー……それはー…」


 答えを返そうとしたけど、言葉が一瞬詰まりかける。

 出なかったというより、どこから答えればいいのか分からなかった。

 

 自分がこの世界を『物語』と言った時とはさらに違う、どんどんと境界が曖昧になる感覚。

 視界の端で、木々の輪郭が一瞬だけ、インクの滲みのようにブレた。


「たしかに、もっと外側の話をしちゃったら……その考えは繋がってる部分は、ある…」


 積み上げられた本の山を想像しながら、『世界の層』を解体していく。

 これは延々と続くような、終わりの見えないもの。


「でも、さすがにこれは〜……」


 フルドの言った通り、2人だけじゃなくて、この物語(世界)に存在する人たち全てに適用されるかもしれない。

 だって、その多層の先。


 一段、また一段。

 世界の外側を想像するたびに、足場が増えていく。

 誰かが物語を書く。

 誰かが読む。

 誰かが眺める。

 そのさらに上。

 そのさらに上。

 そのさらに上。


「………」


 見上げたわけでもなく、振り返ったわけでもない。

 それでも、確信だけはあった。

 気が遠くなるような入れ子構造のその先。


 読者(僕ら)は、そんな最前列の観客席の位置に居座っている。


「……いや、ごめん…」


 思考を振り払うように小さく首を振る。

 考え始めると駄目だ。

 どこまでも続いてしまう。

 世界の上に世界があって、その上にもまた世界があって。


 誰かの物語の上に、別の誰かの物語が積み重なる、終わりの見えない入れ子構造。


「……正確には、『適用されている』、かな?」


 口から零れたその言葉は、自分でも驚くほど軽かった。

 けれど、確信だけが妙に鮮明だった。


 全てを、一番いい席で見続ける、あの神に観られるという事実だけは。


「ハァッ!?んだよ、それ…!」


「そ、それは、おかしいんじゃないの…!?そ、そんなの……関係あるなんていきなり言われても、納得できないって…!」


 アベルの怒鳴り声と、フルドの異議申し立ての声が空気を震わせる。

 けれど、反射するはずの余韻すら聞こえない。


「(………違う…)」


 2人の言葉ではなくその先。

 何かが引っ掛かるような違和感があった。


 気付けば、自分の中で自然音が、この世界を構成しているものから音が消えた。

 まるで、この物語(世界)にある何かが、拒絶を吸い込んでしまったかのように。


「そう……そうなんだよ!」


 一陣の風が不自然な角度から吹き抜け、モノクルの紐から垂れる宝石を揺らす。

 同時に弾かれたように勢いよく振り返り、満面の笑みでその言葉を肯定した。


「色々言ったけど、これはあくまで僕の世界の話!確かに繋がってはいる…」


 自分でも分かるくらいに言葉が早くなった。

 

「繋がっては、いるんだけれど…」


 フルドの言う通り、物語の外の倫理なんて、今ここの物語(世界)とは何の関係もない。

 今を生きているこの時間なんかに、介入できない。


「……そんなので、踏み潰すなんてさ…」


 いや、関係があってはならない。


「だって、もし『外側』の価値観だけで全部を決めつけ始めたら……ここであったことも、必死に生きたことも、結局は全部ただの『作り物』の一言で片付いちゃうじゃん…」


 言葉が溢れたその拍子。

 頭上の枝から一枚の枯れ葉が、スローモーションのように目の前を落ちていった。


「そうだよ……そんなの、物語そのものを無視した無粋なノイズだし、純粋に物語を穢す野暮なものだよ…!!」


 言葉が森の奥へ沈んだあとも、誰もすぐには動かなかった。

 枝葉の揺れる音だけが、張り詰めた空気を遠巻きに擦っていく。


「…………」


 アベルが眉を寄せたまま、わずかに息を呑む。

 冗談めかして笑い、煙みたいに掴めないまま、話を宙へ逃がしていたはずだった。


 なのに今は違う。


「ディオス……やっぱり、お前さ…」


 低く落ちた声が、静寂に沈む。


「……なんで、そんな必死なんだよ…?」


 瞬間、足がほんのわずかに止まった。

 隙間を抜けた冷たい空気が頬を撫でていった。

 それなのに、ヒリヒリとする鋭い感覚だけが静かに広がっていく。


「いや……今の、また急に熱っぽ過ぎだったんだよ…」


 頭をかきながらもアベルの視線は僕に固定されていた。

 その問いに、身体がほんのわずかに揺れる。

 フルドもまた、不安げに視線を向けてきた。


「ねぇ……ディ、ディオス…?じ、自分が認めてないだけで、本当はさ…」


 そう言いかけてフルドが言葉を止める。

 うまく形にできなかった。

 けれど、引っかかった感覚だけは消えない。

 

