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裏世界の牢獄にて  作者: Navi
20/25

〈第19話〉存在の余白


「大前提として、罪人の動きは『僕も分からない』。罪人は僕と一緒で、展開通りに進む登場人物っていうレールから外れているからね……だから自由に動くんだー…」


 僕は二人と『罪人』について語らいながら、一歩ずつ森の深みへと足を沈めていた。

 目的地である古城ラグニクスへ続くこの森は、湿った土と古い樹の匂いが混じり合い、どこか排他的な空気を孕んでいる。


「……でも、お前から逃げているってのは確かなんだろ?」

  

 アベルの声が、密度の高い静寂を裂く。

 頭上を覆う無数の葉が風にさざめくたび、木漏れ日が明滅する。

 それが僕たちの足元をチカチカと切り刻んでいた。


「そう、罪人は僕ら罪狩りに殺されることを避けようとする。その理由は単純明確で……『その後』に悲惨な結末が待ってるからだね?」


「ひ、悲惨な……結末…?」


 フルドの声がわずかに震え、木々の隙間に吸い込まれて消える。

 けれどこれに対しては、たった一言で表現できる便利な言葉があった。


「『神による罰』。」


 刹那、森が息を止めた。

 その言葉は、足元の土へずしりと沈み込む。


 ただの比喩にしては重く、実体を持った響き。

 二人の歩みは、何かに捕らわれたかのようにわずかに、そして確実に鈍った。


「この世界には『骸霊の術印使い』がいて『魂』っていう概念もあるでしょ?それは僕の世界でも同じで、命あるモノが死んだら魂が彷徨い、生み出した神のもとに強制的に辿り着く。」


「それは……また、盛大な話だな…?」


 アベルが乾いた笑い声を漏らすが、その視線は泳いでいる。


「で、そーなったら……もう終わり。あとは神によって煮るなり焼くなり、虚無に落とされて永遠に罪の意識を反芻したり……管轄が分かれてるけど、自分の身をもって罪の再演をされたりする。」


 風がざわめき、森の木々がざらつく音を立てる。

 それがまるで、目に見えない誰かがすぐそばで聞き耳を立てているように思えた。


「……聞いてるだけで背筋が寒くなるな…」


「う、うん。想像するしかできないけど……悲惨なのは、伝わったよ…」


 落ち葉が転がる音がやけに大きく響く。

 2人のから漏れ出た言葉は、空気を震わせて呼び寄せてしまいそうだった。


「でもね? 本当に恐ろしいのは……その先。」


 自然と声色が、今までの軽い調子からほんの少しだけ沈んだ気がした。

 鳥のさえずりさえ途切れたように感じられて、空気が重く張り詰める。


「『存在そのものが消される』こと、かな?」


「存在が、消される…?」


 フルドが問い返した声は、自然と低くなっている。

 理解できないというより、理解してはいけないものを聞いたような反応だった。


「僕的には、この罰が1番恐ろしいものだねー…」


 想像しようとしてみたけど、ぼんやりとした輪郭しか浮かび上がってこなくて思わず笑みが浮かぶ。

 2人も僕と同じような気持ちなんだろうなぁ。


「そ、それは……どうしてなの…?」


 言葉の最後にフルドの声が少しだけ裏返った。

 質問というよりは、不安の底から搾り出したものに近かった気がする。


「そうだね……どんな人間であっても、この世界に『在る』ということだけは、本来なら誰にも侵せない聖域のはずなんだ。」


「(……聖域…)」


「それは呼吸を止められようと、肉体を焼かれようと、かつてそこに居たという事実だけは奪えない『権利』みたいなもの。」


「んと……具体的には?」


 沈黙を裂くようにアベルから問いを投げかける。


「例えば〜……そう。物語を例に出してみよっか!」


 空中からポンと手元に本を出現させ、ページを開いて2人へ見開かせて見せた。

 そして、足元にあった手頃な木の枝を拾い上げて指揮棒のように本を軽く突いた。


 すると、空白のページにじんわりと色とりどりな動く挿絵が現れる。


「す、凄い……こんなことも、できるんだね…?」


「(なんか、パワポ使った授業受けてるみたいだな…)」


 二人は吸い寄せられるように、ページの中で脈動を始めた挿絵を覗き込む。

 怯えを忘れたかのような感嘆の声を漏らすフルドの横で、アベルはどこか懐かしい景色を思い出すような視線を本に向けていた。


「コホン……例えば、戦場で勇敢に戦った兵士は、死んでも英雄譚に残る。でも『語られない無』は、その兵士が戦ったことも存在したことも、誰も覚えていない状態……まるで、最初から生まれなかったのと同じだね?」

