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裏世界の牢獄にて  作者: Navi
21/25

〈第20話〉円環と救済の形


 鬱蒼とした森を抜けると、視界が唐突に開けた。

 横たわるのは、空の青を吸い込んでどこまでも広がる鏡のような湖。


「それで……古城ラグニクスに入ってからだけど……罪人の判別とか、何か方法があるの…?」


 水面には波紋ひとつなく、僕たちの足音だけがその静寂を不格好に乱していた。

 そんな巨大な水鏡の外縁をなぞるように歩を進める。


「えーっと……その人の話の癖や人物像が一致しているかが、鍵になるかな…」


 穏やかな湖面をなでる風が、優しくさらっていく。

 二人が歩んできた、この世界に根付いた積み重ね。

 それは、僕のような『読者』には真似できない、もっとも正しい攻略法。


「……でもここら辺は、2人に任せた方がいいね?」


「だな……だけど、国にいる人たち全員とかってのは、流石に無理だぞ…?」


 アベルが腕を組み、眉間に深い皺を刻む。

 視界の先には、湖の縁に沿って続くどこまでも長い道。


「う、ん……ふ、普段から話したりする人ばかりってわけじゃ、ないからね…」


 フルドもアベルと同様に困ったように笑い、視線を彷徨わせた。

 そよ瞳が映し出しているのは、救うべき隣人の顔であって、裁くべき罪人の背中ではない。


「そこら辺は、まだ考え中かな…」


 言葉が途切れた瞬間、風が湖面をなで、さざなみが岸辺の石を小さく叩いた。

 歩みを止めず、けれど視線だけを足元の影へと落とすと、陽光に照らされた地面の上で、自分の影だけがひどく濃く伸びている。

 

「……一応、無いことはないんだけど…」


 これは、2人に対しても重要なことである。

 とりあえず、話すだけはしておかなければならない。


「おっ、あるんだな。んで、それってどんなものなんだ?」


 期待を込めたようなアベルの声が、澄んだ空気の中で妙に明るく響く。

 それがすぐ皮膚の下にある、淀んだ拍動をかき混ぜた。


「えーっと……強引だけど、『僕の血』を飲ませることかなぁ…?」


「「……!?」」


 出来るだけ、冗談めかさせた響きだった。

 けれど、その言葉が落ちた瞬間、湖畔の空気は凍りついたように動きを止める。


「……まぁ、そうなるよね…」


 二人の足が止まり、小石の転がる乾いた音だけが、やけに響く。

 でも、把握すべき危険性として、2人には知っていてもらう必要がある。


「んん、烙印を持つ罪人ってさ?その存在自体が、文字通り穢れてるんだ…」


 まずは、天気のことを話すような気軽さで指を一本立てる。 

 でも、透き通った湖水を背に語られるのは、およそこの物語(世界)の理とは思えない、粘りつくような理屈。


「そして、万が一烙印の持つ罪人の血や肉といった身体の一部を『自分の中』に入れてしまえば、その罪人の犯した罪を反芻しちゃう。」


「イ、イメージが着かない、かも…」


 フルドの顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。

 湖畔を吹き抜ける風でも、その言葉に含まれた毒を薄めることができない。

 ただ、湿った冷たさだけを運んでくる。


「例えば……ナイフとかで人を刺し殺した罪人がいるとする。」


 さっき拾った枯れ枝を拾い、自分の胸付近を何回か突いた後、何気なく折った。

 パキッという乾いた破壊音が、静まり返った湖畔に鋭く響く。


「そして、その罪人の血とかを口にしちゃうと、口にした相手が刺し殺された側の痛みと恐怖に襲われちゃう。」


 『刺された側』が味わうはずだった断末魔の叫び、肺にせり上がる血の泡、視界が暗転していく感覚。

 それらがすべて、一滴の液体に濃縮されて、無関係なはずの他者の内側で暴れ出す。


「は、はぁっ!?いや……なんで口にした側なんだよ!?」


 アベルが顔をしかめ、一歩退いた。

 喉が、何か忌まわしいものを飲み下したかのようにひきつれる。


「それはー……罪人は殺されれば、結局は魂が神の元に戻って、さっき話したみたいな罰を受けるじゃん?だから、血は隠蔽を不可能にしたり、自白剤みたいな相手が罪人である『証明』みたいに使うんだ。」