「……君って、もう感情が…」


 一瞬、風が止まる。

 顔に貼り付けていたはずの笑みが、わずかに固まった気がした。


 ここで初めて口を滑らせたことに気づき、反射的に自分の口を塞ぐ。


「ご、ごめん!」


 2人から視線を外して足を止める。

 だけど、一度放たれた言葉は、もはや引き返すことはできない。


「……とりあえず!僕が言いたいのは…」


 振り返ると、二人の姿が木漏れ日の奥にくっきり浮かんで見えた。

 枝葉の隙間から差す光が、タイミングを計ったようにサッと僕の顔を照らしてくる。

 まるで、舞台装置が合図を送ってきたみたいに。


「結局、『罪』って言葉は、人を説明しきれないんだよ!」


 声が落ち、二人の表情が強張る。

 木々の隙間から降り注ぐ光が、目の奥にまで届いているのが分かった。


 今の2人は、僕の言葉の一つひとつをきっと聞き逃さない。


「怒りも、欲望も、恐怖も……善意や愛情でさえ、狂気に変わる。いつかの罰よりも、今この瞬間の衝動に乗っ取られて…」


 その一言に、2人の表情がわずかに動いた。

 両者共に息を呑み込み、言葉を出せずに立ち尽くす。

 まるで世界が聞き耳を立てているように。


「過去や未来なんて、霞んで見えなくなる…」


 そう告げた瞬間、風が森を揺らす。

 ざわざわと葉擦れが一斉に鳴り、言葉を呑み込むように森全体がざわめいた。

 まるで、世界そのものが返答を拒んでいるかのように。


「人は理性で罰を知りながら、感情で罰を忘れるんだ……だから罪人は絶えない。いや、感情を持つ限り罪人は必ず生まれる…」

  

 返事は返ってこないけれど、それでよかった。

 言葉では届かない矛盾は、抱え込む方がより深く考えられると思うから。


「だから『罪人であることは、人間であることと同義』なんだ……これが、僕の世界の話…」


 きっと、これからも罪人は絶えない。

 それでも僕は、罪人を狩り続けなきゃいけない。


「まぁ……これが、僕の考えかな…?」


 声が途切れると、森は静かになった。

 さっきまで揺れていた風も止み、木漏れ日だけが淡く揺らめいている。


「「………」」


「厄介、だよね〜……物語の外側にいる、罪人とか神ってさぁ?」


 言葉の終わりと共に、森を渡っていた風が吸い込まれるように止まった。

 ざわめいていた葉擦れは一瞬にして圧殺され、森全体が息を潜める。

 その無音が、余計に今の言葉を際立たせ、逃げ場のない真実として空間に固定した。


「……じゃあ、『お前』は何なんだ?」


「……『君』は、何になるの…?」


 2人のその言葉は静かに、鋭利な楔となって森の空気を真っ二つに叩き割った。

 『罪の定義』なんていう名前の壁を、跡形もなく貫通してきたその言葉。


「……えっ?」

 

 頬の上を踊っていた木漏れ日の斑紋が、まるで映像が一時停止されたかのように、不自然な位置でピタリと静止した。

 重力すらもが機能を忘れたかのような、恐ろしいほどの停滞が場を支配する。


 アベルの鋭い眼光も、フルドの震える指先も、輪郭を無理やり剥ぎ取ろうとしているかのようだった。


「お前は感情を消されていて、でも罪人であることを自覚して、その罪償いとして他の罪人を追い続けている……やっぱ、おかしいだろ、それ。」


 一歩、こっちに向かってアベルが踏み出す。

 湿った落ち葉が、まるで断罪の音を立てて潰れた。


「……今までの言葉だって、そうだ。」


 その踏みしめた地面から、現実の重みが僕に向かって波紋のように広がってくる。


「そう、だよ……それなら『君』は、何をどう思ってここに立ってるの…?だって、君の言ったことって……」


 それ以上語るのを堰き止めるように、フルドは言葉を切り上げた。

 その声と一緒に、森のざわめきが急速に遠のいていく。

 風が止まり、かすかな鳥の声がひとつ。


 間に横たわる『介入できない空白』だけが、耳鳴りのように膨れ上がった。


「………うん。」


 視界の端で赤い光が鋭く反射している。

 同時に零れ落ちたのは、応答と呼ぶにはあまりに平坦で、乾いた音だった。


 視線を落とさず、ただじっと2人を真っ向から見据える。

 だけど、ぼんやりとしか映らない。

 まるで鏡を通して、自分の内側に広がる『底の見えない無』を観測しているようだった。

 何より、2人の言葉と姿を見聞きして、頬が緩むのも感じる。


「何なんだろうね、(コレ)ってさ?」


 言葉だけが先に出た。

 考えたわけでも、選んだわけでもなく、ただそこにあったから落ちたみたいに。

 納得も、否定も、何もないまま、ただ音だけが自分の外に転がっていった。


 未だに、本当の自分が誰であるかを知らない。

 未だに、自分が過去に何をしたかも知らない。


「……まぁ、でもさ?」


 何も知らず、あるのはただ自分の中には逃れようのない『罪』の質量だけ。

 そしてそれが、何重にもなってラベルとして貼り付けられている。


 今、自分の語ったことにすら当てはまらない、滑稽な外れたもの。


「これについては……僕も、いつか知ることができる日が来るのを、密かに楽しみにしてるんだー。」

  

 残した言葉は、答えではなく自分だけを残す。

 ただ、そこに『在る』ことの証明のように響いた。


「まだ、あんまり分かってないからさ?もし知れたらそれが、僕が世界に投げ出された『意味』になるのかもしれないからね…」


 自嘲気味に肩をすくめ、手のひらを振って見つめてみせる。


「……でもさ。別に、苦しんでるわけじゃないんだ?だって、自分が何か分からないまま、生き続けるのって…」


 一瞬だけ、言葉が止まった。


「……それってすごく、面白そうだと思わない?」


 そうして言葉が終わると同時に、凍りついていた森が、深い溜息を吐くように再び動き出した。


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