 

 僕の言葉をなぞるように、本の中の挿絵が音もなく動き出す。

 そして次の瞬間、ページを焦がすような速さで霧散した。


 軽く言い放った僕の言葉だけが、実体を持たない亡霊のように耳元に残り続ける。

 背後から吹き抜けた風が、枯れた葉を巻き上げて森のざわめきを一層激しく駆り立てた。


「ざ、残酷だけど……それが語られないってこと、なのかな……」


「……たしかに、そうだな…」


 フルドの声は掠れ、肺の中の空気をすべて吐き出すように深く息を飲み込んでいる。

 アベルの声もまた、鉛のように低く沈んでいた。

 重圧を逃がそうとするかのように空を仰いだが、その瞳には、枝葉に切り刻まれた空が映るばかり。


「そして、もう一つの視点でも考えてみよっか?英雄譚にすら残らなかった『名もなき民衆の死』。顔も名前もなく、ただ膨大な数の波に呑まれ、埋もれてしまった人々がいたとする…」


 一拍、僕が口を閉ざして本を見下ろすと、真っ白なページに新たな影がじわりと染み出した。

 それは足元に伸びる影と重なり、どこまでも長く、どこまでも暗く伸びていく。

 まるで、その『埋もれた人々』が足首を掴もうと手を伸ばしているかのように。


「残された形見も、墓標も、語り手もいない……そうなれば、この人たちの死は『あった』ことすら証明できなくなる。これは『孤独』なんて生易しいものじゃない。もっと無機質な、『無名の消去』に近いんだ。」


「そ、それが『存在が消される』って…ことなの…?」


 再び挿絵が消え、ページは綺麗な白へと戻る。

 すると、フルドの背筋が冷水を浴びせられたようにピンと硬直した。

 その瞳の奥には、理解が深まるほどに増していく混ざり合った感情が揺れている。


「いや……僕が本当に言いたいのは、それよりももっと下で、深い場所のことだね?」


「もっと……下?」


 本を閉じ、それを霧のように空気中へ溶かして消すと、残された空白を埋めるようにアベルの硬い声が響いた。

 ごくりと喉を鳴らす音さえ、森の沈黙に喰われまいと必死に抵抗しているように聞こえる。


「そう……今言った二つは、語られずとも、人々の記憶に無くとも、『そこに存在していた』っていう事実はあるじゃん?神が罰として与えるのは、もっと、もっと深い……その根底を削り取るようなもの。」


「うん……どういうことだ?」


 アベルの問いを投げる声に焦燥がにじんでいた。

 僕は2人に対してしっかり見えるように指を二本立てて見せた。


「え、えーっと……例にあげた2つは語られずとも、存在はしていたっていう『余白』はあるでしょ?存在していなくても物語としては成り立つけど、たしかに存在はしていた…」