「自分の、血を…」


 フルドが小さく声でこぼし、自分の青白い手首を、まるで異物でも見る。

 その血管を流れるのも同じ『血』。


「それでもだ…!なんで、そんな危険なものが証明になるんだよ!?」


 アベルの鋭い問いかけが、波のない湖面を刺した。

 僕は足を止め、ゆっくりと振り返る。

 逆光に沈んだ自分の顔が、二人にはどんな風に見えているだろうか。


「……実はね。その罪の反芻って、『上書き』できるんだ。」


 僕は自分の指先をじっと見つめた。

 この薄い皮膚の下で脈打っているものが、どれほど醜悪なものか、きっと二人には想像もつかないだろう。


「まずは、『自分よりも重い罪』を背負った罪人の血とかを口にする。」


 僕は指先で自分の喉奥を指し示した。

 まるで、そこが罪人にとって底なしの淵であると教えるように。


「するとね……それを口にした罪人は、相手側の罪がもたらす『反芻』の奔流に叩き落されるんだ。殺された人の絶望、断末魔、その他諸々……自分のものではない異物の罰に脳を焼かれ、耐えきれなくなる。」


 一呼吸置く。

 この円環は、本当に神の性格の悪さがよく出ている。


「それから逃れるための唯一の避難所が、より罰の軽い『自分自身の罪』。他人の罪に狂わされるくらいなら、まだ馴染みのある自分の罪に縋りたい……そう本能が叫ぶ。」


「「………」」


 動かずにいる2人に向けて、口を開閉してみせる。


「だから、自分の身体を噛み切り、自分の血肉を啜って、自分の罪へと縋ろうとするんだ?そうすれば、自分の罪の痛みに逃げることができる…」


「うっわ、何だよそのグロい循環!?」


「あっ……だ、だから君の血を飲ませれば…」


 これを聞いていたアベルの顔が土色に染まる。

 フルドも自分の喉を抑え、込み上げる何かを堪えるように身を震わせた。


「うん……僕は記憶には無いけど、この身体には過去の罪の記録は刻まれてる。でも、僕より罪が重い人はほとんど存在しないらしいからね…」


 二人の喉元を、視線でゆっくりとなぞり、最後にその瞳を覗き込んだ。


「……だから、僕の血を飲ませて、自分の身体を我慢できずに噛んで血を飲んだりしたら『クロ』ってこと。つまりは、罪人の中の共通の罰を強制的な判定材料にするってことだね?」