「あー……つまり、俗にいう話の進行の都合で、あえて消された描写……ってわけか?」


 アベルの言葉は、まるで霧を切り裂く一筋の光だった。

 元いた世界の、この世界を『外側』として俯瞰するような、的確な指摘。


「な、なるほど…!ディオスが言いたいのって、そういうことなの…?」


 アベルの言葉を聞いて、フルドの瞳に理解の火が灯る。

 漠然とした恐怖が『物語の構造』という形を与えられたことで、表情から強張りがわずかに剥がれ落ちたように見えた。


「そう、そう!言いたいのはそういうこと!」


 僕も膝を打つような勢いで声を上げた。

 張り詰めていた森の空気が、僕たちの感嘆の声によって、ほんの一瞬だけ柔らかく解れる。

 それは、それぞれ深淵を覗き込んでいた三人が、ようやく『共感』を掴んだ瞬間でもあった。


「それでね!神による存在の消去っていうのは、この『余白すらなかった』ことにするんだ!」


 僕は立てていた指を素早く握り込み、空っぽになった両手をひらひらと、何も持っていないことを示すように振ってみせた。

 その仕草に合わせて、周囲の熱が奪われたかのように場の空気が一段と重く冷ややかにのしかかる。


「……はぁ。まった難しい話になってきた…もう少し咀嚼する時間、欲しかったんだが…?」


「よ、余白すら無かったことにするっていうのは……どういうことなの…?」


 息を吐くことで、アベルは圧を散らそうとしている。

 フルドも視線が泳ぎ、答えを求めるように揺れ動いていた。


「うーん……実はこれ、僕が例に出しちゃった時点で、言いたいことが成り立たなくなるんだよねー…」


「……え?」


「…ん?成り立たなくなるって、どういうことだ?」


 説明しきれないという事実に、口元から自嘲気味な苦笑が零れる。

 2人の短い疑問が場を切り裂いたけど、その声には疑念と困惑が入り混じっていた。


「だって、僕がこうやって『存在が消される』って例を出した時点で、もうその存在は『あった』ことになっちゃうんだ。こうして誰かの口から語られている限り、それは完全な消去とは言えないわけでしょ?」


「な、なるほど…?」


 僕の言葉に対して、まだ腑に落ちない様子でフルドは相槌を打っていた。


「だから困るんだよねぇ……本当に消された存在は、こうして例に出すことすらできないからさ…?」


 指先で、何もない空間をそっとなぞってみる。

 けれど、当然そこには線一本、形一つ生まれない。

 ただ指が空を切る微かな音だけが、虚しく耳に残った。


「『証明できない』、ってことか?」


「うん…… 証明も、説明も、観測さえできない。だって、最初から『何もなかった』んだから。」


 不意に沈黙が落ちた。

 風が通り抜けたのか、それとも2人の息が震えたのか判別できない。

 ただ、その場の空気だけが、ひどく重たく沈み込んでいく。


「語ればその時点で『あった』ことになってしまう。だから、僕がこれを『罰』として語ることすら矛盾しているんだよね?」


「「……!」」


 僕の言葉に再び二人は口を閉ざした。

 口を開けば、それは『存在』することにしてしまう。

 だからこそ、僕も表現したりして抗うことができない。


「痛みや責め苦なら、誰かが語れる。虚無や孤独だって、まだ『いた』と分かる…」


 本当に、概念的な話は難しいもの。

 実在を証明できないからこそ、全てが想像の域を出ることはない。

 