「な、なるほど…」


 フルドの声は掠れ、乾いた空気の中に霧散した。

 他者の罪という劇薬から逃れるために、自らの罪という毒を喰らう。


「強烈な苦痛っていう濁流の中で、唯一の既知の足場が『自分の罪』だけなんて……本当に、皮肉だよね?」


 その円環の中に、救いなど微塵も存在しない。

 本当に、神という存在は罪人(僕ら)に対して慈悲を持ち合わせていないらしい。


「こういう関係があるから、罪人を見つけ出す効率っていう面を考えると、確かにその物語(世界)の人間全員に、僕の血を飲ませればいいことにはなるけど…」


「「………」」


 2人は示し合わせたような無言のまま、ズルズルと、蟹歩きで僕から距離を取っていく。


「……これは冗談!だから、あんまり距離取らないでよ!?そんな事するつもりはないって…!」


「い、一々言い回しが怖いから、冗談に聞こえないよ…!」


「……本当に、そんなお前の血を無理やり飲ませる気はないんだよな?無差別なら、血をぶっこ抜いてから古城ラグニクスに連れてくことになるぞ?」


「死んでもないのに、ミイラにされるのは勘弁だよ!?」


 アベルの警告にも似た言葉の響き。

 フルドも同調するように何度も頭を縦に振っていた。


「それに……もし、本当に実行なんてしたら、無実の人たちがどうなるか……言わなくても、分かるでしょ…?」


 僕はあえて言葉を切り、視線を落とした。

 語らずとも、沈黙がその状況を雄弁に物語る。

 2人がどんなことを想像したのかは、全ては分からない。


「……理屈は分かった。分かったけどな…」


 アベルが表情を引き締め、重い足取りで僕に歩み寄ってきた。

 その瞳には、単なる好奇心ではない切実な危惧が宿っている。


「もしもの話だ!俺やフルドみたいに、相手が罪人じゃない無実シロだったとしたら、そんな人間がお前の血を飲んだら、どうなっちまうんだよ!?」


「い、いやぁ……流石に自分の身体をパクッとは、いかないかな?それでも、苦しむことには……なるとは思う…」


「だから、その内容をしっかり教えろって!こっちにとっては、いつかぶち当たるかもしれない死活問題なんだぞ!?」


 さらにアベルの語気が強まる。

 その剣幕に圧され、観念したように視線を泳がせた。


「わ、分かったよ…」


 それでも、この疑問が浮かび上がってくるのは当然。

 罪人以外の人間が、そんな穢れた血を口などを通して身体に入れてしまった場合。


「これは、空の容器にいきなりその容器すら溶かす薬を流し込むようなものだからね……罪がない人はさ?」


 それが、無害になるなんていう、都合の良いことはない。

 空だった器は、壊れるしかなかった。


「逃げ込む場所が、ないんだ……だから、決して安全な訳じゃない。」


「……はぁ、そうなるよな…」


「ぼ、僕たちにとっても……文字通りの毒ってことなんだね…?」


 フルドが震える声でこぼした。

 僕もそれに対して静かに頷き、空っぽの掌を見つめる。


「うん……だから、安易にはこの手段は使えない。口に入れて、判定の瞬間に相手がシロだと分かっても、もう飲み込んだ血は取り出せないから…」


 アベルの喉が、引きつったように上下に動く。

 フルドは自分の胸元をぎゅっと掴み、まるですでにその毒を飲まされたかのように、さらに顔を青くしていた。

 二人の間に流れたのは、明確な生物としての警戒心。

 さらにソソソと、示し合わせたようにさっきよりも高速な足取りで二人が距離を離した。


「ちょ、ちょっと!二人とも、露骨に離れすぎじゃないかな…!さっきまで、あんなに仲良く歩いてたじゃん!」


 大げさにショックを受けたふりをして、ひらひらと両手を振ってみせる。


「今の話を聞いて、今まで通り隣を歩ける奴がいたら、そいつは聖者か、あるいはよっぽどの馬鹿だぞ!?」


「き、君がボクたちを傷つけないって信じてるけど……でも、その『中身』がそんなに恐ろしいものだって聞かされると、どうしても…ね?」


 フルドが申し訳なさそうに視線を泳がせる。


「そこは大丈夫、血!血だけだから!現に、2人がこうして僕の近くを歩いても平気なのはその証拠!ほら、そんなに疑わしいなら僕のこと好きなだけ触っていいよ!?」


「お前がさっきまで、自分の血を『毒』だの『危険』だの散々解説してたからだろ!?その直後に『触れ』って言われても、こっち情緒が迷子なんだよ!」 


「切れ味が鋭い…!」


 アベルのツッコミ声が鼓膜を叩いた。

 見れば、揃って肩を並べ、僕に対して防御陣形でも組むかのような距離感でこちらを見ている。


「そ、そんなに身構えなくてもいいのに〜……それ!」


 おどけるように振っていた両手を、すとんと力なく下ろす。

 直後、二人が身を強張らせる隙も与えず距離を詰めると、その頬を両手で同時にむぎゅっとつねりあげた。


「……!?」


「いだっ…!?」


 2人の表情に恐怖が浮かびあがり、一瞬だけ湖畔の時間が凍りついた。


「……ほら、どうかな?」


 けれど、何も起きない。

 ただ、柔らかい肉の感触と、指先に伝わる生き物らしい熱があるだけ。


「こうして触れても何もなくて、感触も体温も君たちと『同じ』もので……存在そのものが害悪ってわけじゃないでしょ?」

 

 僕はゆっくりと、指先に残る二人の熱を確かめるように手を離した。

 頬に残った指の跡が、その証明のように見えて、少しだけ胸の奥が軽くなる。


「罪人や僕の血について伝えたのも、普通じゃないものとして存在しているってことを、知ってほしかったからだね…?」


 しばらく、無言の時間だった。

 揃って自分の頬に手を当て、何かを確認するように触れている。


「…必要以上に、怖がらせちゃった?」


「……い、や…」


 じっと2人を見ていると、先にアベルが一声上げる。

 すると、気まずそうに視線を外しながら頬を掻いた。


「俺も、少し警戒しすぎた……けど、マジで身体縮こまるかと思ったわ…!」


「ぼ、僕もごめん……き、君の目的はあくまで罪人を見つけることであって、僕たちを傷つけることじゃないもんね…」


「いやいやぁ〜、謝るほどのことじゃないよ!むしろ、二人の反応の方が正常なんだからさ!僕だって逆の立場なら、全力で逃げ出してるかもしれないし〜?」


 手の指同士を突き合わせるフルドに対し、自嘲気味に小さく息を吐き、再び鏡のような湖畔を歩き出そうとした。

 波紋ひとつない水面が、僕の歪な歩みを静かに見守っている、その時だった。


「あっ……ディ、ディオス!」


 不意に、フルドが何かを思い出したように足を止めた。

 透き通った瞳が、真っ直ぐに僕の背中に突き刺さる。


「ん〜?どうしたの?」


 振り返った僕の顔に、まだ先程の笑みの残骸が貼り付いていた。


「ひ、一つ気になって……今はそういうことを知ってるんだけど……やっぱり、最初は何も知らなかったの…?」


「……えっ?」


 チカチカとレンズに反射した光が目の奥を刺す。

 けれど、それを受けても視線はフルドの顔から逸らせずにいた。


「だ、だから、そういう自分の血についてとかも……この世界にくる前とかに…」


「……!」


 その貼り付いていた笑みが、剥がれ落ちる感覚を覚える。

 言葉を切ると、じわりと右手の人差し指に、かつて刻んだ鋭利な痛みが蘇った。

 指先からこぼれ落ちる熱い液体の感触が、今この瞬間も皮膚を這っているような錯覚。


「うん……」


 できることなら、湖の底深くへ永遠に沈めてしまいたかった記憶。


「……そうだね。これも、『試した』ことがあるからだよ。」


 今でも、鮮明に思い出せてしまうからじゃない。

 むしろ、忘れることなど許されないからこそ、『事実』としていつまでと自分の中に焼き付いている。


「ど、どんなものだったの…?」


 何より、これこそが神が『罪人(僕ら)の血』を、理解出来ない劇物にした『本当の理由』なんだろうから。


「これは……包み隠さずに言えば、純粋な好奇心だったね?」


 それは、落ちていた水色のガラス片で切りつけた指先にこびりついて離れない、膿んだ記憶の断片。


 決して2人には話せないもの。


『…………』


 半壊した教会の中。

 割れたスタンドグラスの光を受けて見ていたのは、柱に寄りかかり、息が途切れそうな罪人。


 そこで、足元に落ちていたガラス片を拾い上げた。

 崩れた天井の隙間から覗く青空を切り取ったかのような、澄んだ冷ややかな水色。


 その鋭利な色を、自分の指に食い込ませた。

 滴り落ちたのは、普通の人と何ら変わらない、艶やかな光を反射する紅色。


 そして、そのガラス片で切った指先から垂れていた血を一滴、罪人の傷口に垂らした。


 空白だらけの自分の過去の記憶を、犯した罪について知りたいと思っての行動。


『えっ……』


 一瞬の出来事だった。


 僕の血を啜った人間は、狂ったように唸るような声で叫び出した後、自分自身をまるで甘いお菓子を嗜むように咀嚼した。


 粘土のように自分の身体を引きちぎり、それを口の中へ次々に運んでいく。


 それを悦びとして飲み込むその姿は、形容しがたい混濁。


 自分という存在を異音を立てて食い潰しながら、自分の受ける痛みを、上書かれた罪による罰を、まるで恩寵でも受けたかのように享受していた。