「けれど、『存在の消去』っていうのは、こうして語る余地すら消す。僕が今こうして説明を試みていること自体が、すでにその本質から決定的に逸れてしまってるんだ?」


「あー……つ、つまりだぞ?お前がそれを本当に見たことがあるかって言われたら…」


「そう……『何も言えない』ね?罰を与える神以外、知らなければ『存在が消えた』なんてならないからさ?」


 『見たけど記憶から消されてる』のか『本当に何も起きてない』のか判別不能。

 もしかしたら、アレ自体も覚えていないかもしれないが、証明を不可能なものにしている。


「えっと……ぼ、僕たちの他に、古城ラグニクスの術印使いがいたかもしれないってなれば…」


「それは……余白だね?誰かの頭の中に残っているかもしれない、可能性みたいなもの。」


「(……ほぼありえないことも、『確率的には〜〜』みたいなもん押し込められるみたいなもんか…?)」


 自分の中で考えを整理している横で、アベルが顔をしかめて唸っていた。


「だ、だよね…?そ、それで存在の消去が、余白すら残さずってことは、この考えが出てきた時点で…」


「うん、存在の消去とは言えないね?『分からない』んじゃなくて、『分からないことにすら気づけない』のが、それだよ。」


「ああっ!ややこしいっ…!!はぁっ……頭痛くなってきた…!」


「(説明、難しい……)」


 森はふたたび沈黙に包まれた。

 説明すればするほど遠のいていく、鏡合わせの虚無。

 やっぱり、上手く言語化できてない気がする。

 僕自身、自分の語る言葉が正しく形を結んでいるのかさえ、疑わしく思えるほどだった。


「う、うーん……??」


「(……存在の消去、か…)」


 2人は語った『罰』について、自分なりに咀嚼していた。

 神による絶対的な抹消。

 言語化することさえ許されないような、言いようのない虚無。


「なんか……めちゃくちゃ噛み砕けばそれって、『アカウント凍結』の究極版みたいなもんだよな…」


「えっ…?」


 フルドが『理解してはいけないもの』を聞いたかのように頭を悩ませていたその横。

 そこでアベルは、至極真面目な顔でポツリとそうこぼした。


「……あ。い、いや、悪い…!今のはこっちの話で…」


 アベルの脳裏には今、転生者特有の生々しい、実に現代的な恐怖が浮かんでいるようだった。

 でもこれは、僕の脳にもビビッと来るようなもの。


「いいや、言い得て妙だよ!現代っ子なアベルの視点で言うなら、まさに『垢BAN』の上位種だね!」


「……!?」


 この世界には元々ない視点からの解釈。

 これには、付き合わないと勿体無い。


「でも、ただ過去ログとして残っているわけじゃないんだ。最初からそのアカウントも、発信していたツイートも、ひいては見ていたフォロワー、そのアカウントの持ち主の存在すらなかったようにするもので…」