『………なんで?』


 漏れ出たその声は、何かを食い破る音で掻き消され、そして焼き付けられた。


 ただ見ることしかできなかった。

 日の光によって輝く、石畳に広がる自分と『同じ色』の赤を。

 目の前の、自分と『同じ人の形』をした存在がその形を崩していく様子を。


 酷く濃厚な鉄臭い匂い。

 『身体の一部だったもの』が、口に入り込んでは喉を通って僕の目の前に何度も転がり込んでくる。

 それでも、罪人は止めなかった。


 その顔は、最後まで笑みを浮かべていた。

 最後に自分に向けられたあの目の奥で、僕がどう映っていたのかは今でも分からない。


 この時、自分は客観的に証明してしまった。

 まるで、本の挿絵越しに、自分の知らない現実を突きつけられたように。


 例え『過去』が記憶になくとも、目の前の凄惨な光景こそが、自分の罪の重さを表す逃れようのない『事実』なのだと。


 僕の罪よりも、罪人自身が自分を喰らい、その血に流れる罪への罰そのものの方が、相対的な『救済』になってしまうのかを。


『……ハハッ。』


 あの神は、どこまで僕らを嘲笑えば、気が済むんだろうか?


「……でもやっぱり、あんまりいいものじゃなかったよ。」


 あの時の記憶を頭の中に吐き出した後、顔を上げていつもの笑みを貼り付けた。

 一度擦り付けた指先を解き、何でもないことのようにひらひらと振ってみせる。


「とりあえずは、僕や罪人の血の効果は2人に話した通り、あくまで判定方法であるってこと!ここ、重要な部分だからしっかりメモを取るなりしてしておくように!」


「そんな都合よく紙とペン、持ってるわけないだろ…」


「でも、自分の血が欲しくなるって……この世界にもいる吸血鬼みたいだね…?」


 かつて水色のガラス片で切り裂いた、あの場所。

 その指先にじわりと違和感を覚えた。


「あー……いるもんね〜、吸血鬼。」


「……マジでいんのか?俺、初耳なんだけど…」


「そうそう。……まっ、それよりタチが悪い性質してるけど。」


 今は傷跡ひとつないはずの皮膚の裏側。

 そこで、あの時滴った血が、脈打っているような錯覚に陥る。


「まぁ、でもー……間違っても、僕や罪人がいる間は、興味本位で他の人の血を舐めたりとかしちゃダメだよ〜?」


「えっ……し、しないよ…!」


「あ、当たり前だろ!?そんなこと、仮にお前がこの世界にいない時でもするかってんだ…!」


 罪人(僕ら)にとって、自分の身体は自白剤なんかじゃなかった。

 もっと穢れたもので、証明として突き立てられた書き直し不能な記録。


「あれ?でもさ、原作のアベルやフルドって………いや!この話はしない方がいいかな?」


 特に血は、人体という標本を最も惨めな形で記述するためのもの。

 神が『罪の記録』を永遠に損なわせないために設定した、劣化を許さない保存液。


「ちょ、ちょっと…!なに、その間…!?」


「そう言われると、めちゃくちゃ気になるだろが!おい、お前の知る俺たちってどんな奴だったんだよ!?」


「あはは、安心してよ!気になりはするだろうけど、今の2人とほとんど変わらないからさ!」

 

 そんな血を使うなんてのは、いくら効率的であると言っても、物語の土台そのものを破壊する強行策。

 

 こんなものは……叙述を、構成を、因果を無視して、ただ最悪な結末だけを強引に引き摺り寄せるように至らせるもの。


「それに、今ここでそんなこと話しちゃうのってさ〜…」


 そんな無機質な欠陥バグを利用しただけの円環を、『救済』だなんて呼びたくはない。


 この歪な筆致を、僕は『物語』とは呼ばない。


 もし当てはまるとしても、意思も選択も、魂の震えすらも廃した、物語としては最低点のもの。


「面白くないじゃん?」


 読者として認めるか、そんなもの。


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