「ろ、ぐ…あかうんと…?」


「待て待て待て待て、ストップ!!」


 フルドの目が点になっているのを余所に、アベルが詰め寄ってきた。

 その顔はもはや、自分しか知らないはずの知識を覗き見られた者の焦燥と恐怖に近い。


「い、いや、ディオス……お前、なんでそっち方面の知識まで完備してるんだよ…!?」


 アベルの顔は引き攣っている。

 自分だけにある知識、あるいは呪いとして抱えてきたはずの『現代的な概念』。

 それを、自分以外の人間の口から出てきた衝撃を受けたみたいだった。


「ふふ、それはもちろん!アベルが元々いたような、いわゆる『現代社会を舞台にした物語』にも、沢山入って来たからだね!だから、共感できる部分は多いよ〜?」


「(こ、こういう時って、話通じて嬉しいはずなんだけどな……なんでだ?よりにもよって、コイツと話が通じるってだけで、めっちゃくちゃ不気味な寒気がある…)」


「(何にも、分からないんだけど…)」


 二人の対照的な沈黙が、森の湿った空気に溶け込んでいく。

 僕は声を弾ませながら弾むような足取りで、湿った落ち葉をリズミカルに踏み鳴らす。


「だから僕は嬉しいよ!今まで見てきた世界の知識が、こうして共有できるからさ!」


「……俺の元いたような世界に、ディオスがいる…?マジで想像つかないな…」


 アベルは混乱しながらこめかみを押さえ、ポツポツと独り言を漏らしながら考えをまとめていた。


「それにしても、僕の世界の神のやってることって、随分と強権的なプラットフォーマーでしょ?運営がしっかりというか、言論統制、弾圧が激しいみたいな?」


「あ、あぁ……そうだな…?規約違反即削除って、ことだもんな…」


「ガイドラインがガッチガチしてるみたいで、遊びがないんだよねぇ〜。もっとユーザー……あ、いや『登場人物』の自由を認めてくれてもいいのにさ?」


「………もう、いいよ…」


 僕とアベルの2人で盛り上がっていた時だった。

 冷ややかな、けれど重みのある声が割り込んでくる。


「「……あっ。」」


 数歩後ろ。

 足を止め、眉間に深い皺を寄せてこちらをじっとりと睨んでいるフルドに、僕たちはようやく気がついた。

 その瞳には、未知の単語の奔流に呑み込まれた宇宙猫のような困惑と、自分には届かない場所で笑っていることへの、隠しきれない少しの不機嫌さが浮かんでいる。


「ご、ごめんね、フルド…!今のって転生者と読者による、貴重な共感タイムだったんだよね?!」


「……別に気にしてないよ。アベルが時々、僕らの分からないこと話すけど、もう慣れっこだし……今に始まったことじゃないし…」


「そ、それは本当に悪いって思ってるよ…!」


 アベルが慌てて手を振る。

 極力、前世の影をこの世界に落とそうとはしない。

 伝わらない虚しさを知っているし、何よりその記憶を『大切』というよりは『劇薬』のように扱っているから。


「き、機嫌なおしてよ、フルド〜……とりあえず、話はここまでにしよ…?」


「あ、あぁ…」


「………うん。」


 だから、それに則って話題を切り上げようとした。

 空気を変えるように僕が先を促すと、再び足音が森に響き始める。

 けれど、一度生まれた『問い』は、そう簡単に消えるものではないらしい。


「……なぁ、ディオス。」


 フルドの視線を気にするように、アベルがこっそりと僕の隣に潜り込んできた。

 肩が触れそうなほどの距離で、潜められた声はどこか切実な色を帯びている。


「ん?どうしたの?」


「お前が言ってた、現代社会が舞台の物語の話だけどさ……そこでは、どんな風に生きてたんだ?」


「いや、フルドに怒られたばっかじゃんか…」


 なんか、凄く気になるみたいだった。

 でも、この世界で自分と似たルーツを知る存在に出会ってしまった。

 何より、この世界でこういう現代知識を持つ転生者は、今時点で『四季倉ライ(アベル)』しかいないからこうなるのかな?


「どうしても気になるなら、この物語(世界)にいる間、いつか話してあげるよ?」


「いつか、かよ……今のうちに、どんなのだったのかだけ教えてくれよなー…」


 アベルの声は、じれったそうな響きを帯びていた。

 僕は足元の石ころを軽く蹴り、記憶の海から以前の断片的な記録を掬い上げる。


「そうだね……例えば、ダラダラと青春を謳歌する学校通ったりとかしてたね。個人的な興味で学食全制覇したり?別の世界では、引きこもってその世界のゲームしたりとか、色々してたね〜…」


 彩り豊かな色んな物語(世界)を、色んな立ち位置で見て回って生きてきた。

 全く同じ展開など存在せず、自分の性別そのものが反転することもあるからこそ、面白く飽きがこない。


「うっわ…!俺しか理解できないだろうけど、想像すると鳥肌立つなぁ!?」


 アベルは自分の腕をさすり、目に見えない悪寒を払うように首を振った。


「ひ、ひどいなぁ……流石に君の『前世』そのものの世界にはいないから、安心してよ…」


「わ、分かってるよ!隣にお前がいたかもとか、考えたくもないしな…」


 アベルが吐き出した溜息が、重く湿った大気に溶けていく。

 その反応を面白がるように、わざと軽快なステップを踏んで見せた。


「あはは!もし僕が隣なら、授業のスライドもパワポ形式で見やすく作ってあげたのに〜。さっきも少し、その形式意識してあげたんだよ?」


 僕が冗談めかして笑うと、背後から突き刺さる視線の温度が、一気に身震いするまで下がった。


「……また2人だけ知ってる会話?」


「「……ッ!」」


 低く、地這うようなフルドの声。

 僕たちは揃って肩を跳ね上げ、ぎこちない動きで振り返る。


「ち、違うよ!今後の古城ラグニクスの連携について、真面目な会議をね!」


「そ、そうそう!連携の確認だよ!」


「……アベル。ディオスの真偽は分からないけど、君が嘘ついてるのは術印を使えば『見える』んだよ?」


 フルドの瞳には術印の紋様が浮かび上がっていた。

 でもそれ以上に、フルドは向けられた目全体で「言い訳は無用だよ」と告げている。


「うぐっ…!」


 自分だけ理解できていない『外側』の言葉で疎外された。

 その状況に対する返答としての視線の刺となって僕たちを射抜く。


「ちょっ、アベル!ほら、今すぐ僕みたいに術印無効するようにバグらせてよ!?」


「んなこと、できるかってんだ!お前と一緒にすんな!」


「も、もう……」


 わちゃわちゃとしたアベルとの言葉のやり取り。

 すると、これを見ていたフルドはため息をつき、浮かべていた紋様を消すと小さく表情を緩めた。

 その視線と言葉は嘘を糾弾するためではなく、どこか迷子を見つけたような、静かなもの。


「ほ、ほら。まだまだ先だから、早く古城ラグニクスに行くよ…?」


 そう言い残すと、フルドは僕たちを追い越して足早に歩き出す。

 すぐにその背中に追いつくため、僕たちは慌てて駆け出していった。


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